本当に貴族や皇族ってマウントとって弱みを見つけたらつけ入って人の人生を踏みつけるのがら好きなヤカラが多いわね。
公爵令嬢もからかいがいがあるおもちゃを見つけたみたいな顔で私を見てる。
憎たらしい。ムカつく。そしてこれ以上、旦那様になってくれたジュリウス様の恥になりたくない。
目をつけられて死にたくはないけど、既に結婚済みだし、彼の名誉をこれ以上は傷つけたくないし……。
この世界で知れ渡ってる楽曲だと、少しのミスでもきっとバレるだろう。
使用人が私にハープを用意した。
皆が私に注目してる。面白い見世物のように。
お披露目ステージの条件は揃ってしまった。
そして私はずっと触ってなかったハープに触れた。
指がどれほど動くか分からない。
なら、奴等の知らない地球の曲を歌ってカバーしよう。
地球で聴いた、美しい曲をお借りしよう。
私は一度、唇を引きむすび、それから息を吐いた。
地球で聴いたファンタジー系ゲーム音楽の、美しくも切ない旋律を奏ではじめ、そして歌う。
この愛の歌は、契約結婚でありながら、リスクをも背負ってくださった旦那様のジュリウス様に捧げる。
サビがとてもロマンチックでドラマチックなこの曲はよくリピートして聴いてた。
私の大好きな曲。
歌が終わると、会場からため息が聞こえた。
そして誰よりも先に拍手してきたのは、何と皇太子だった。
そう言えば、皇帝と皇后のインパクトの方が強くて忘れてたけど、芸術系の好きな王子だったかもしれない。
「いや、なんともメロディアスで素晴らしい! 美しい歌声に聞いたこともない、旋律! 若き公爵夫人にはそんな才能があったとはね」
「ま、まぁ、まったく知らない曲でしたけど、これで全員の演奏も終わりましたわね」
公爵令嬢の笑顔がやや引きつっている。
恥をかかせるつもりが、私が皇太子から褒められるのは想定外だったんでしょう。
そして皇太子が褒めているから、他の観衆も拍手せざるをえない、こんな変なメイクの女に対してでも。
「そうだな、皆、パーティーを盛り上げてくれてありがとう。いい余興だった。公爵令嬢、いい提案に感謝するよ」
「ほほほ……」
あの女が扇子を広げて口元を隠した。
さては引きつった笑顔を扇子で隠してるのね……。
そう言えば公爵令嬢は皇太子の婚約者候補だった。他の候補を蹴散らし、自分の株を上げたかったんだろう。
「いや、素晴らしい演奏だった」
!! 皇帝まで拍手をしてしまった! 鼓動が、制御を失ったかのように脈打つ。
「公爵夫人に褒美を取らせましょう」
皇后までそんなことを言い出した。
落ちついて、私の心臓。
かつて皇帝の心を射止めてしまった容姿は関係なく、曲と歌声を褒められただけ。
「恐縮で……ございます」
何とかそう言って、褒美に金塊を複数貰ってしまった。
これは……いわゆる金の延べ棒。およそ庶民には縁がない代物だ。
でも、こんなもの貰っても、かつて殺された恨みは忘れられない。
しかし、そうして何とか演奏を終えたので、変なメイクの私は金の延べ棒を抱えてさっさと帰る算段に入りたいと思っていた時に、
「美しい歌だった」
ジュリウス様にも褒められた。彼の称賛は素直に嬉しい。
「あ、ありがとうごます、ジュリウス様、ゴホッ、ゴホッ」
か、活動限界がきた! 咳が出はじめた。
「辛そうだな、最低限はこなしたから、帰るか」
「は、はい……ゴホッゴホッ」
そして、私達はパーティー会場を後にし、帰りの馬車に乗り込んだ。
今回のパーティーは夜会ではなかったので、今はちょうど夕焼けの綺麗な時間帯だった。
「あんなに歌が上手いとは知らなかった」
「ありがとうございます。歌うと高確率で咳が出るので……普段は歌いません。今回は歌い終わりの最後までもって良かったです。あれ以上、ジュリウス様に恥をかかせたくなかったので……」
「気にしなくて良いと言ったのに」
「気にしますよ、流石に……コホンッ」
「もう、喋らなくていい」
喋ると咳き込むからね……。それは優しさから言ってくださってるのよね。
「……」
孤高の竜血公爵様。
あなたは、怖そうな見かけによらず、優しい方だから……。
夕焼けが馬車の窓に差し込み、ジュリウス様の横顔を照らした。
彼の金色の瞳が、いつもより輝いて見えて。