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第82話 売店のドリンク

「カダフィード君、ご存知? 先ほどの男子生徒、他国からの留学生なの」



  そいつは 知らなかった。



「おー、他国でハメを外してたってことですか、やるなぁ」

「好奇心のつまみ食いで我が国の子女を傷つけるのはやめていただきたいのですけどね」



   ──お、ちゃんと我が国の子女の未来を心配してるのか……貴族令嬢は他人の事などどうでもいい人が多いと思ってた。

   貴族はよく足の引っ張りあいをしてるから。



「そうですね……ところで、フロリアーナ先輩、休み時間が終わりそうなので、売店の飲み物でよろしいでしょうか?」



   彼女の名を呼ぶ時に、俺は先輩とつけて、わざと線を引いた。いい人であればあるほど、半端に期待は持たせたくはない。けれど、



「私、売店の飲み物は初めてです」

「そうですか? 我が母が納品したドリンクが入って来たと実家から報告があったんですよ」



   ドリンクを奢るくらいはいいだろう。


   うちの母は事業に熱心だ。冬の長い領地は作物も育ちにくいから自領を豊かにするために色々工夫し、努力している。おかげで領地民からも好かれている。



「え、公爵夫人が?」


  売店に着いて、俺は蓋付きのカップ入りドリンクを二つ購入した。



「はい、俺の奢りです」



   片方を先輩に手渡した。



「ありがとう。甘くて美味しい……これはなにかしら?」

「いちごミルクですね」

「気に入ったわ」


「ではぜひご友人にも宣伝してください、保守的な方は新しいものにあまり手を出しませんから」

「ええ、承知したわ。お母様想いなのね、カダフィード君は」



   俺は、ただのモラトリアム中だと女性関係でハメを外す他国の留学生のようにはなれないが、領地の為になることなら、多少は動く。



「いずれ領主になるからまぁ、多少は領地の商品の為に貢献しようかと」



   そのうちインスタントラーメンも売り出しそうだな。いっそ学食では家系ラーメンでも食べられるようになったら嬉しいんだが。大きなチャーシューの入ったやつとか。


   あ、ヤバい、想像したらラーメンの口になってきた。昼食にはサンドイッチを食べたし、今はいちごミルクを飲んでいたのに。


   うーん、夜はラーメンにしようか。まだインスタント麺ならあるし。


   後はチャーシューを何処かから調達出来ればなぁ。ないなら作るか?

   俺は教室に戻りつつも、頭では授業のことを考えるより、チャーシューのレシピを思い出していた。


   えーと、確か材料は……、


   豚肩ロース(塊肉)にしょうゆ、みりん、酒、水、砂糖、ニンニク、生姜、長ネギ、油。


   ……だったか。チャーシューの為の材料を放課後に揃えるか……いや、放課後も豊穣祭のダンスの練習があるんだった。


   放課後になって、武芸館に向かう途中でハッテンベルガーと遭遇した。



「パイセン、お疲れ様です! お昼の武芸館での練習、見てましたよ!」

「え? マジか? どこからそんな」

「窓からです! 多くの女生徒がこっそりとパイセンを観てたんですよ、流石一軍男子、大人気!」 



   舞うのが恥ずかしかったので、それに気を取られて気がつかなかった。



「お、お前もその1人となって……か?」



   なんだかくすぐったいな。



「パ、パイセンの勇姿は見ないと、私はカダフィード夫人の侍女になりたいので!」

「はぁ、今から、放課後も練習あるんだ……そこでお前に頼みたいことがある」


「はっ、まさか私に舞い手のパートナー練習に付き合えと!? 無理ですよ! 私にダンスの才能はないので!」



    ハッテンベルガーは赤くなって慌てた。



「全くちがう。ラーメンのトッピング用にチャーシューを作りたくてな。材料の買い出しだ。もちろん予算は渡す」

「なんだ、お使いミッションでしたか! それなら余裕です!」



    俺は財布から必要な予算を渡し、買い物メモも渡した。


「これで頼む」



    ハッテンベルガーは俺の書いたメモを確認した。


「ふむふむ、了解しました!! 舞いの練習が覗けないのは残念ですがチャーシューが完成したあかつきには、ラーメンタイムにお供させていただける感じですか?」



   こいつまだ俺の舞いの練習を覗くつもりでいたのか……恥ずかしいからやめろ。



「そうだな、材料調達の功労賞をやるよ」



   ここはチャーシューつきラーメンで釣るしかない。


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