目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第11話 良からぬ事が起こる知らせ


 いつもの学園の中庭に風吹はいた。昼休みだというのに生徒の姿はなくて、千隼は不思議に思いながら彼の座るテラスへと近寄る。


 風吹は声をかけるまえに気づいて挨拶をしてくれるので、そのまま彼の前の席に座るのが最近の流れだ。購買のパンをテーブルに置いていれば、風吹に「どうだったかい?」と、問われた。



「あー、だいぶ問い詰められました」



 風吹の問いを察して千隼が答えれば、彼は「そうなるだろうね」と予想してように返す。自分の評判というのを彼も把握はしているようだ。


 とはいえ、悪い事をしているわけでもないので、特に気にしている様子はない。千隼が「二人が何か言ってきたらすみません」と謝るも、何の問題もないといったふうだった。



「私の評判は自分が一番、よく分かっているからね。特にこの学園は少し特殊だから、友人を心配してしまう気持ちは分からなくもない」


「風吹先輩、良い人だけどなぁ」


「私は人を見るけどね」



 千隼は邪な考えのない純粋な人だったから普通に接しているだけだよ。風吹は人を見ることを隠すこともなく話す。


 そういうのは隠しておいたほうがいいのではと、千隼は思わなくもないのだが、彼はそうではないようだ。



「私は確かに善性というのを持ちわせてはいるけれど、邪な考えや汚い感情は好ましく思わないからね」


「それって、神社とかでお願い事する人間とかもですか?」


「内容によるよ」



 例えば、「仕事がうまくいきますように」や「夢が叶いますように」といったものは人間であれば誰でも抱く願いだ。そういったものには汚さは感じない。


 逆に「あの人と付き合っている恋人が消えますように」や「あいつが居なくなって自分優位な仕事ができますように」といったものは、自分勝手で邪な願いなのだという。


 もちろん、苦労させられていたり、その人物のせいで不幸になっているのであれば、多少の酌量の余地はある。神にも情けという感情はあるからだ。


 そうでもなければ、ただの自分勝手で邪な感情でしかなく、それは神だけでなく人間でも嫌悪を抱くこともあるのではないか。風吹の言葉に千隼は確かになと頷いた。



「だから、私は人を見る。良し悪しというのは言動に表れるものだからすぐに分かるんだ」


「それ、風吹先輩ならではかと」


「そうだろうか。まぁ、私の事はいいさ。私は特に何を言われても気にしないから、千隼は心配しなくていいよ」


「風吹先輩がそう言うなら……。でも、何か言われたら僕に教えてくださいね!」



 千隼にそう言われて風吹は返事を返しながら笑みをみせる。それからタロットカードを取り出してテーブルに置くとシャッフルした。


 何か占うのかなと千隼が眺めていれば、風吹に「今日の、というよりは近々何か起こるかを占おうか」と言われる。


 よくカットされたタロットカードを纏めて山にすると前に置かれた。数字をと問われて千隼が四と答えれば、カードが捲られる。



「審判の逆位置……これは……」



 風吹は少し険しげに目を細めたので、何か悪い事なのだろうかと千隼は不安になる。自分は運が良いほうではないので心配になったのだ。



「キミの場合は……良からぬ知らせだろう。何かしら起こる兆しだ。恐れず素直にこの場面に立ち向かうこと」


「よ、良からぬ知らせ……恐れずに立ち向かう……」


「何があっても腐るなということだ」



 そうは言われても何が起こるのか分からないというのは怖いものだ。不安にならないわけがなく、千隼は眉を下げて風吹を見つめる。そんな瞳に分かったからと彼は息を吐く。



「そんな瞳で見なくとも、私にできることはしてあげるさ」


「絶対ですよ」


「あぁ」



 その返事に千隼はほっと息をついてパンの包装を破いた。一度、占いが当たっているので今回も何か起こるのだろう。


 千隼は怪我をしないようなものであってほしいなと祈りつつ、パンを齧った。



「幽霊と妖怪は何かしたりしてますか?」



 風吹の助手なので手伝うことになるだろうと聞いてみれば、「いるのにはいるんだが」と彼は困った表情をしてみせる。



「隠れているようでね。源九郎や透も探してくれているのだけど、なかなか出てきてくれないんだ」


「何をやったんです?」


「魑魅魍魎という妖怪で、彼らは人に憑りついて弄ぶんだ」



 憑りつかれた人間はがらりと性格が変わったように横暴になったり、怒りっぽくなったりする。あるいは悲観的になったり、暗くなったりと、様変わりするのだという。


 そうやって狂っていく人間を見て楽しみ、負の感情を吸っている。少し厄介な妖怪ではあるが、普段は山の中で大人しく暮らしているらしい。


 生徒たちの陽の気に引かれて山から下りてきたのだろうと風吹は説明してくれた。



「千隼もここ最近で様子に変化があった生徒や教師がいたら教えてほしい」


「わかりました!」



 最近、様子がおかしい人は身近にいなかったような気がするが、知らないだけかもしれないので周囲には目を向けておこう。千隼がそう思うと風吹は「無理はしないように」と言った。


 無理して探そうとはしなくていい。見つけたとしても下手に声をかけてはいけない、何かあるか分からないからと。確かに一人で勝手にやってはいけないよなと千隼は頷く。



「千隼なら無茶はしないとは思うけれどね」


「気をつけます。あれ、静代さんは何をしているんですか?」



 源九郎や透も探してくれていると言っているが、静代の名前が出ていなかった。


 彼女も手伝ってくれているのではないのかという千隼の疑問に、風吹は何とも言えないといったふうな表情をしてみせる。



「手伝ってはくれているのだけれど、彼女の趣味がね……」


「あぁ……恋人観察……」



 静代は同性だろうと異性だろうと恋愛事が好きだ。恋人同士である彼らを観察をし、時に手伝いというハプニングを起こす。


 今は風吹に注意されているので派手なことはしなくなったが、恋人観察は止めていない。


 何処が楽しいのだろうかと千隼は不思議に思うのだが、恋愛漫画や小説が娯楽として読まれているのだから、そういったものが好きな層というのはいるのだろう。


 千隼はそれを否定するつもりはない。迷惑をかけなければ自由だと思って。



「彼女を見かけることがあるだろうけれど、悪さをしてなければそっとしておいて問題はないよ」


「まぁ、そういう趣味はそっとしておくのが一番ですもんね」


「そういうことだよ。千隼も私の助手だからといって探し回らなくてもいいからね」



 私の手伝いをしてほしいけれど、無理はする必要はないから。風吹にそう言われて千隼は頷く。無茶をして迷惑をかけるのはよくないよなと。


 とはいえ、何かしら役には立ちたいとも思ってしまうので、周囲の観察をしてみようと千隼は決めた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?