「私にも勇気ある生徒が聞きに来たな。一年の後輩と付き合っているのですかと」
昼休み、中庭のテラスで千隼は今日あったことを風吹に話した。すると、彼のところにも聞きにきた生徒がいたのだと教えられる。
勇気ある生徒がいたものだなと千隼は、その質問をした生徒の度胸に感心した。一目置かれる存在にこういった質問をするのは勇気がいることだと思うからだ。
「まだ付き合っていないと答えた」
「まだって何ですかそれ」
「だって可能性がないわけではないだろう?」
交際はしていない。告白をしたわけでも、されたわけでもない。じゃあ、付き合うことはないのか、可能性がないわけではない。
同性であったとしても、どちらかがそういった感情を持つかもしれない。可能性がある限り、絶対に無いとは言い切れないのではないかと風吹は答える。
「私もキミも好きになるという可能性はある」
「な、なるほど」
誰を好きになるかなんて、そんなきっかけがいつあるのか分からない。もしかしたら、今あるかもしれないし、全くないままかもしれないのだ。
それはそうだなと千隼は納得する。性別や年齢など関係なく、好きという感情はいつやってくるのかわからないだろう。
「そういえば、妖狐の力? とかでどうにかできたりするんですか、そういうのって」
「できるか、できないかで言うならば、できるだろうけれど徳はしないといったところだろうか」
相手を催眠のように暗示をかけて好きだという感情を植え付けることはできるだろうけれど、それはひと時だけだ。
術が解けてしまえばそれで終わりであり、相手からの信頼を失うことになる。
そもそも、そうやって好きになってもらうことに何の意味があるのか。虚しいだけではないかと風吹は問いかける、偽りの愛がほしいのか、それが正しいのか。
千隼の答えは〝ほしくはないし、正しいとも思わない〟だった。そんな想いのない愛はほしくないし、無理矢理にそうさせることが正しいわけがない。そう答える千隼に風吹は「私もそう思うよ」と笑んだ。
「純粋に私自身を好きなってほしいから、そういった行動はしないよ。そもそも、善性があるが故に悪さはできないのだけどね」
「そうですよね。やっぱり自分自身を見て好きになってほしいよなぁ」
心から好きなってほしいと思うのは当然のことだ。自分だけを純粋に見てほしいという風吹の考えに千隼も同意見だった。
「まぁ、暫くはいろいろ噂がされるだろうけれど、あまり気にしないでいい。人の噂というのは過ぎ去るものだからね」
「ことわざですっけ、そんな言葉がありましたよね。人の噂も七十五日って」
「人伝に渡っていけばだんだんと忘れ去られていくということだよ」
暫くは面倒くさいかもしれないけれど、下手な事をしないでおけば落ち着いていくだろうと風吹は話す。
それまでは申し訳ないけれどと、彼が眉を下げたので千隼は「大丈夫ですよ!」と笑った。
「元はと言えば、僕が興味持って話しかけちゃったからですし」
「きっかけはそうだけれど、キミを助手として傍に置くことにしたのは私が決めたことだよ」
「それを了承したのも僕ですけどね」
風吹先輩は気にしなくっていいんですよ。千隼がねっとまた笑めば、風吹は少しばかり目を開いてからゆっくりと細めた。
「キミのそういうところ、私は好感が持てるよ」
純粋さと優しさが見えるから。そう言って風吹は嬉しそうに見つめてきた。なんと、映える表情だろうか。千隼は思わず固まってしまう、顔が良すぎたのだ。
風吹の良さは顔立ちや成績優秀なところではない。幽霊や妖怪の頼みを断らず、彼らのことを考える優しさや、気遣いのできるところも好感が持てる。
とはいえ、風吹は格好が良い。そんな表情をされれば、女性ならば顔を赤らめてしまうだろう。男の千隼ですら目が離せなかったのだから。
「どうかしたかい、千隼?」
「え? いや、なんでも! あ、なんか妖怪や幽霊から相談事とかってきてます?」
「今のところは来ていないね」
誤魔化すように千隼が問えば、風吹は特に気にするでもなく答えてくれた。今のところ問題を起こしているような幽霊や妖怪、相談事は来ていないと。
ただ、いつくるかは分からないので油断はできないらしい。源九郎たちが目を光らせているとはいえ、妖怪や幽霊といった存在は神出鬼没だからだ。
「千隼も何かおかしいと感じたら些細なことでもいいから教えてほしい」
「関係なさそうでも、それが原因だったりするかもしれませんもんね」
助手なのだからその辺りはしっかり気をつけて観察するべきだよな。千隼は「分かりました」と大きく返事をすれば、その元気良さに風吹がふっと吹き出して笑われてしまった。