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第37話:子どもと大人の攻守

【麻美side】


「はぁ!?ミスコン?」


専門学校に入ってから3カ月が経った。

今はヘア、メイク、ネイル、着付け、エステ……とか毎日が実習とレポートの嵐で、気づけば学校は週5。


アルバイトもしてるし、休みなんてあってないようなもので、超いそがしい日々を送っている。


でも、こんな生活も嫌いじゃない。

鏡越しに映る自分の顔を見つめながら、そう思う。


人をキレイにする仕事。

誰かのかわいいをつくる仕事。


……それが、今のあたしの夢。

ようやく日常にも授業にも慣れてきたし、いい感じの毎日だ。


ただ……。


「……遠也さん、今なにしてるのかな」


ぽつりとつぶやいて、スマホを手に取る。


最後に会ったのは、いつだったっけ。


この前、電話したときも、お互いの仕事と予定がなかなか合わなくて、けっきょくすれ違いばかり。


「会いたいなぁ……」


彩乃なんかの話を聞くと、午後で授業が終わることがあったり、講義と講義の間が休みだったり、大学と専門学校だとだいぶ違う印象だ。


もちろん土日は休みなんだけど、土曜日とかは補習もあったりして、なかなか千葉さんとの時間がとれなかった。


そしてようやくなにもない休日を迎えたのが、今日のこの日だ。


この日は千葉さんの家でゆっくりとした時間を過ごしていた。


そこで私が切り出したのが冒頭だった。


「ミスコンに出るってどういうこと?」


「10月に学園祭をやるんだけど、クラスメイトに出てくれないかって頼まれちゃって……」


当然私は興味がなかったんだけど、絶対に麻美だ!麻美が出るべきだ!って周りが盛り上がってしまった。


断り切れず、ちょっと彼氏に聞いてみるって伝えたんだけど……。


「ミスコンって投票とかあるんだろう?なんか写真とかあげて、可愛いって思った子に投票したり……」


「うん、ざっくり聞いた話ではそんな感じだったけど」


「うーん」


遠也さんはあまりいい顔をしなかった。


嫌なのかな。


「ダメ?」


「麻美ちゃんの写真、色んな人に見られるの嫌だ。てか正直言うと、他の男に麻美ちゃんを見てほしくないのに、不特定多数が見れる場所に写真が投稿されるのはもっと嫌だな」


「遠也さん……っ」


最近の遠也さんはめっちゃストーレートに物を言ってくるようになった。


それはわたしが専門学生になってから加速している気がする。


なんというか溺愛気質というか……。


千葉さんは口をむっと尖らせたまま私を後ろから包みこんだ。


「あなたはモテるから心配なんですよ」


「そんな……全然モテないよ?」


「分かってないだけ。こんな可愛い子、放っておく男いないから」


甘い言葉を私の耳元で囁く遠也さん。

後ろから私の手をぎゅっとにぎる。


「あーもう、可愛すぎるから心配。俺の元に閉じ込めておけたらいいのになぁ」


「遠也さん!?」


たまにとんでもないことを言い出すけれど、それも千葉さんのなりの愛情表現なんだろう。


「なんか俺、麻美ちゃんと出会ってから本当変わった気がする」

「そう?」


「うん。今まで誰かに執着したことなんかなかったし、今まで男とさしで飯行きたいなら行けばって言ってたしな……」


そういえば、千葉さんの昔の恋愛を聞く機会が何回かあったけど、どれも千葉さんがさっぱりしすぎてて、愛情表現をもっとして欲しいって彼女側に言われて別れることが多かったって言ってたよね!?


今だと考えられないくらい「好き好き」がすごいんですが……。


「でも今はダメ。麻美ちゃんは俺の」


ぎゅうっと抱きしめる手がつよくなる。


「とりあえず、遠也さんが嫌なら断るね」


彼氏が嫌だって言ってることはしたくないし……。


ミスコンはやめておこうかな。

私がそう告げると、遠也さんは落ち着いた声で言った。


「まっ、俺の気持ちはそういうわけなんだけど、そういうのは麻美ちゃんが決めたらいいよ。俺はさ……麻美ちゃんの進路を邪魔する権利はないから。色んな経験をすることで興味を視野が広がることもあるし……正直嫌なのは嫌だけど、経験っていうのは大事だ」


「遠也さん……」


こういうところが大人なんだよね。遠也さんって。

他の子はミスコンに出るって言ったら、彼氏が激怒してだったら別れるってふてくされちゃったって子もいたし……。


やっぱり遠也さんは優しい。


「その代わり、ちゃんと学園祭は招待してくれます?」


「もちろんだよ!」


「じゃあ……俺麻美ちゃんに100票投票するわ」


「そんなに票ないよ」


遠也さんは最初に言っていた通り、私の進路をさえぎるようなことはしない。

新入生歓迎会ののみ会だって行ってきなって言ってくれたし、でも不安だったのか、物陰に隠れて迎えに来てくれていたり……。


ちょっとかわいいところあるんだよね。


私は遠也さんの顔を見つめながら、「ふふっ」っと笑った。


「どうしたの?」


「いや、私愛されてるなぁと思って」


そうやってつぶやけば遠也さんがすぐに伝える。


「愛してますよ、とことんね。言っとくけど今日は放してあげないからね」


「存分に独占してください」


それから千葉さんとのゆったりした時間を過ごした。


学園祭まであと1週間。

いつもよりワイワイした教室の中、私は段ボールに色を塗る作業に没頭していた。


「麻美ちゃん、ほんと絵うまいよね~!」


「センスあるよな〜。うちの看板、勝ち確って感じ!」


「え、やめてよ、ハードル上げないで!」


そんなにうまくないんだけどな。


笑いながら筆を走らせていると、どこからか、わたしの名前を呼ぶ声が飛んできた。


「ねーねー麻美ちゃん、展示スペースの裏に材料箱があるから、ハケと段ボールをたくさんってきてもらっていい?」


「うん、いいよ。どこ?」


「廊下の突き当たり、倉庫の手前!」


「了解~」


「女の子ひとりじゃ大変だから小川!あんた行ってね~」


「お、おい……」


みんなはなにやらニヤニヤしていた。


クラスメイトの男の子、小川くんは、背が高くて、真面目な雰囲気の男の子。

よく作業の時に道具を貸してくれたり、さりげなく気づかってくれる子だ。


「悪いね、一緒に付き合ってもらっちゃって」

「あ、いや……」


エプロンのまま教室を出て、校舎の奥へと歩く。


展示スペースの裏は、まだ完成途中で薄暗くて、ちょっとだけ足元もごちゃついていた。


「あれ……どこにあるんだろ……」


しゃがんで探していると、後ろから足音が近づく。


すると、わたしの目の前でかがみ込み、奥の箱からハケを取り出したのは、小川くんだった。


「見つけた!」


「ありがと、小川くん。助かる~」


「ううん、全然」


そう言いながら、彼はちょっとだけ目をそらすように笑った。


……?


私はそのまま壁に寄りかかって、使えそうな小道具をざっとチェックした。


「めんどくさいから、使えそうって思ったら全部持っていこう」


「そうだな」


小川くんと一緒に仕分けをしながら道具を探す。

すると彼はぽつりとたずねた。


「……あのさ」


「ん?」


「麻美ちゃんって……誰か好きな人とか、いるの?」


突然の質問に、手が止まった。


「え、なに?どうしたの、いきなり」


「いや、あの……別に意味はないんだけど。そういう話、したことなかったなーって思って」


まぁ……いるけど。

彼氏の話しはみんなにしたことがないんだよね……。


なんか伝えてもいいんだけど、話の内容が自分にフォーカスされるのが恥ずかしくて……。


それに年上と付き合ってるわけだから、みんなに伝えたら根ほり葉ほり聞かれることだろう。


遠也さんは文化祭に来るって言ってたし……その時にみんなに紹介する方がスムーズかも。


私はそう思い誤魔化すことにした。


「好きな人……?うーん、今は秘密」


しーっと指先を口元にあてると、小川くんの顔は真っ赤に染まる。

小川くんって照れ屋なのかな?


「……あの、もし俺がさ……」


小川くんは、そう切り出した瞬間。


──バタン。


「えっ?」


後ろから、展示用の仮壁が突風で倒れて、入口をぴったり塞いだ。


「え、ちょっと待って……うそでしょ……」


小川くんと顔を見合わせる。

困っていると、すぐに周りから声が聞こえてきた。


「わっ、ごめんごめん!風で倒れた!いま直すからー!」


「ちょ、あんたらこれ絶対わざとでしょー!?!?」


私が声を荒げる。

外から聞こえてきたのは、明らかにクラスメイトたちの含み笑いだった。


「全く、浮かれてるんだから」


私はやれやれとため息をついた。


「おーい、出てきていいぞー!」


それから、なんとか封鎖された入口を開けてもらい私たちは、出ることにした。


「おい、距離縮められたか?」


「それが上手く行かなくて……」


「なんだよ、せっかくやってやったのに~」


後ろで男子たちが話している言葉は聞こえなかった。



教室の隅、貼り終えたポスターを眺めながら、わたしはスマホを手に取った。

……そろそろ、誘ってみようかな。


文化祭までもうすぐ。

準備も佳境に入ってきて、教室の空気は毎日お祭りモード。


クラスの出し物は映え系のカフェ。

制服風エプロンに、手作りのメニュー。


張り切る子たちに混じって、わたしも毎日バタバタだけど、せっかくなら、大事な人に見てもらいたい。

画面を開いて、彩乃にメッセージを送る。


《ねぇねぇ、今週末の文化祭、よかったら遊びに来ない?》

《うちのクラス、映えるカフェやるんだ〜》


《もちろん恭ちゃんと一緒に来てOKだよ》


送ってすぐに、画面がピコンと光った。


彩乃の返信、早い……!


《えっ!!行きたい!!!》

《麻美が誘ってくれるなんて嬉しすぎる》


《絶対行く!!恭ちゃんにも今言うね!!》


彩乃も来る気満々そうだ。

クスッと笑いながら、返信を打ち込む。


《楽しみにしてるね!》

《麻美の働いてる姿、ちゃんと写真撮っておくから!》


スマホを胸元にしまって、ちょっとだけ頬がゆるんだ。


不思議だなぁ……。

今までは一緒に文化祭をやっていた親友が今は別々の場所で頑張ってるんだもんね。


お互いに違う道を進んではいるけれど、状況報告のために集まったり電話したりするのは変わらない。


彩乃のことは、クラスの子にも紹介できたらいいなぁ……。


そんなことを思いながら、私はもう一度、作業へと戻っていった。




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