デビュタントが終わってから、私は帝都のタウンハウスにて緊張と疲れの為か、3日ほど熱を出して寝込んだ。
「ようやく熱が下りましたね」
私の専属メイドのアニエラがベッドで横になっている私の額に手を当てて、熱を測った。
「ええ……今日は起きられるわ……」
私はヨロヨロしながら、起きて身仕度をはじめた。
「お嬢様、あまり無理をされないでくださいね」
「もう、アニエラったら、お嬢様より奥様の方がふさわしいでしょ?」
「! そうでした! 失礼しました」
私が昔のように熱を出して懐かしい感覚になってしまったのだろう。
そして朝食はヨーグルトとフルーツで簡単にすませ、その後でジュリウス様に会いに行く。
タウンハウスの中でも彼は仕事をしているから、書斎にだ。
「もう起きて大丈夫なのか?」
「はい」
「ここには滅多に来ないゆえ、そなたが行きたいならば、ではあるが、帝都の観光名所にでも行ってから帰ってもいい」
「!! 観光名所! でも、あんまり人の多いカフェみたいな場所ですと、仮面かレースで顔を隠す必要があるので、カフェとかはそぐわないので無理かと」
「そなたの事情を鑑みるに、花畑なら、人の密集もしてない穴場がある」
素敵! でも今は夏だけど、どんな花があったかしら。……ヒマワリや朝顔?
「花畑は素敵ですね、でも夏に何の花でしょうか?」
「百合だ」
「あ! そうでした! 百合がありましたね!」
「それで、行きたいか?」
「はい、とても」
ずっとベッドの上ばかりだと飽きるし、せっかく冬を抜けたから。
「それなら、出発する用意をしよう」
「お仕事はよろしいのですか?」
「問題ない、ここにじっとしていたら茶会だのパーティーだのの招待が色々来て困る」
「そう……怖がられてはいないのですね」
私はチラリとジュリウス様の威風堂々としたご尊顔を盗み見た。
「先日のそなたのデビュタントパーティーに顔を出して少し話もしたからな。それなりに話の通じるやつだと思われたのだろう」
確かにパーティー会場ではそれなりの振る舞いをするべきだものね。全方位に剣呑な雰囲気で接する訳にもいかない。
それでもかなり迫力はあるのだけど。
◆ ◆ ◆
そしてジュリウス様の思いがけない提案で、私はレースの目隠しと日傘の装備で百合の花畑があるという場所に来た。
そこはとある立派なお屋敷の敷地内にあるそうだ。
「ここは元侯爵令嬢だった母の実家の別荘だから私有地だ。侯爵が招いていない人間は入っては来ない」
「なるほど! そして侯爵様はどちらに?」
「侯爵家は母の弟が継いだが、今は海外だそうだ、貿易の仕事をしている」
へえ!! だから屋敷の主への挨拶無しで入っているのね。
流石に門番とか使用人は残っているけど、顔パスだった。
別荘の裏庭を抜けた所に、美しい緑の木々の小道があり、木漏れ陽が、道やジュリウス様の身体に落ちて、穏やかな気分になれた。
「素敵なところですね……」
「この小道を通ると花畑に出る」
小道を二人でゆっくりと歩いた。
私有地なので護衛騎士も遠く離れた場所にいる。
ジュリウス様は私の歩く速度に合わせてくださっている。
彼と一緒にいると、さり気ない優しさに時々こうして触れることができる。
開けた場所に出ると、白く綺麗な百合の花畑が広範囲に広がり、まさしく花畑だった。
「わあ……綺麗ですね。侯爵が夫人か娘、実家様のお母様の為に作らせたんでしょうか?」
「ああ、母が生まれる時に合わせて作られたそうだ」
「……素敵な場所に連れて来てくださってありがとうございました」
お母様の誕生を祝福されて作られた場所なんだ。それでも、どういう訳か、皆に恐れられる竜血公爵の元へ嫁いだなら……もしや恋愛結婚だったのかしら……。
私はひと時、目隠しのレースを外し、景色をこの目に焼き付けた。
「満足したか?」
「はい」
それから、また目隠しのレースをしてから、来た道を戻り、侯爵家内でお茶を出してもらって、小休止。
「せっかくの帝都だ、流行りの衣装店などで買い物などはいいのか?」
お茶を飲みながらジュリウス様が優しさで私に訊いてくださるけど、既に私の体力が尽きかけている。
「いいえ、ここの花畑を見れただけで満足です」
「まあ、確かにそなたは病み上がりだ。余りウロウロしすぎて無理しない方がいいな」
「はい」