目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話 こうなるよね、やっぱり


 千隼は黙ったまま、机を見つめていた。HRを終えた休憩時間、教室内というのは騒がしい。


 一限目の授業の準備をしながら友達と楽しげに話している声がする。今日も騒がしなと逃避をする千隼に少しばかり低い声がかけられて、現実に引き戻される。


 前の席に座る直哉は少しばかり怖い顔を向けて、隣に立つ陽平はじとりと見つめてくる。千隼は今、二人に問い詰められていた。もちろん、風吹のことだ。


 どうしてそうなったと聞いてくる彼らに千隼は「自分から声をかけまして」と、素直に答えるしかない。実際に興味を持って話しかけたのは自分自身だからだ。


 風吹の助手にはなったけれど、きっかけを作ったのは自分なので千隼はそう言葉を返す。


 二人からすると信じられないようではあるが、それは先輩と関わろうとする気が入学当初からなかったのを知っているからだ。


 どんな心境の変化だと問われると、興味本位でとしか言えないのだが、二人は何処にと疑問を投げかけてくる。


 そう聞かれるとどの辺りに興味を惹かれたのだろうか。千隼は考えてみるも、不思議な雰囲気かなと答えが出た。


 誰かと一緒にいるわけでもなく、かといって寂しさは感じられず。不思議な雰囲気で、落ち着いている姿というのは、どんな人なのだろうかと知りたくなった。


 思ったままを答えれば、二人は顔を見合わせから、「嘘ではないみたいだな」と一応は納得してくれた。どうやら、何かあったのではないかと思われたらしい。



「この学校、変な奴とかいるからさ。何かさせられているのかと思った」


「風吹先輩は良い人だよ。別に悪いことなんてしている噂も評判もないだろ?」


「そうだけどな。陽平と同じで俺も何かあったのかと思ったんだ」



 何を考えているかも分からない、人とあまり関わっていないと有名な先輩だ。そんな彼に目を付けられたと勘違いもするだろと言われて、それはそうかもしれないなと千隼も思う。


 風吹に悪い噂はない、それと同じ位に良い噂もないのだ。素行が良いとはいえ、誰もがよく知らない人物なのだから、多少の不信感を抱くのも無理はない。警戒してしまう気持ちも分からなくはなかった。


(まぁ、元お狐様だから変な奴と言われると否定はできないかも……)


 今は人の生を過ごしているけれど、元は妖狐であり神として祀られていた存在だ。変な奴という括りに入ってもおかしくはない。これに関しては誰にも言えないことなので、口には出さなかった。


 千隼は自分でも認めるほどには嘘が下手だ。誤魔化すことはできるけれど、限度があるのでできればつきたくはない。


 風吹の秘密も、助手のことも隠さねばならないので、千隼はあえて嘘をつくのではなく、本当の事のみを伝えることにした。


 風吹との付き合いには「興味を持ったから」と答え、変な奴もいるからには「風吹先輩は良い人だよ」と、自分の感じたことだけを話している。


 余計な事は言わずに、言葉を選んでいるので二人には怪しまれていなかった。



「でも、よく話しかけられたよなぁ。薬師寺様って話しかけても当たり障りのない返答で終わるって聞いてたんだけど」


「声をかけたら話はしてくれたけど?」


「あー、千隼に邪な考えがないのを察したのかもな」



 千隼って分かりやすいからただの興味で声をかけてきただけだと察したのかもしれない。陽平の指摘にそうかもしれないと千隼も思う。


 何せ、風吹は自分に近寄ってくる人間を大まかに三つに分けて、千隼はそれに当てはまらない人物だったと言っていたからだ。


 純粋かどうかは自分では実感がないのだが、風吹から見ればそう映るようなので、気を遣わずに話せるというのがあるのかもしれない。



「相手がどう思ってるかは分からねぇだろうが」



 むすっとした表情をしながら直哉が言う。風吹が千隼に対してどう思っているのかは分からないだろうと。千隼に邪な考えがなくとも、相手にはあるかもしれない。


 そう言われて千隼はうむと考える。助手にしたいというのは邪な理由ではないような気がしなくない。


 だが、手伝ってほしいという望みというのは人によっては邪なものだと感じることもある。


 千隼はそうではないので、「風吹先輩は悪い人じゃないよ」と返事を返す。心配しなくていいと言うのだが、直哉はまだ不満げだ。


 直哉の様子に陽平が「あー、はいはい」と察したように割って入る。千隼が大丈夫って言っているのだから安心しろよというように。



「薬師寺様はあのクソ教師から千隼を助けてくれたし、悪い人じゃないだろ、多分」


「裏の顔があるかもしれねぇだろ」


「そうかもしれないけど、千隼に悪い事をするとは限らないじゃん。てか、おれらは友達ってだけで、千隼の交友関係にまで口出しできる立場じゃないぜ?」



 個人の交友関係に口を出すのは友人や家族であろうとも良いものとは言えない。悪い事をしているのならば正すことはできるけれど、そうではないのだから個人の自由だ。


 そう言われてしまうと直哉は返す言葉がないようでむっとしたふうに口を閉ざした。


 今のところ、風吹が千隼に何かしたということはなく、酷い扱いも受けていないからだ。



「二人とも僕は大丈夫だから。心配しすぎなんだよ、直哉は。風吹先輩はなんていうか……交友関係が狭いだけで、話してみると気さくで良い人だからさ」



 他人よりも幽霊や妖怪との交友関係が広いだけなのだ、風吹は。千隼のように邪な感情を持たない人とならば普通に話すこともできる。とは言えないので、嘘ではなく、間違いでもない言葉で誤魔化す。


 直哉はそうかよと返事を返しているけれど、納得はしていないように感じた。彼は警戒心が強いタイプなのかもしれない。


 千隼はそこまで警戒しなくてもと言うけれど、陽平が「これは仕方ないから」と気にしないようにと間に入ってきた。



「友人付き合いを決めるのは千隼だからな。てか、昼飯のこと考えようぜ。学食めっちゃ混むじゃん」


「お前は飯のことしか考えられねぇのか」


「ばっか、食事は大事だろ! この食べても太りにくい体質は有限に使って食を楽しむべきでしょ!」


「あー、僕は購買で済ませるから気にしないで」



 千隼の言葉に陽平が「学食費も払っているのに購買!」と、信じられないといったふうに声を上げた。


 確かに、全寮制故に授業料などと一緒に学食費も支払ってはいるけれどもと千隼は思いつつ、「風吹先輩と会うから」と訳を話す。


 それを聞いて直哉がますます不機嫌そうな表情をするのだが、陽平に「はい、落ち着くー」と肩を叩かれていた。



「昼食も一緒にするとか、仲いいなぁ」


「勉強とか教えてもらえるさ」



 だから、暫くは昼食を一緒には食べられないかな。千隼がそう言えば、陽平はわかったよと頷きながら、眉を寄せる直哉の眉間を伸ばす。


 そこまで警戒しなくてもいいのになぁと千隼は思うのだけれど、直哉の態度は変わらないので、彼の事は陽平に任せようと一限目の授業の準備を始めた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?