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第32話 不思議な音

 ジュリウス様のお母様の為に作られた花畑でのデートを終えた。


 そしてカダフィードの領地にさあ帰ろうというところで、緊急を知らせる魔法の伝書鳥が飛んで来た。



『閣下、タウンハウスの方に皇太子殿下から、セシーリア奥様へのお茶会の招待状が届いております』


 !!


 その鳥は足にメッセージをくくりつけるのではなく、くちばしからまるで人のように器用に喋っている。


「はぁ、皇太子か、厄介だな」

「ど、どうしましょう」


 皇太子の誘いを断るとカダフィードの立場が悪くなる……。


 ――ああ、本気で歌わず、また旦那様に恥をかかせることになっても耐えれば良かったのかもしれない。



「……妻は体が弱いゆえ、また熱を出して寝込んだと断ることにしよう」



 !!



「ジュリウス様、その対応でよろしいのですか?」


 私は不安になって問うた。


「先日3日は寝込んだのだ、信憑性は増しているだろう。気にするな」

「は、はい、ありがとうございます」



 ジュリウス様は伝書鳥に先ほど言った断りの理由を覚えさせ、返信した。


「帰るぞ、体調がそろったら新婚旅行とやらに行くのだろう」

「!! は、はい、ありがとうございます」



 新婚旅行! まさか本当に契約結婚なのにそんなところに連れてってくださるなんて……。

 あ、でもこれは普通に世間体を気にしたのかもしれない……。



 そして私達は転移スクロールでさくっと一旦領地へ戻った。



 ◆ ◆ ◆



 帝都からカダフィードに帰って一晩ベッド寝ていると、何故か剣戟の音が聴こえた。

 誰かが、剣で打ち合うような……。


 訓練棟はかなり離れているはずなのに、何故なのかしら?

 私が朝に目を明けて起きると、やはりカダフィードの城にある公爵夫人の、私の部屋のベッドの上だった。


 私は寝間着のまま、武器代わりとして近くの燭台を手にして、そろりと部屋の扉を明けて廊下を見ると、別に誰かが刺客と戦ってる訳でもなかったし、音ももうしない。



「あの音はなんだったのかしら?」



 よくわからないけど、恐怖心から幻聴でも聞こえた?

 皇太子のお茶会を体調不良を理由に断ったせい……かしら?


 でも、これ以上皇室にかかわって素顔がバレるようなアクシデントに遭遇したくはないし……仕方ないわよね。



 呼び鈴を鳴らしてメイドを呼び、朝の身仕度を済ましてから、入浴を終えてから食事。


 朝から入浴など贅沢が出来るのはこの世界では高位貴族の特権と言える。



 朝食にはパンとフルーツとヨーグルトをいただいた。


 食後に庭に出て見ると、ジュリウス様が訓練棟の方から側近の騎士と一緒に訓練用のラフな服装でこちらに向かって来られていた。



「おはようございます、今朝も訓練棟で鍛錬をされていたのですか?」

「そうだ。体調はどうだ?」



 やはり、鍛錬されていたらしい。

 私はすぐに今朝の剣戟の音を思いだした。

 まさか死ぬほど耳が良くなった訳ではないわよね?


「だいぶよいです、ケホッ」



 私が軽く咳き込んだその時、執事が走り込んできた。



「閣下! 緊張です! 隣の領地のメルバより森近くの結界石が破壊され、魔物の襲撃があったので討伐に来て欲しいとのこと」



 事件だった。



「やれやれ、新婚旅行は少しお預けだ。そなたはしばらく城で静養に努めていろ」

「は、はい。ジュリウス様もお気をつけて……」




 そうしてジュリウス様は急いで支度をして、隣の領地へ助っ人に行くことになってしまった。



 暇を持て余した私は、厨房である食べ物を作ってから、それを持って訓練棟の方へ向かってみた。ジュリウス様は三十人くらいの騎士達と一緒に助っ人に行ったけど、城や訓練棟にも当然防衛の為に残った騎士がいる。



 訓練棟に生えてる木々の枝には、一羽の鴉がいた。


 鴉の方を見たら、目が合ってしまった。鴉は黒いし、死肉をも啄むので不吉だと言われるけれど、大変賢いため、神の遣いと呼ぶ地域もある。



「奥様、訓練棟に何か?」



 鍛錬中の騎士の一人が私に声をかけてきた。



「特に何でもないのよ。暇だったから、いつもジュリウス様が鍛錬されている場所を見てみようかと」

「なるほど、こちらの城で案内が必要な箇所があれば気軽に声をかけてください」



 騎士は朗らかに人好きのする笑顔でそう言った。


「ありがとう、良ければ休憩時間にこれをどうぞ」 



 私は手にしていた容器を目の前の騎士に差し出した。



「これは?」 



 と、訊きつつ、容器の蓋を開ける騎士。



「レモンの蜂蜜漬けよ、身体を動かす人が食べるといいものらしいから」

「わざわざ差し入れを! ありがとうございます!」



 差し入れを見た騎士は喜色満面だった。


「おーい! お前ら! 奥様から差し入れをいただいたぞ!」

「おお! ありがとうございます! 奥様!」


「お前ら、手を洗え! 手を!」

「はい!」



 手を洗った騎士達がわらわらと集まってきて、休憩用に設置されてテーブルセットの側に集まって来て、差し入れをつまむ。


「これ! 酸味と甘みがあっていいですね!」

「美味しいです!」


 などという感想を貰いつつも雑談が始まった。 

 内容はなんと一人の騎士の恋愛相談だった。


「それで、好きな女性は離れた領地に住んでいる為、滅多に会えませんし、どのように想いを伝えるべきかと、女性からの意見をお聞かせいただけたらと」


「遠方におられるなら、やはり手紙ではないかしら? 急に会いに行くと驚かせてしまうでしょうし」

「訓練一辺倒で、私にはロマンチックな文才がないのですよ」


 騎士は頭を抱えた。


「ロマンチックな……そうねぇ、例えば出会いが夏であったなら、青空と白い雲の小さな絵を同封するとかね」

「青空と白い雲の絵ですか?」


「そしてこのような夏空を見ると、あなたと初めて出会った時の事を想い出します。とか、文が苦手な分、視覚に訴えるのよ」


「な、なるほど!? しかし、出会いは春でした」


 騎士は考える仕草で腕を組んだ。



「うーん、そうしたら、彼女と初めて会ったのはどこ?」


「森の小道ですね」

「近くに花が咲いてなかった?」

「あ、はい、名前も知らない花は咲いてました」


「それです」 私はビシリと人差し指を立てた。

「はい?」



「あなたと出会った時に咲いていた可憐な野花の名前を、今さらながら知りたくなりました。名を知れば、いつでもあの時の喜びと感動を鮮明に思い出せる気がするので、今度、植物図鑑であの花の名を調べてみようと思います。などと書いてみるとか。

会えない間に想いが募った感が出るのでは?」


「なるほど! それはロマンチックですね! 流石です! そのまま文章をお借りしてもいいですか?」

「かまわないけど、ちゃんと自分なりの言葉も入れてね」

「はい!」



 と、私の方はこのようなたわいもない平和な雑談をしたりしてるけれど、

 戦いに行ったジュリウス様の方は、大丈夫かしら? と、少し心配になったりした。

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