目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第35話:大人と子どもとさらにその先


恭ちゃんのご実家から帰ってきたあたしは、しっかりと自分の両親にも報告をした。


お母さんはちゃんと受け入れてもらえるか、あたしが変なことをしないか心配していたらしく、その日はずっとソワソワしていたそうだ。


あの日だけは、夜遅くなるのを許してくれて送り出してくれたんだもんね。

あたしの報告を聞いてお母さんは安心した顔をしていた。


みんなが受け入れてくれた恋になったこと。


それはあたしたちが真面目に、相手にも自分にも誠実に生きてきたという証拠だ。


でもだからと言って調子に乗るんじゃなくて。しっかりと恭ちゃんと大人な付き合いをしていきたいと思ってる。


それからあたしは自分の進路を見つめ直すようになった。


今までは勉強が嫌いで出された宿題をすることもない生活をおくっていたから、成績は散々な結果だった。


このまま大人になった時、堂々と恭ちゃんの隣を並ぶことはできるんだろうか?


そうやって問いかけた時に、このままじゃダメだと思って塾に行くことにしたんだ。


自分ひとりでもめいいっぱい勉強して、きちんと将来進みたい自分の進路を決めようと思ってる。


「本当、すっかり変わったわよね。テストの点数もどんどん上がってきてるし」


麻美があたしを見て言う。


「へへっ、最近は勉強も楽しいなって思うようになってるんだ」


今までは勉強しなかったから、自分の進んでいく進路にも興味がなかった。


楽しい毎日でいることが一番じゃん?って漠然と思ってるだけだったけど、勉強するようになってから、どんどん可能性が出てきて、自分がどんなことに興味を持つのか探すことが楽しくなっていったんだ。


「彩乃はもう行きたい大学決めたんだもんね」

「うん!」


あたしは、自分自身を見つめているうちに色んな広告とかに興味を持っていることに気づいた。


電車広告や駅前のビルに備え付けられた大きな広告。

これってどんな風にして作るんだろうって興味を持って、将来は広告業界に勤められたらいいなって思ってる。


ちょっと恭ちゃんと業種が似てるからその影響もあるんだろうけど。

そしてそういうことが学べる学校を見つけたんだ。


今の偏差値じゃまだ足りないけれど、これからもっともっと頑張って絶対にその大学に入るの。


「麻美はどうするの?」


「あたしは美容系とか結構興味があるのよね~だから今は美容系の専門学校に行くことを考えてるかなぁ」


「いいね、麻美にピッタリ!」


麻美のお姉さんは美容師をしてるって言ってた。


そんなお姉さんにならうように麻美のファッションセンスや美容にも詳しいから、向いてる職だと思う。


「なんか不思議よね~バカやって笑ってた私たちがこんな話をするようになるなんて」


「本当にそう!」


こうやってずっとバカして卒業していくんだなって思っていたから、本当にたったひとつの出会いで自分を変えることって出来るんだなぁ……。


「って、言ってもあたしはさみしいけどね~最近彩乃が構ってくれないから」

「そ、それは……」


最近学校が終わると、そのまま塾に行く習慣になっていて塾がない日も家に帰り自宅で勉強をすることが多くなった。


あたしもめちゃくちゃ遊びたいんだけど、ここで逃げたらダメだって思って必死にやってきた。


でもこの間、恭ちゃんに言われたんだ。


『がむしゃらにやるばっかりだと効率落ちてくから、適度に休憩しろよ?自分へのご褒美ってあんがい大事だからな』


そんなことを言われたから、1日くらいは遊びに行ってもいいかな?


なんて気持ちが出てきたの。


「ねぇ、麻美……もし良かったらさ、今度の日曜日にダブルデートしない?」

「タブルデート!?」


「うん。ほら、あたしたちって一度もしたことなかったでしょ?」

「たしかに……!」


麻美は最近も千葉さんと頻繁に会っているそうで、最近は彼の考えてることがよく分かるようになり、居心地がいいらしい。


「あたしも最近の彩乃と恭ちゃんの仲のよさを見てもらって勉強してもらわないとね」


麻美はニコっと笑ってそう言った。


「千葉さんには伝えておくね!彩乃もよろしく」

「オッケー!」


こうしてあたしたちはそれぞれの彼氏に伝えることになった。


メッセージを送ったら、ほぼ同時くらいに返事が返ってきて、ふたりともふたつ返事でOKしてくれた。


「やった!久しぶりのお出かけ決定~!」


麻美が子どもみたいにはしゃいでいるのを見て、けっこうさみしい思いさせてしまったのかな?とか思ったり……。


「彩乃は勉強も大変だと思うし、当日行く場所は私たちに任せてね」

「いいの?」


「もちろん!楽しみにしてて!」


そんな会話をして、あっというまに約束の日曜日がやってきた。


「楽しみだなぁ……」


今日は、はじめてのダブルデート。

恭ちゃんと手を繋ぎながら、約束の水族館の前で待ち合わせした。


エントランス前に立つと、ほんのり照れくさい気持ちになった。

でも、それ以上に楽しみだった。


「おーい、こっちこっち!」


先についていたのは、麻美と千葉さん。


麻美はふわっとした白のワンピースにデニムジャケット、春っぽい花柄のヘアクリップがよく似合ってる。


「おまたせ〜!」


麻美が手を振ってくれるその隣で、千葉さんはいつもの落ち着いた雰囲気のまま、軽く片手を上げた。


「ごめんね、待たせちゃって」


あたしがそう言うと、麻美が首を振って笑う。


「ううん! さっき来たばっかりだから。あたしたちも楽しみにしてたの」


初めてのダブルデートでどこに行くかは、私たちが決めてもいい?って麻美は聞いてきた。


麻美が選ぶところなら、ちょっと大人っぽいところだったりするのかなぁって予想してたから水族館だったのは意外だ。


「……なんか不思議な感じだな、同僚と休日も一緒なんて」

「光栄だろ?恭ちゃん」


千葉さんがふざけると。


「気持ちわりぃ!」


恭ちゃんがぼそっとつぶやいた。


そんなやり取りを見て、麻美と目を合わせてくすっと笑ってしまう。


話をしながら水族館の中に入ると、ひんやりとした空気と、ふわっと暗くなる照明。


ガラス越しに青い海の世界が広がって、すぐに別世界に入り込んだような気分になった。


冷静に恭ちゃんと水族館に行くのってはじめてだなぁ。


遊園地だったら行ったことあるけど。


「わぁ……!」


思わず声が出る。


目の前には、大きなトンネル型の水槽。

頭の上をエイがすいーっと泳いでいた。


「すご~い!見て見て恭ちゃん!」


あたしがテンション高く恭ちゃんの腕を引くと、恭ちゃんは言った。


「彩乃、ちょっと落ち着け」


隣で肩を軽くたたかれる。


あたしはぷーっと頬を膨らませた。


「だって!こんなのテンション上がるでしょ?」


最近は恭ちゃんと遊びにも来ていなかったから、今日はめいいっぱい遊びたくなっちゃうんだ。


恭ちゃんも大人だから、休日はあたしの勉強に付き合ってくれるんだよね。


「彩乃、最近頑張ってたからね」


麻美が優しく声をかけてくれる。

すると千葉さんが言った。


「麻美ちゃんも、いつもみたいにはしゃいだらいいんじゃない?今日ちょっと大人しいね?」


にやりと笑う千葉さん。


麻美は顔を真っ赤にさせた。


「あれ~麻美も案外はしゃいだりしてるんだ」

「遠也さん!それは言わない約束です!」


とっさに言った麻美の言葉にはっとする。


あっ……今、麻美。千葉さんのこと名前で呼んでた。


そっか……あたしの前だから恥ずかしかっただけで、ふたりの時は名前で呼んでるんだなぁ。


関係にも発展があったこと、すぐに分かって嬉しくなった。


みんな一歩一歩進んでいるんだなぁ……。

それから4人で歩いてきて、大きな水槽の前にやってきた。


イルカの水槽の前で、麻美が身を乗り出すようにしてはしゃいでいる。


「見て見て彩乃! イルカ、超でっかい!」

「ほんとだ、近い!」


水しぶきをあげて、ガラスの向こうを泳ぐイルカ。


麻美の声に反応するように、千葉さんが「こっちから見ると尻尾の動きがよく見えるぞ」なんて解説している。


その様子を見て、思わずあたしはふふっと笑った。


なんか、いいな。ふたりとも、ほんと自然体でお似合いだ。


大人っぽい麻美がこんなにむじゃきにはしゃいでるのを見ても、千葉さんという場所が安心できる場所なんだろうって分かる。


それを見守りながら、あたしは恭ちゃんとふたり、少し離れたところを並んで歩いていた。


ゆっくりと、でも確かに、麻美たちとの距離があいていく。


すると、ふいに恭ちゃんが足を止めて、あたしの手首を軽く引いた。


「彩乃、ちょっとこっち」

「え?」


人の少ない奥の通路。

光がほのかに揺れる小さな水槽の前で、ふたりだけの空間がぽっかりとできあがった。


ガラス越しに、くらげがふわり、ふわりと漂っていてキレイだ。


その幻想的な光景が、静けさをより強く感じさせてくれる。


「……彩乃」


そう呼ばれて、顔を向けると。


「手」

「……?」


言われたとおりに、そっと左手を差し出す。


恭ちゃんの指先があたしの手に触れて、そのまま、やさしく、指先を重ねるようにしてにぎられた。


「……!」


どくん、と胸の奥が鳴った。


「あいつらには秘密な」


すぐ耳元でささやく恭ちゃん。


恭ちゃんは、お父さんお母さんに報告をしてからストレートに好きだと伝えてくれることが増えた気がする。


あたしは、その言葉が嬉しくてたまらないんだ。

そっと恭ちゃんの手をにぎり返しながらくらげを見つめる。


「……恭ちゃん、最近たくさん伝えてくれるよね」


あたしが伝えると、恭ちゃんは少し照れくさそうに鼻をかきながら言った。


「俺だって……さみしいと思うことはあるからな」


「な、なにそれ……」


目を逸らしたくなるほど顔が熱くなるのを感じて、あたしはガラス越しのくらげに視線を向けた。


「最近は彩乃、たくさん勉強してるだろう?だから会えない日も多くなってきたし……俺もまぁ……大人だから静かに見守ってますけど?普通に会いたいなと思うわけですよ」


「我慢してくれてるの?」


「そりゃそうだろ」


「言ってくれたらいいのに~そしたらちょっとだけ、充電させてもらうかも」


「充電」


「こういうこと」


あたしは恭ちゃんにそっと抱きついた。


薄暗くて良かった。

明るかったら、みんなに見られちゃうもんね。


恭ちゃんは、そんなあたしを見てふっと笑って、さらにぎゅっと指をからめてくる。


「今日は俺も放してやれねぇかもな」

「へっ」


かっと顔を赤くすると、恭ちゃんは言う。


「彩乃ちゃん、なぁに照れてんの?」

「もうっ」


拗ねたように言い返すと、恭ちゃんは嬉しそうに笑った。


照れて下を向いたまま、恭ちゃんの指にそっと自分の指を絡めていた、そのときだった。


「……へぇ~。ふたりとも、なーにやってるの?」


ふりかえると、じとっとした視線を見せる麻美と千葉さんたち。


慌てて、繋いでいた手をパッと離した。


「うわっ!?あ、麻美!?」


まさかいるなんて……!


「……見つめ合って何分経ってたんだろうな、あれ」


千葉さんまで、腕を組んで静かに立っていた。


「完全にふたりの世界だったわね」


まさかのふたり、真後ろにいた――!


一気に顔が真っ赤になる。


「ち、ちがっ、いまのはっ……その、たまたま、くらげがすごくきれいで!」

「え~~彩乃全然クラゲの方見てなかったよ?」


してやられた。

ダブルデートをするとこうやってからかわれたり、からかいあってりがあったのか。


さっきまでのしっとりした雰囲気は、一瞬で吹き飛んで。


もう、どうしようもないくらい、あたしの顔は熱くなっていた。


その後もペンギンやアシカのショーを見て、アイスを食べて、ゆったりした時間を過ごした。


笑って、しゃべって、歩いて……あっという間に夕方になっていた。


「そろそろ、駅のほう戻ろうか」


千葉さんの一言で、あたしたちは水族館をあとに。


夕焼け色に染まった空の下、4人で並んで歩く帰り道。

麻美とあたしは並んで歩きながら、今日のことを思い出していた。


「また行きたいね、こういうの」


麻美が少し照れくさそうに笑って言うと、千葉さんが「計画は任せろ」なんてサラッと返す。


「えー、ほんと?じゃあ水族館の次は動物園とか!」

「バーベキューも楽しいんじゃね?」


「いいね、いいね!」


大好きな親友の幸せそうな顔を見ているだけで、心がぽかぽかする。


駅の手前の交差点で、あたしたちは自然とふたてに分かれる形になった。


「じゃあ、またな。彩乃ちゃん、三谷!」

「気をつけて帰れよ」


麻美と千葉さんが手を振ってくれて、あたしと恭ちゃんは反対側の道を歩き出す。


陽が完全に落ちて、街灯がぽつぽつと灯りはじめていた。


「……楽しかったなぁ」


つぶやくように言うと、恭ちゃんが横でうなずいた。


「たまには、ああいうのもいいな」

「うん。麻美、すごい幸せそうだった」


「だな。……お前も楽しそうだったけど」

「そりゃあもう、すっごく楽しかったもん」


言ってから、ちょっと照れくさくなって、恭ちゃんの方をちらっと見上げる。

でも彼は特になにも言わず、静かにあたしの手を取って、そっとにぎってきた。


「ゆっくり帰ろうぜ、まだ離れたくない」

「うん、あたしも……」


歩幅を合わせながら、手を繋いで帰る道。


こんな時間が、こんな風にふたりで過ごせることが信じられないくらい幸せで、胸がいっぱいになる。


「恭ちゃん」

「ん?」


なんだろう……これだけで、すごく幸せ。


「……たまにはこういうの、いいね」


帰り道、恭ちゃんがぽつりと言った。


「こういうの?」


「うん……あたし、憧れだったんだ。ダブルデートっていうの?親友と出来て、すごいいい思いでになった」


あたしのその言葉に、恭ちゃんはふっと笑って、手をぎゅっとにぎってくれた。


あたたかい。

ずっとこの手を離したくないって、心から思った。


「また4人で来ようね」


「そうだな。お前の大学が決まったら、しばらく時間出来るだろ?その時は……時間空けとくから、どこか遠出でもしようか」


「いいの!?」


「お前の両親に許可取ってからだけどな」


大学を合格したご褒美だったらきっといいよって言ってくれると思う。


「あたし、絶対合格する!」

「応援してる」


恭ちゃんはおだやかな顔をして笑った。


一緒に歩く帰り道は夕日がオレンジ色に染まっていて、あたしたちの陰を照らしていた──。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?