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第20話 これが不運ってやつでは


 千隼は教室に戻るために廊下を歩いていた。通り過ぎる生徒から挨拶をされるのにも慣れて自然と返せるようになっている。


 ふんふんと鼻歌混じりに曲がり角から顔を覗かせれば、数人が窓側に集まっているのが見える。一人を囲むように三人の男子生徒が立っていて、あれと千隼は気づいた。



「取り囲まれているの、クラスメイトでは?」



 その男子生徒に見覚えはあった、確か学級委員の佐々木正博ではなかっただろうか。


 あまり話をしないのでそれほど仲が良いとは言えないのだが、千隼は全員のクラスメイトの顔を覚えている。


 正博の前に立つ三人の男子生徒は先輩のようで、一番背の高い短い金髪の生徒が何かを言っていた。なんだろうかと千隼は耳を澄ましてみる。



「ぶつかっておいてさー、謝るだけは無いだろ」


「そ、そもそもぶつかってきたのは先輩からで……」


「あぁ? オレに意見を言うのか?」



 庶民がと金髪の生徒が壁を蹴れば、びくりと正博は肩を跳ねさせた。どうやら絡まれているようで、うーんと千隼はその様子を観察しながら考える。


 正博はぶつかってきた先輩に一応は謝ったけれど、それで済ますきかと難癖をつけられているようだ。


(佐々木さん悪く無いのでは?)


 どう考えてもただ絡まれているだけだ。千隼が放っておくのもなと思っていると「何、見てんだ」と声をかけられる。


 こそこそと覗いているのを先輩に見つかってしまった千隼は「いや、その」と言いながら前に出た。



「詳しくは知らないですけど、佐々木さんは謝っているみたいだし……」


「謝って許されるってか? オレだぞ?」


「いや、先輩のこと誰だか知りませんし」



 千隼の言葉に金髪の先輩は固まり、取り巻きの男子は焦ったようにお前っと声を上げる。



「吉崎和樹を知らないのか、お前!」


「えーっと……」



 聞いたことあるようなと千隼は記憶を探る、確か名高い会社の御子息だったような。あ、なるほどとそこまで記憶を引っ張り出して納得する。


 ようは金持ちで学園カースト上位だということだ。だからこんなに偉そうなのかと先輩の態度に頷けた。


 彼は自分を知らない生徒がいることに驚いたようで、信じられないものを見るような瞳を向けている。



「誰もが知っているとは限らないと思います。僕は見たことなかったですから」



 千隼が「知っていて当然だと言われても困る」と素直にそう言えば、彼は「世間知らずもいたものだな」と鼻で笑った。



「この学園に通っている以上、自分よりも目上の人間には気を使うべきだ」


「そうですね」


「なんだ、その返事は」


「いや、いくら先輩でもその態度はどうかと……」


「暁星!」



 正博が慌てて千隼の口を塞ぐ、彼を刺激してはいけないと。けれど、彼の言葉を和樹は聞き逃していなかった。


 暁星と口にすると取り巻きの男子が確か薬師寺様のと小声で話す。



「お前が暁星千隼とかいう、薬師寺風吹のお気に入りか」


「えー、その……人違いでは?」


「嘘が下手すぎる」



 そろりと目を逸らすも、バッサリと切り捨てられてしまう。気づかれるのも時間の問題だっただろうと千隼は諦めた。


 和樹は何か考えるように千隼を見つめていて居心地の悪い空気が漂う。早く解放してくれないだろうかと思った時だ。



「お前、なかなか度胸があるじゃねぇか。オレのモノにしてやってもいいぜ」


「モノってなんですか。取り巻き? それとも恋人? どっちも嫌ですよ」



 即答だ、それはもう早かった。千隼の反応に和樹は目を見開き、正博は両者を見遣って、取り巻きの男子の顔色は悪くなる。



「いやいや、よく考えてみてくださいよ。この状況ですよ、この追い詰められたような状態でですよ? こんな状況で先輩の好感度は上がるどころか下がりますよ」



 上から目線で態度は大きい、そんな相手に詰め寄られてどう好きになるというのだ。そもそもよくこんな状況で言えたものだな。


 そうはっきりと言うのは良くないだろうと、言葉にはしなかったものの千隼は発言に気をつけながら答える。



「……お前」


「あーー! もう授業の時間だー! 佐々木さん急ごう!」



 和樹の目つきが変わったのを見てこれはまずいと、千隼はそう大きく声を発しながら正博の腕を掴みかけ出した。


 背後からちょっと待てと叫び声が聞こえるが、そんなものは無視する。急いで教室まで行き勢いよく入った。クラスメイトたちから注目を浴びるが、そんなものは気にしていられない。



「暁星……」


「えっと佐々木さん大丈夫?」


「オレはいいけど……あんたの方こそ大丈夫?」



 正博が「あの吉崎先輩はしつこいよ」と心配げに千隼を見つめていた。しつこいとは、そう質問しなくとも想像できてしまった千隼は頭を抱えてしまう。これはまた面倒なことになるぞと。



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