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第38話:子どもと大人のヤキモチ盛りだくさん


文化祭当日。

ついにやってきたこの日。


「いらっしゃいませー!お好きな席へどうぞー!」


クラスの子たちの声が飛び交う中、私はトレーに乗せたアイスティーを運びながら、軽く汗をぬぐった。


やば、めっちゃ混んできた……!


うちのクラスの出し物、テーマは制服カフェ。

高校を卒業して、制服を着る機会はなかったけどこういうので着れるのは嬉しい。


白のブラウスにネイビーのスカート、リボンタイとエプロンを合わせた映え狙いの衣装は、なかなか本格的で、予想以上のにぎわいを見せていた。


「麻美~、Bテーブルにオレンジジュース!」


「はーい!」


急ぎ足でカウンターに戻ろうとしたそのとき。


「きゃっ!」


つるりと、床に敷いたコードに足を引っかけた。

体が前にかたむく。


頭の中が一瞬、真っ白になったその瞬間。


「っ、危ない!」


ぐっと、腕をつかまれた。


体が支えられて、そのまま小川くんの胸に引き寄せられる。


「……だ、大丈夫?」

「う、うん……!ありがとう」


危なかった……。

グラスを壊したらしゃれにならないわ。


すると。


「……麻美!」


後ろから声をかけられる。


聞き慣れた声に、ふと顔を上げると、私服姿の彩乃と、恭ちゃんが並んで立っていた。


「彩乃……!来てくれたんだ!」


「来たよーっ!めっちゃ混んでるじゃん、人気店!」


「や、やばいでしょ?ごめん、ちょっとだけ待ってて!」


「いいよいいよ、恭ちゃんと待ってる」


にこにこ笑う彩乃の横で、恭ちゃんが軽く手を挙げた。


相変わらず仲がいいみたいで安心しちゃうわね。

あれ、でも千葉さんがいない……。


千葉さん今日、3人で一緒に来るって言ってたような……。


私が探していることに気づいたんだろう。


恭ちゃんは言った。


「麻美ちゃん、千葉なんだけど、午前中だけ仕事入っちゃっててさ。終わったらすぐ来るって言ってたから」


「あ、そうなんですね!了解です!」


よかった……。

千葉さんが来たら、こっそり抜けて一緒に周りたいなぁ……。


思わず胸をなでおろすと、隣にいた小川くんが言う。


「麻美ちゃんの友達……?」


「うん、あたしの親友の彩乃。で、こっちが彩乃の彼氏の恭ちゃん」


「へぇ……」


小川くんは、どこか緊張したような、でもちょっと嬉しそうな顔で会釈した。


「初めまして。小川です」

「よろしく、小川くん」


恭平さんがさらっと返して、彩乃も「こんにちはー!」と笑顔で挨拶してくれる。


するとバックヤードに言った小川くんはこそっと私に伝えてきた。


「麻美ちゃんの友達って、やっぱり明るくてキレイな子ばっかりなんだね」


「えっ?……そ、そうかな?」


「うん。……なんか納得。ってかさ、俺に紹介してくれて嬉しかった」


小川くんは満面の笑みで言う。


嬉しかった~って自分が聞いてきたのに……。


変なの。

それから彩乃たちにドリンクを提供したり、いそがしく過ごした。


まだ抜けられ無さそうだったから、彩乃には好きに見ていていいよと伝えたらふたりで一周まわってくるみたい。


うち結構広いから楽しんでもらえるといいなぁ……。


それから1時間後。

ようやくお客さんの数が落ち着いてきた。


「麻美、そろそろ休憩行って。ずっと働かせててごめんね?」


「全然いいの」


まだ千葉さんからの返事もないし……。


食事は頼んだもの買ってきてもらえてたしね。


千葉さんは、まだ仕事終わらないのかな?


早く一緒に周りたいな……。

そんなことを考えていると、誰かに肩をポンポンと叩かれた。


「麻美ちゃん、お疲れ様」


振り返ると、そこにいたのは小川くんだった。


「麻美ちゃん、今休憩?」

「うん」


振り返ると、小川くんが制服のまま、手にアイスティーのカップを持って立っていた。


「俺もなんだ。めっちゃ混んでたから、大変だったよねお疲れさま」


そう言うと、小川くんは差し入れといって手に持っていたアイスティーを私にくれた。


「ありがとー」


にこっと笑うと、小川くんは少し口元を迷わせながら、視線をどこかに逸らして言った。


「……あのさ、麻美ちゃん……もしよかったらさ、一緒に文化祭見てまわらない?」


「えっ、あたしと?」


「う、うん。まだ模擬店とかぜんぜん見れてないって言ってたでしょ?ちょうど俺も休憩だからさ……」


突然の誘いに驚く。

でも千葉さんと周るって約束してるし……。


彼が来たらすぐに合流したい。

でも、何時に来るかも分からないから少しなら付き合うべき?


答えを悩んでいた時。


「それは困るな」


「え……?」


驚いて振り向くより先に、そっと誰かが私の手を引いた。


そのぬくもりに、ドキン、と心臓が跳ねる。


見上げると、人混みの中から現れたのは……。


「千葉さん……!」


彼だった。


「悪い、麻美ちゃん。お待たせた」


千葉さん……!

来てくれたんだ!


スーツ姿の上着を軽く脱いで腕にかけ、ほんの少しだけ乱れた前髪越しに、涼しげな瞳がわたしをまっすぐ見ていた。


「悪いね、キミ……今日は俺と周る約束をしてるんだ」


気がつけば、わたしの手は千葉さんの手にしっかり包まれていて、その温度が、さっきまでの迷いを一気に消してくれた。


「あ……」


後ろで小川くんが、小さく声を漏らす。


「その、えっと……その人って……」


「俺……?麻美ちゃんの彼氏です」


千葉さんは歯を見せて笑った。


「じゃ、ごめんけど連れてくよ。ただでさえ短い時間しか一緒にいられないものでね」


それだけ言って、千葉さんはわたしを人混みの奥へと導いた。


「千葉さん……来るなら連絡してくれたらよかったのに」


「いや、けっこう遅くなっちゃったからさ。もう連絡するより急げと思って……走ってきた」


そうだったんだ……。

しかも小川くんの目の前で彼氏とか言っちゃって大丈夫だったかな。


「やっぱりナンパされてるじゃん」

「あれはナンパじゃ……」


「どう考えても麻美ちゃんのこと狙ってただろ。まぁ……こんなに可愛いんだもんな」


制服姿のままで出てきてしまったことに気がついた。


「そうだ、お店やってる時のまま出てきちゃった」

「可愛いよ。似合ってるでも……これはいただけないな」


「へっ……」


そう言って千葉さんはすらりと私の太ももと撫でた。


「ちょっ……」


「スカート短すぎ。他の男に、見られるだろ」


「そんな誰も見る人なんかいないと思うけど」


「そうじゃなくて、ヤキモチ妬いてるの、気づかない?」


千葉さんは私の耳元で囁いた。


「……!」


心臓が跳ねる。

耳まで熱くなるのが分かって、慌てて口を開いた。


「だ、だって……これは衣装だから……」


言いながら、千葉さんは自分が着ていたパーカーを手に取り広げた。


「……こっち向いて」


言われるまま、半歩だけ体を回すと、後ろに立った千葉さんがそっと腰にパーカーを巻きつけてくれた。


「俺が以外の前はこれで過ごすこと」


「千葉さんの前ならいいんだ」


「俺だけね、見ていいのは」


「ふふっ……」


もう、可愛いんだから。

千葉さんはポンポン頭を撫でる。


「さぁ、行きますか。お姫様?」


そうつぶやくと、千葉さんはわたしの手をぎゅっとにぎり返してくれた。


千葉さんと手をつないで、いくつかの模擬店をまわった。


金魚すくいに輪投げ、ポップコーンにチュロス。

私の制服姿に混じって、スーツ姿の千葉さんはちょっとだけ浮いて見えたけど、どこを歩いていても、堂々としていて、やっぱり格好良かった。


「麻美ちゃんもずっと働いてて疲れたでしょ?これ、食べる?」


そう言って指をさしたのはチュロス屋さんだった。


「えっ……食べたい!」


ずっと動いてたから、甘いものが食べたくなるのよね。


すると、人ごみの中、千葉さんはさりげなく買ってくれた。

紙袋を片手に、わたしに手渡してくれる。


「ありがとう~!」


優しい……っ。


「あんまり人がいないところがあるから、そこに行こう!」


私は千葉さんを校舎の奥の空き教室に案内することにした。


準備室のような小さな部屋で、カーテン越しに外の光がやさしく差し込んでいる。


「……ここ、誰もいないんだな」


「うん、穴場見つけちゃった・ふたりきりだよ」


ぺろっと舌を出すと、千葉さんが「かわいい」って言って頭を撫でてくれる。

なんか千葉さんと学校にいるなんて不思議な気分だなぁ……。


並んで座ると、千葉さんが「あーん」って言ってチュロスを食べさせてくれる。


その後に千葉さんはチュロスをひとくちかじって、口元を指で拭った。


そして、そのままわたしの方をじっと見つめる。


「麻美ちゃんとクラスメイトだったら、こんなふうに空き教室でしゃべったりとか出来たのかな」


想像して顔が赤くなる。


「千葉さんが同じクラスだったら、モテモテで私なんかが手出せないもん」


「なに言ってんの、モテて気た子が。案外クラス公認カップルになったりとかして……?」


「それはなんか照れるね」


「それで、学校の誰も見てないところでキスしたり……」


私と千葉さんの目が合う。


「……っ」


不意に言われたその言葉に、心臓が跳ねた。


「……今、みたいな状況で?」


ぽつりと口にしたわたしの声が、思ったより小さくて、自分でもちょっと恥ずかしくなる。


分かっててあえて聞いたんだ。


すると。


「言ったな?」


低く優しい声とともに、千葉さんがわたしの頬に手を添える。


ほんの一瞬の間を置いて、そのまま、唇がふれてきた。


「んん……っ」


柔らかく、けれど大人びた深さで、教室の静寂に、心臓の音だけが響いてるようだった。


「……本当にした」


「本当にするって言ったよ」


「……ずるい。今日、文化祭なのに」


唇が離れたあと、わたしは黙ったまま、千葉さんの胸元に顔を埋めた。


「文化祭だから、だろ?」


くすっと笑う声が、少しだけ意地悪で、でも、たまらなく好きだった。


「ねぇ千葉さん」


「ん?」


「私、ずっとクラスメイトに彼氏がいること伝えてなかったんだけど、クラスの子に紹介してもいいかな?」


言わなかったのは、年上彼氏と言って「騙されてるんじゃない?」とか「大人は遊んでるからやめた方がいい」って千葉さんのことを悪く言われることが嫌だったからだ。


でも、今は……ちゃんと紹介して千葉さんが不安に思うことを消していきたいって思った。


だって千葉さんだってそうやってくれてるんだもんね。


千葉さんは私と付き合ってから、飲み会に女性の人がいる時はどんな人なのか教えてくれるし、接待でふたりで行かないといけない時だって何時に帰るか必ず伝えてくれる。


お互いに心配させない努力が必要なんだって気づけたんだ。


「それはうれしいな……」


それから私たちは自分のクラスに戻って友達を呼び出した。


実は彼氏がいること、社会人と彼氏と付き合っていることを伝えたらみんなは「キャー!」なんて叫んで祝福してくれた。


「もう~彼氏いるなら早くいいなさいよね!」


「そうだよ~麻美って秘密主義なんだから」


「へへっ、ごめんって」


今日、本当のことを言ってみて思った。


みんなは自分が思っているよりもポジティブな反応をくれるって。


それは私がイジメにあった経験もあって、人のことを信用できてなかったんだな……。


専門学校のみんなは優しいし、誰かを蹴落としたりすることもないから、この人たちは信用して大丈夫だと実感した。


「ていうか、イケメンじゃん彼氏……おまけにスーツ姿とかやばいでしょ」


私の友達が耳元でつぶやく。


だから私も胸を張って言った。


「へへっ、でしょ……?」


だって千葉さんはカッコイイ。

そして優しい私の自慢の彼氏だ。


「っていうか、そろそろ麻美ミスコンの発表だよね?」


「そうなの」


これからミスコンの結果発表が行われる。


すると友達がクラスのみんなを全員呼んでくれた。


「みんな~集まって~!麻美を応援しよう」


そんなことを言われて、友達が私のことを囲む。


そしてみんなで「麻美、ファイオー!」なんて声をかけると、私は送り出された。


「ごめんねー、なんか騒がしくしちゃって」


私が千葉さんに伝えると、千葉さんは嬉しそうな顔をして言う。


「なんかさ、麻美ちゃんの今の生き方すごくいいと思う」


「どうしたの……?急に」


「俺、ずっと麻美ちゃんが人間は好きじゃないって言ってたのが気になってたんだよなー」


そういえば、はじめてデートした時にそんなことを口走った気がする。


「麻美ちゃんは優しくて人思いの子なのに、嫌いになる要因があるって理不尽だよなって思ってた。でも今のクラスの様子見てたら、麻美ちゃんの優しさを理解してる子たちばっかりで、だから色んな人が集まってくれるんだなって思った」


「ちょっ……恥ずかしいよ」


顔がほんのり赤くなる。

でもそう言ってもらえて良かったなと思う。


人間は嫌いだった。

人の悪いところばかり見て、蹴落とそうとするから。


でも今は……。


「麻美~!ミスコン見てるからね~!」


「彩乃!ちゃんと見ててね」


案外嫌いじゃないのかもしれない──。



ステージの上に並ぶ、6人の候補者。

ぎゅっと指を組んだまま、わたしは観客席をぼんやり見ていた。


やばい……緊張で足が震えてる。

きらびやかな照明、耳に響くBGM、体育館いっぱいに集まった観客のざわめき。


全部が緊張をかきたてる。


「ではいよいよ、結果発表にうつります!」


司会の女子が、高めの声で会場に語りかけた。


その瞬間、私の鼓動がドクンと跳ねた。


そもそも出るつもりなんてなかった。


推薦ってことで名前を書かれて、みんなが面白がって押してくれて、準備の合間にちょっとだけ衣装合わせて、写真撮られて……それで終わると思ってた。

でも、今は違うんだ。


どんどん先に進んでいくごとに自分の思いも強くなっていった。


それでこうしてステージに立ってる。

視線を横に向けると、他の候補の子たちも緊張した顔をしていた。


ああ、もう緊張しすぎて逃げたい……っ。


そんなふうに思っていたときだった。


ふと、体育館の端、客席の一角で手を振る子が目に入った。


「……あっ」


その正体は彩乃だった。

制服姿で、大きく手を振ってくれている。


その隣には、恭ちゃん。

そしてもうひとり……スーツ姿で静かに手を振ってくれる千葉さんの姿があった。


大丈夫、友達が……彼氏が見守ってくれているから。


司会の声が、再び場内に響く。


「今年のミス・学園祭優勝者は……」


ドラムロールの音が流れ、会場が一瞬、ぴんと張り詰めた空気に包まれた。


「エントリーナンバー6番、宮原麻美さん!」


司会のマイク越しに、自分の名前が呼ばれた瞬間、ステージの上で私の心臓がドクンと大きく跳ねた。


や、やば……足、震えてる……。


「わ、わたし……?」


本当に私が選ばれたの!?


会場が、ぱっと明るい歓声に包まれた。


信じられなくて思わず言葉にすると、横にいた司会の子がにこっと笑って、「おめでとう!」とマイクを差し出してくる。


拍手とフラッシュの中、わたしはセンターへ向かった。


頭の中が真っ白だ。


でも……やっぱり、嬉しいな。

舞台の下から送られるたくさんの拍手と歓声。


その中に、見つけた。


彩乃が、思いっきり手を振ってくれている。


隣には恭ちゃん、そして……千葉さん。

スーツの上から腕を組んで、少しだけ口元を緩めて笑ってる千葉さんの姿が目に入った瞬間、なぜか、少しだけ肩の力が抜けた。


これが将来、私の進路に繋がってくることもあるんだよね。


私はなにかを成し遂げたことがなかったから、ひとつでもなにかにチャレンジしたいと思って今回出ることにした。


彩乃みたいに、自分を変えたい。


そんな風に思えたんだ。


「ありがとう……ございます。すごく、嬉しいです。高校受験の時に親友が自分を変えることを頑張ってるのを見て、私もなにかしたいと思い今回ミスコンにチャレンジすることにしました。これから先の困難も支えてくれる友達がいるなら頑張れる気がする。応援してくださったみなさん、本当にありがとうございました」


少し震えた声でマイクに向かって言うと、会場から「麻美ー!」「おめでとー!」の声が飛んできた。


大きな花束を抱えてステージを降りたあと、舞台袖で待っていてくれたクラスの子たちに囲まれて、「やったじゃん!」と肩を叩かれる。


その中、千葉さんが人混みをかき分けて近づいてきた。


「おめでとう、麻美ちゃん」


「えへへ……びっくりした」


文化祭の、最高の締めくくりだった。



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