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第四章:問題を起こすのは妖怪だけではない

第18話 平穏な学園生活は暫く遅れないだろうな


 ひそひそと囁き声がする。廊下を歩けばすれ違うたびに顔を見られて、同級生からは頭を下げながら挨拶をされたかとおもうと、今度は二年生からは距離を取られる。


 三年生からは観察されてしまう、これがここ一週間ほどの千隼の一日だった。


 もうすぐ七月に入ろうとしているせいか、日差しが強くなっている。今日も天気がいい、そんなことを考えながら千隼は現実逃避をしていた。


 目の前には二年生の男子生徒が腕を組んで立っている。連れだろう二人に間を挟まれて逃げ場を失っていた。教室の扉脇、壁に背をつけて千隼は頬を引き攣らせる。


 目の前に立つ綺麗な茶髪の男子生徒は確か社長令息ではなかっただろうか。


 薄っすらとした記憶なので確証はないが、取り巻きがいるのでカースト的には上の生徒であうのは間違いがない。



「お前、薬師寺様のなんなの?」



 ですよねーと千隼は心の中で叫んだ、こんな詰め寄るようなことなど一つしかない。


 風吹との仲は彼の言う通り、クラスメイト経由であっという間に広まっていた。それはもう仕方ないのだが、彼らの詰め寄り方は怖いものだった。



「なんなのと言われましても、お昼ご飯を食べる仲としか……」


「一緒に図書室に行くのを見た人もいるけど?」


「それは、勉強を教えてもらっていまして……」



 勉強を教えてもらっていると聞いてはぁっと声を上げられる。あの薬師寺様がと信じられないものを見るような目を千隼に向けている。


 嘘はついてないぞ、嘘はと千隼はぎこちなく笑む。下手なことは言わないと自分からは話さないことを貫く。



「何か企んでるじゃねぇの? まさか、付き合って……」


「いえ、お昼ご飯を食べる仲です」


「信じられないけど」



 そんな疑わなくてもいいのでは。千隼が否定するように「本当にお昼ご飯を食べる仲なんですって」と言うも、「隠すよな、そういうことは」と勝手に自己解釈し始める。


 なんでそうなるのと叫びたくなるも、余計な騒ぎは避けたいのでぐっと堪えた。突っ込めば墓穴を掘りかねず、それだけは避けたかった。


(風吹先輩が元お狐様とか言っても信じてはもらえないだろうけど、嘘つきと仲良くしているなんて噂が立ったら迷惑かけちゃうし……)


 自分がどう言われようと気にしないが、風吹は何も悪いことをしていないのだから迷惑はかけたくない。騒ぎが避けられるならばそうしたほうが良いので、千隼は言葉を慎重に選ぶ。



「企んでるじゃ……」


「でも、薬師寺様がそれを見抜けないとは思わないぞ」


「薬師寺様が誰と交友関係を築こうと、好みを否定するのは良くないよな……」



 男子生徒たちは好みを否定するのはよくないとそっちの方向で考えが纏まりだした。


 暫くこそこそと相談していた彼らは千隼に向き直って咳払いを一つする。



「薬師寺様の好みを否定することは良くないので仕方なく受け入れてやるよ。お前は薬師寺様の隣に立つのだからもっとしっかりとしろよな」


「は、はい……」



 目立ったり、迷惑をかけるようなことは慎むようにと言い残し、男子生徒たちは歩いて行ってしまった。


 これでよかったのだろうかと思いながらも、千隼ははぁと溜息を吐いて教室へと戻る。クラスメイトに遠巻きに見られながら席について項垂れた。



「千隼、お疲れー」



 千隼の肩を叩いて陽平が声をかけてきた。彼は「あれは面倒だったよな」と、千隼に同情しながら労ってくれる。



「大変だったなぁ」


「びっくりするぐらい話が通じなかった」



 何度、お昼を食べる仲なのだと言っても、勘繰られてしまうのだ。


 全く話が通じないことがあるのかと千隼が驚いていれば、陽平は「まぁそれはなぁ」と苦く笑う。



「会話して、勉強を教えてもらって、お昼を一緒に食べるってだけで疑われてもなぁ。なんつーか、この学園ならではって感じ?」



 この学園ならではと言われてはそうかと納得してしまう。同級生の中でも先輩と付き合っていると言っている同性はいるのだ。


 なら仕方ないかもなと千隼が息を吐き出せば、「離れればいいだろ」と直哉が言う。嫌なら付き合いを止めてしまえばいいと。


 勘違いされたくない、迷惑だと思っているならば距離を置けばいいのだと直哉は話す。そうしてしまえば簡単だろ言うように。



「え、嫌だ」



 即答。千隼のあまりの否定の速さに直哉は黙った。陽平も目を瞬かせながら二人を交互に見合っている。



「風吹先輩は悪くないし。付き合いやめる理由にはならないよ」



 何度も言っていることではあるのだが、風吹のことは嫌いではなかった。先輩と後輩で、彼の秘密を共有する助手であり、友達という関係は好きだ。


 風吹の不思議な雰囲気も、彼の幽霊や妖怪たちへと向ける優しさや考え方というのは、千隼の好奇心を掻き立てていた。もっと知ってみたいなという興味が。


 周囲の反応には驚きはするものの、それは仕方ないことだと思っている。カースト上位の生徒なのだから、そうなってしまうのはしかたないと気にしてはいなかった。



「千隼ってさ、メンタル鋼だよな」



 嫌がらせ受けていた時にも思ったけどと、陽平は言う。千隼のメンタルは強すぎる、鋼かと突っ込まれてしまった。


 千隼は自分でもメンタルは強いほうだとは思っている。けれど、嫌がらせを堪えることができたのは陽平や直哉、風吹がいたからだ。


 たった一人であったなら折れていたかもしれないなと素直にそう伝えれば、彼はそうかなぁと頬を掻く。



「おれ、何にもできてなかったと思うけど」


「側にいてくれたってだけでも支えになってたよ」


「あれは俺のせいだし……」


「もうさー、気にしてないんだよー」



 直哉はまだ気にしているらしい。千隼が「もう終わったことなのだからいつまでも引きずっていても重いだけ」と言えば、「お前は少し気にしなさい」と陽平に突っ込まれる。



「気にしていても気持ち暗くなるだけだし」


「ほんと、切り替え上手いよなぁ」


「それが僕の取り柄だからね!」



 これが自分の取り柄だと千隼は自覚していた。ポジティブで切り替えが早い。


 好奇心旺盛というか、何かと興味を持ってしまうというのも、マイナス面はあるが、千隼は取り柄だと思っている。



「まぁ、それもそうかぁ。で、今日も薬師寺様のところに行くんだろ?」


「そうだよー。あと、今日は勉強教えてもらう日ー」



 千隼は「もうすぐ期末テストだから苦手な教科を教えてもらうんだ」と笑う。楽しみだといったふうな表情に陽平はへーと返事をし、直哉は眉を寄せる。


 二人の表情の変化に千隼は気づいたものの、どういった意味が籠められているかまでは分からず、首を傾げながら次の授業の準備を始めた。



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