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第21話 他人の話は聞いてくれ!


 正博の言う通りだった。その日の放課後だ、吉崎和樹は千隼の教室へとやってきた。周囲からの痛々しい視線を浴びながら彼はようと不敵な笑みを浮かべている。


 陽平と直哉からは今度は何をしたと問い詰められていれば、正博がオレのせいでと二人に訳を話してくれた。それを聞いて納得はしたようで、お前ってやつはと呆れた表情を向けられる。


 確かに自分も悪かったかもしれない。少々、思ったことをそのまま口に出してしまっていた自覚はある。


 けれど、わざわざ教室にまで来なくてもいいじゃないかと千隼は焦りそうになる心を必死に落ち着かせていた。



「おい、暁星。オレ様がわざわざ迎えにきてやったんだからさっさと出てこい」


「迎え?」


「なんだ、お前はオレのモノだろう」



 はーっと声を上げた、それは千隼だけではない、陽平も直哉もだ。二人に睨まれて、全力で否定を籠めて首を左右に振る。



「それ、断りましたよね! てか、あれ冗談だったのでは!」


「お前みたいな度胸ある奴を気に入って何が悪い」


「いや、迷惑です……」



 その言葉を聞いてか正博に口を塞さがれてしまう。直球すぎるよと耳元で注意されて、確かにと頷く。


 けれど、ちゃんと断らねばならないので必死に言葉を選んで千隼は言った。



「えっと、僕は取り巻きとか恋人、友達といったものになるつもりはないです」


「遠慮するな」


「遠慮はしてない!」



 だめだ、言葉が通じない。なんだ、この前の社長令息もだが、カースト上位は言葉が通じないのか。風吹先輩はちゃんと理解してくれるぞと千隼は心中で愚痴る。


 言葉を選んでいては駄目な気がする、それは陽平も直哉も感じたようだ。


 でも、選んでいるとはいえ、ちゃんと断っていると千隼は思うのだが、相手はそうではないようだ。なんでだと突っ込みたい、切実に。



「吉崎様、千隼は嫌だと断っていますよ」


「他は黙ってろ。暁星以外は喋るな」


「金持ちだからって我儘言って良い訳ねぇだろ!」



 直哉が苛立ったように言えば、和樹は眉を寄せて誰だお前と睨む。


 先輩に睨まれても同じように眼力で返す直哉に、「喧嘩慣れしてるな」と千隼は感心してしまった。そんな場合ではないのだが、それは置いておいて。



「暁星の何だ、お前は」


「何でもいいだろうが! あんたに関係ないだろ!」


「なんだって?」



 睨み合う二人、下手をすれば掴み合いになるのではないかといった雰囲気に千隼は慌てる。


 手を上げれば直哉はただでは済まないので陽平と二人で彼の腕を掴んで止めた。



「いいから、暁星、オレに付き合え」


「無理です! 今日は風吹先輩と約束あるので!」



 今日は勉強を教えてもらう日なので今頃、彼は中庭のテラスで待っているはずだ。


 待たせてしまうのは申し訳ないという千隼の言葉に和樹ははぁっと苛立った声を出した。



「薬師寺風吹の方が良いと?」


「比べ物にならないぐらいには風吹先輩の方が良いです!」



 つい、本音が出てしまった千隼はだったが、本心なので仕方ない。本当に比べ物にならないぐらいに風吹の方が良かった。


 話しは通じるし、嫌なことはしてこない、上から目線では無いし、偉そうでもないのでこんなふうに周囲に当たり散らすこともない。


 千隼は言った後にしまったと口を覆うもすでに遅くて和樹は眉を寄せて怖い顔をしていた。これはいけない、逃げなくてはとそう思うも彼は前に立っている。



「なんで、そんな自信満々に自分のモノになると思ってるの……」


「あー。多分、噂が……」



 正博は聞いたことがあると声を潜めて話す。なんでも、和樹に狙われた生徒はどんなに嫌がっていても突然なんの前触れもなく付き合っていたり、友人関係になっていたりするのだと。


 なんだそれと千隼は疑問を抱く。人の感情は変わるものだけれど、ある日突然といったふうに移ろうものではないはずだ。


(これってもしかして、なんかあったりするのでは)


 風吹が妖怪にそういったことができなくはないと言っていたことを思い出す。もしかしたら、何かしら関係があるかもしれないのではないか。


(絶対とは言えないけど、気になったことだし、一応は伝えたほうがいいよね)


 些細な事でも気になったことは教えてほしいと言っていたのだから、これは風吹に伝えるべきだろう。


 とは言ったものの、どうしたものか。隙を見せない相手に千隼が困っていれば、陽平が「あっ! 先生!」と大きな声で指さした。えっと和樹が振り返った瞬間、陽平が「今のうち」と囁く。


 千隼はさっと方向を変えて別のドアから教室を出た。その素早さに和樹が出遅れて、怒鳴り声を上げている。


 追ってくるだろうかと思ったが、直哉が足止めするような声がした。あぁ、これは喧嘩になってしまったかもしれない。明日、謝ろうと心中で感謝を伝えながら中庭へと走った。



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