それから片づけをして、打ち上げをすることになった。
「バイバイ~!またね」
「うん、家で待ってるね」
千葉さんには先に帰ってもらって後で千葉さんの家に行くつもりだ。
こうして学園祭の打ち上げが終わったのは、夜の9時過ぎだった。
たこ焼きやピザが並んだ教室で、クラスみんながワイワイ盛り上がる中、
ミスコン優勝のお祝いなんてされちゃって、ちょっと恥ずかしかったけど楽しかったな。
……早く、会いたい。
家とは反対方向の電車に揺られながら、スマホの画面を見つめる。
メッセージの通知がきた。
【おつかれ。駅まで迎えに行くよ】
へへっ。
今日は千葉さんの家に泊まるつもりだ。
改札を出ると、駅前のベンチに座っている千葉さんを見つける。
「千葉さん!」
わたしがかけ寄ると、千葉さんは立ち上がって、お疲れとひと言、頭をぽんと撫でてくれた。
「楽しかった?打ち上げ」
「……うん。みんなお祝いしてくれた」
ほんのりあたたかい夜の空気。
駅前の明かりの下、ちょっとだけドキドキしながらわたしは言った。
「あのね……今日は、お母さんに友達の家に泊まるって伝えてきたから」
「……そっか」
千葉さんは驚いたような、でも少しだけ微笑んだ。
「嬉しくないの?」
千葉さんは高校を卒業するまでは家に泊めることをしてくれなかった。
ちゃんと適度な距離を保つつもりだと言われて、他の高校生カップルよりもいちゃいちゃ出来なかったりして、私はさみしかった。
でももう私は大学生だ。
「私のこと好きに出来るのに」
そうつぶやくと、千葉さんは頭をかきながら言った。
「そういう煽り方はよくないな」
「だって……もう、いいでしょ。周りの子たち、経験豊富な子はみんな経験してるもん」
そんなことを伝えると、自然に手をにぎられて、そのまま並んで歩き出した。
夜の街は静かで、アスファルトを踏む足音がやけに響く。
千葉さんが昼とは違って、無口なのがちょっと、緊張する……。
「後悔することは本当にないの?」
「まだそんなこと聞いてる」
千葉さんはずっと、後悔するなら手放していいと私に言ってくる。
それは無理だと思ったら「別れる選択もある」と言われているみたいで不服だ。
そんなこと思ったことないし、後悔なんてしないのに。
「じゃあいいよ。帰るから」
くるりと振り返って帰ろうとした時。
「ダーメ」
彼が私の手をにぎった。
その手は熱を持っていて、ドキドキした。
千葉さんの家に入った瞬間、どこか懐かしい香りがふっと鼻をくすぐった。
わたしが玄関でクツを脱いでいると、玄関の扉が閉まった瞬間、背後からすっと伸びた腕が、わたしの手をそっと引いた。
「……千葉さん?」
まだコートも脱いでいないのに、彼はそのまま、黙ってわたしを抱き寄せた。
「やっとふたりきりになれた」
低く、押し殺した声が耳元で落ちる。
その響きだけで、心臓が跳ねた。
「え……ちょ、まっ」
わたしが言い終える前に、千葉さんはわたしの手を取り、そのまま寝室へと歩き出した。
早足で、ためらいのない足取り。
背中越しに伝わってくる熱に、わたしは無言でついていくしかなかった。
ドアが開いて、閉まる音。
柔らかな照明が、部屋の空気を静かに包む。
そして次の瞬間……。
「きゃ……っ」
ベッドの端に腰を下ろしたところで、千葉さんの手がわたしの肩を押した。
ふわりと、背中がシーツに沈む。
覆いかぶさるように見下ろす瞳は、いつもの落ち着いた表情とは違っていた。
「たしかにもう麻美ちゃんの年齢なら、全部自分で判断できるね」
「えっ」
「ダメダメ言ってるのも違うと思った。これからは自分で判断していく歳だ」
ドキン、ドキンと心臓が鳴るのは千葉さんのまなざしに熱があるからだ。
「ってことで、今なら逃げられるけど、どうする?」
ああ、ズルい……。
今こんなこと聞くんだもん。
私がなんて言うかなんて分かってるクセに。
「それで本当に逃げたらどうするの?」
私は意地悪でそうたずねた。
すると千葉さんはふっと笑った。
「やっぱり、麻美ちゃんには敵わないな……付き合う前からずっと」
「大人だからって負けないんだからね」
「そうだな、ずっとそうだった……麻美ちゃんは強かったもんな」
そっと、指先がわたしの頬をなぞる。
緊張と嬉しさがないまぜになって、声が、うまく出せなかった。
「我慢、ずっとしてた」
「千葉さん……」
「今日、あのステージで笑ってる麻美ちゃん見てて……誰にも、渡したくないって、思った」
そうささやくと、彼は迷いもせずに私の唇に触れた。
「ん……っ」
柔らかく、でもすぐに深く重ねられるキスに身を委ねていく。
焦がれるように、渇くように、ふたりの温度がどんどん近づいて心地がよかった。
「は、……ん」
息が乱れて、がむしゃらにするキスが求められているみたいで気持ちいい。
「すき」
今の気持ちを全部伝えたくて、遠也さんに必死につかみながら伝える。
「麻美ちゃん……かわいすぎ」
遠也さんは、私の耳元で甘くささやいた。
そしてするりと私の太ももを撫でると、優しくたずねる。
「本当に後悔しない?」
「もう……しつこいよ」
何回も何回も告げてくる、今ならまだ逃げられるという言葉。
もう逃げられるわけないのに。
私も遠也さんも後ろを振り返ってる余裕なんてない。
「……はやく、抱いて」
「……っ、たくましいな麻美ちゃんは」
「私にリード取られていいの?」
煽るようにそう告げれば、遠也さんにスイッチが入ったかのようにぐいっと足を持ち上げられた。
「渡さないけど?」
いじわるな顔。
遠也さんの顔がまっすぐに私を捉える。
あっ、これ……やばいかも。
「もう無理って言ってもやめてあげない。麻美ちゃんが煽ったんだからな」
激しくキスを落としてそれから、甘く私を溶かして、心地のよい快楽に私は身を寄せる。
それはとても気持ちがよくて、幸せで……全てが満たされる甘い行為だった。
「……大好きだよ。麻美ちゃん」
「……私も大好き。もう、離れてもいいなんて言わないでね」