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第22話 些細なことでも何かと関りがあるかもしれない


 中庭へと滑り込むように入れば、風吹が驚いたように目を向けてきた。勢いよく駆けてくれば、そんな反応にもなるよな。千隼は彼の反応に納得しながら息を整える。


 はーっと息を深く吐き出してから千隼は「聞いてくださいよ!」と、先ほどの一連の流れを風吹に伝えた。早口になりそうになりながらも、なるべく簡潔に。


 状況を理解したのか、風吹が「一先ず、旧校舎へ」と、この場にいるのも良くないと判断してテーブルに置いていた鞄を持ち上げる。



「今の時間であれば、旧校舎は閉鎖されている。源九郎が鍵を開けてくれるだろうから暫くは避難できるだろう」



 このまま寮に帰ることもできるが、キミは他にも何か伝えたいのだろう。風吹は千隼の様子から察したように話す。


 気になったことがあったので千隼はうんと頷いた。ならばと風吹は周囲を見渡してから旧校舎へと向かう。千隼の手を引いて。


 手をひられて少しばかり驚いたけれど、それがなんだか安心できた。放っておかれることもなく、力になってくれるようで。


 旧校舎の玄関扉を二回、ノックする。それから三秒置いて一回、ノック。そうするとかちゃりと鍵が開く音がした。


 そっと旧校舎へと入れば、狐の姿をした妖怪である源九郎が座っていた。どうしたんですかといったふうに首を傾げている。


 風吹は鍵をかけ直してから一番、近い一回の奥の空き教室へと源九郎と共に入っていく。カーテンが閉められて薄暗い中には見知った幽霊たちがいた。



「あ、少年じゃん」


「あ、男子くん」



 学ラン姿の男子生徒、透と元教師な女性、静代が透けた身体でふよふよと浮いていた。


 久しぶりに会ったなと千隼が挨拶をすると、風吹が「透に任せたいことがある」と彼に声をかける。



「外を見張っていてほしい。誰か来たらすぐに知らせてくれ」


「りょうかーい」



 透は慣れた様子で訳を聞くでもなく窓をすうっと通り抜けて出て行った。理由は聞かないんだと千隼が思っていれば、源九郎が「どうしやした?」と問う。



「千隼が厄介な生徒に目をつけられてね。話を聞くために此処に来たんだ。此処ならば周囲を警戒しながら話を聞けるからね」


「あー、わたしや透くんが見張っておけますもんねぇ」



 霊感がある人じゃないと自分たちは視えないし。静代の言葉に風吹は頷きながら、千隼にもう一度、話してほしいと促した。


 千隼は和樹に絡まれていた正博を助けた事、それがきっかけで自分がターゲットにされたことを伝える。それから、気になっていた噂のことも風吹に教えた。



「急な気持ちの変化というのはあるだろうけれど、突然というのはおかしいね」


「そうなんですよね。だから、風吹先輩に教えておいたほうがいいかなって」



 妖怪関連かもしれないしと千隼が言えば、風吹はふむと顎に手をやった。暫く黙ってから彼は「違ったはずだが」と呟く。


 何かひっかかるようなことでもあったのか。千隼が心配するように見つめれば、風吹が源九郎に「お前はどうだ」と問いかけた。



「私以外の生徒で人間転生、あるいは成り代わった、化けている妖怪はいたか?」


「あっしが見かけた限りじゃ居なかったかと」


「私も生徒では見かけていない。把握できていないだけかもしれないが、吉崎先輩とは会ったことがある。彼は間違いなく人間だ」



 同族である自分が見分けられないわけがない。元とはいえ、お狐様として祀られていたのだから。


 じゃあ、取り憑かれているのかなと千隼が聞いてみれば、「その可能性はなくはないが」と風吹は説明してくれた。


 人間を魅了する術というのは妖怪の中でも力が強くなくてはならない。


 そういった術を持っている妖怪というのは取り憑かずとも、人間に化けるなり成り代わるなりして自分でやるのだという。なので、最初に風吹はそこを源九郎に確認したようだ。



「と、なると?」


「秘術を記した古書を所持しているまたは誰かに教えてもらった可能性がある」



 昔、妖怪が平然と姿を現していた時代に秘術を記録した人間というのは存在する。その手記や古書といったものは殆ど失われているのだが、稀に残っていることがあるのだ。


 例えば、博物館に寄贈されたものの中にも存在する。あるいは築百年を優に超える代々引き継がれた家の古い蔵から出てくることも。


 一般人でもそういった経緯で手に入れることがあるらしく、術の虜になってしまった人間は厄介なのだとも教えてくれた。



「秘術が記されている古書の類というのは、攻撃的なものも存在する。便利なものもあるのでそれらを魔法のように感じて魅了された人間は、何の躊躇いもなく使ってくるんだ」



 これさえあれば何でもできると勘違いした人間は何をしでかすか読めない。下手にこちらから手を出せば、危険な行為をしかねないのだ。



「吉崎先輩の家、あるいは祖父母の家に古い蔵があるならば、古書が残っている可能性もあるか。さて、どうしたものか」


「迂闊に妖狐様が手を出したら、この小童に被害がでかけねぇなぁ」


「源九郎の言う通りだ。相手の出方を窺うしかないか……」



 こちらから動くのではなく、相手から動くのを待つしかない。風吹はこればかりは仕方ないと息を一つ吐き出して一枚のタロットカードを取り出した。


 タロットカードを千隼の額に当てて言霊を唱える。ふっとタロットカードが光り、はらはらと塵となって消えた。


 何が起こったのだろうかと千隼が目を瞬かせれば、風吹は「加護だよ」と教えてくれる。術を跳ね返す加護を張ったのだという。これである程度の術ならば、問題なく弾くことができるらしい。



「私と同等の力を持つ妖怪には少し厳しいかもしれないが、古書から術を使うならば本人の精神力が力の源だ。人間のものはそれほど強力ではないので大丈夫だろう」



 不安かもしれないが信じてほしい。そう言う風吹の表情は安心させるように温かなものだった。だから、千隼は頷く。大丈夫だと思って。



「近いうちに行動してくるだろうから、その時のことを考えようか」


「対策ってできるんですか?」


「源九郎とあの子にも手伝ってもらおうか。静代さん、あの物の怪はいるかい?」


「あ、はい! こちらに」



 黙って話を聞いていた静代が教卓の上を指さす。そこには黒猫の姿に兎の耳を持つ物の怪が眠っていた。


 静代が「きなこちゃん」と呼べば、きなこと呼ばれた物の怪がぬっと顔を持ち上げてふよふよと浮きながら近寄ってきた。


 すとんと静代の腕の中に落ちてからきなこは風吹を見て震えだす。自分は大人しくしていたぞというように、何もしていないと首を振っていた。



「あぁ、キミを祓うわけじゃない。手伝ってほしいんだ。暫くの間、千隼に憑いていてほしい。源九郎もだ」


「どういうことですか?」


「連絡要員と警護要員だよ」



 源九郎は足が早いので何かあった時にすぐに風吹に伝えることができる。きなこは物の怪なので多少の防御手段を持ち合わせているから時間稼ぎができるのだ。


 千隼はただ幽霊や妖怪を視ることができるだけで、対抗手段は持ち合わせていない。幽霊や妖怪に触れることや会話ができても、術に対しては無力だ。


 風吹が加護を与えたとはいえ、何が起こるか分からないので備えは多いほうがいいということのようだ。



「相手が動けば、こちらも動けるからね」


「なるほど」



 私も出来うることはするからと風吹は千隼に言う。無理はすることなく、逃げるのだと。



「千隼。もし、吉崎先輩が動いたらこうしてほしい」



 囁くように話される言葉を千隼は忘れないようにしっかりと聞く。術を悪用してこれ以上の被害者を増やさないために、自分ができることをしようと決めて。



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