ついにデビュタントの日が来て、我々は転移スクロールで帝都へ向かった。
スクロールで帝都の神殿に転移した後は馬車で一旦タウンハウスへ向かう。
こちらは夏だけど、湿度が日本のように高く無いため、日陰は普通に涼しくて過ごしやすいと馬車の中で感じた。
公爵家のタウンハウスに着いてから、デビュタントのパーティーの準備をする。
私は己の顔面にわざと不細工メイクを施した。
そばかすを描いた上に濃すぎるアイシャドゥやチークなどで。
メイドは残念メイクのせいで無念そうだったけど、仕方ない。
これにジュリウス様が用意してくださった綺麗なドレスを着ているので、かなりちぐはぐ。
そして皇帝の城に向かう為にまた馬車に乗り込んだ。ジュリウス様と一緒に。
「こんな変なメイクの女が隣にいるなんて、旦那様には恥をかかせることになり、大変申し訳なく思っております」
「かまわないと何度も言っている、皇帝に目をつけられないようにする為なのだろう」
「はい……」
ある意味悪目立ちはしそうだけど、なるべく柱の影とか壁の近くで置き物のようにになりたい。
「皇帝に挨拶を終えたら、旦那様とダンスを一曲早めに終わらせたら、私は壁際か柱の影かバルコニーでヒッソリとしていたいと思います」
「そうか」
今の旦那様の金色の瞳はただ馬車の窓の外の景色に注がれ、感情は読めない。
ついに皇帝の城に到着した。
そして馬車から降りると、私は日傘を出した。
「貸せ」
「あ、はい」
私のエスコート役の背の高い旦那様が傘を持たないと、傘が旦那様の邪魔になる。
とは言え、流石に城に入る時は畳む。
短い間だけ、視線を遮るものが使えたけど、これからは不細工メイクだけが盾である。
本日がデビュタントの令嬢は皆、白いドレスを着ているから一目瞭然となっている。
とても広くて豪華絢爛なパーティー会場に入ると入場アナウンスのようなものが入る。
「カダフィード公爵様とカダフィード夫人、ご入場!!」
滅多に社交の場に現れないジュリウス様と、変なメイクの私に注目が集まってしまった。
「あら、あの方が竜血の……まぁ、なんで精悍なお顔だち……」
「覇気がすごいな、圧倒される……」
「それにつけても、あの奥方のメイクは何なの? いつの時代のメイクなの?」
「カダフィードでは時が止まっているのかしら? ドレスは美しいのに」
「むしろ奥方の伯爵令嬢はほぼ寝たきりだったらしいから、あちらの……」
華やかな衣装に身を包んだ貴族達がこちらを見て好き放題に陰口を言う。それは想定内だけど、やはり旦那様に申し訳ない。
チラリと旦那様を見上げるといつものクールな表情である。
些事であると言ってる感じで。
そして珍しく社交の場にでてきたジュリウス様に声をかけようと貴族達が集まってくる気配を察知!
私は挨拶が必要な皇帝夫妻が現れるまで、柱の影にでもいたいと、周囲を見渡し、いい感じ柱を見つけた。
「ジュリウス様、私は少し柱の影にでも移動していますね」
「ああ、あまり遠くへは行かないように」
そそくさとその場を離脱し、柱の壁に移動した。
誰かのヒソヒソとした嘲りを感じながら、私は柱の影で息を潜めた。
けれど、飲み物を配るウェイターがわざわざ近寄ってきた。顔がちょっとニヤけているから、不細工メイクの私を面白がってるのだろう。
「今年デビュタントのレディ。お飲みものはいかがですか?」
「……では、ジュースを」
アルコールを飲むと咳が出そうなので、この場ではノンアルコールを頼む。
「こちらです」
緊張のあまり、喉は渇いていたので、私は仕方なくウェイターがくれた赤いジュースを一口飲んでみた。
それはアセロラのジュースのようで、酸味がある。たしかに夏には良さげな飲み物である。
そしてしばらくした後、
「我が映えある帝国の新星! 皇太子殿下、皇女殿下、ご入場!」
どうやら皇太子と皇女がパーティー会場に到着した。
そしてついにこの後は皇帝夫妻の入場アナウンスが流れた。
「我が偉大なる帝国の太陽、皇帝陛下と皇后陛下の御来臨です!」
あなたと共に沸き立つ会場の空気が震えるようだった。
私は気が遠くなりそうになって、柱にもたれて身体を支えた。
そしてほどなくして、ジュリウス様が貴族達を撒いて私の元に迎えに来てくださった。
「挨拶の時間だ」
「はい……」
皇帝達に挨拶と言う、今回最大の鬱イベントの時だ。
ここさえ、ここさえ乗り切れば、義理程度にデビュタントのデビューダンスを一曲踊ってバルコニーにでも逃げ込める! はず!
私はなるべく下を向いて、皇帝夫妻のいる玉座に向った。
「偉大なる太陽。皇帝陛下と帝国の美しき月、皇后陛下にカダフィードがご挨拶申し上げます」
ジュリウス様の低い、いい声が会場に響き、私は深く頭を下げた。
「おお、よく来たな、我が帝国の最強の守り手よ」
「はい」
「そちらがようやく娶ったそなたの妻の、カダフィード夫人か」
聞きたくない、声が耳に響く。
「お初にお目にかかります、セシーリア・コルティ・ヴァレニアス・カダフィードでございます。この度は公爵様の連れ合いとなり、婚姻の承認の感謝と共に、ご挨拶に参りました」
「よい、デビュタントのパーティー、楽しんでいくがよい」
「はい、ありがとう存じます」
あっさり感のある声かけに、不細工メイクの効力を感じた。皇帝は今、私にさしたる興味もなさそうな雰囲気!
「ええ、ようやく我が国最強の剣であり盾である竜血公爵が伴侶を見つけてくれて、喜ばしい事ね」
皇后にも声をかけられた。
「両陛下の祝福に感謝を致します」
隣にいるジュリウス様の声が力強く感じる。
「ありがとう存じます……」
私も何とか声を搾り出し、前世の死因と言って過言ではない相手達になんとか挨拶を終えた。
それから、デビュタントのダンスの時間外来て、一曲踊った。
これで、最低限のノルマはこなした!
しかしその後事件は起こった。
一人の高位貴族令嬢が皇太子と皇女に話しかけた。
今年デビュタントの公爵令嬢だ、前世で見た記憶がある。
「皇太子殿下、以前のデビュタントでは、デビューの時は楽器や歌の披露をする慣習がございましたよね?」
「ああ、そうだな、もしや公爵令嬢が披露してくれるのか?」
「ここにいる全員、それなりの教育を受けて来た令嬢達ですから、皆で披露したらどうかと思うのです」
あの女! 余計なことを! せっかく廃れていた余計な慣習だったのに!
「まあ、それも悪くはないわね」
皇女も愉しげに提案に乗るな!!
やっと逃亡できると思ったのに!
他のやんごとなき令嬢達が次々と楽器や歌といった得意分野を披露していく。
言いだしっぺの公爵令嬢も見事なリュートのような楽器演奏を披露した。
「おお、流石だな、見事な演奏だった、リーサンネ・ファン・デルフース令嬢」
まずい、私がラストのトリを飾ることになってしまっている。
「セシーリア、大丈夫か?」
ジュリウス様にも心配された。
前世で皇帝の側妃になった時、ハープと歌は習っているし、日本でもお気に入りの配信アプリでハープ演奏は聴いてきたから、歌のカバーが有れば久しぶりの楽器演奏でもなんとかはなるだろう。
「なんとかします……」
「カダフィード夫人、あはたは楽器と歌、どちらにしますの?」
デルフース公爵令嬢が悪そうな笑みを浮かべて私に訊いてきた。
さては私に恥をかかかせたいらしい。
既に不細工メイクで大恥をかいているのに、追い打ちをかけようとは!
「ハープと歌で……」
「では、公爵夫人にハープを用意してあげてちょうだい」
皇女がやけに楽しそうに笑い、ハープを用意させた。
もはや逃げ場無し