「なー、さっき廊下でちらっと聞いたんだけどさ」
午後の授業を終えてホームルームが始まるまでの小休憩中に千隼は、教科書をカバンに仕舞いながら陽平に話しかける。
さっき耳にしたという体で千隼が「寮の裏の小山に火の玉が出るってホント?」と、何気なさを装って聞いてみた。
カバンを机にどかっと置きながら陽平が「あー、それ聞いたことあるわ」と自分も聞いたと教えてくれる。
「なんか、二年の先輩が目撃したらしいぜ。何時だったけ……二十時過ぎだったかな」
「それほど遅い時間ってわけじゃないんだ」
「らしいよー。何人か見たって話だな」
「それなら俺も聞いたな」
前の席に座っていた直哉が振り返りながら言う。彼の同室である一年生も目撃していたようで、興奮気味に話していたのを聞かされたと。
千隼が「どんな色だったんだろうね」と疑問を口にすれば、「色までは分かんなかったが、赤くはなかったらしい」と直哉が聞いたことを教えてくれた。
「遠くでも分かるような暖色系ではなかったから、あれは人魂だって主張していたな。俺は見ていないからどんなもんかは知らねぇけど」
「そうなんだ。なんか、噂が広まってきているから肝試しに行こうとする人がでそう」
「あー、ありそう。裏って山だからフェンスだけなんだよな」
登ったらすぐに山に入れると陽平が「いつか深夜に寮を抜け出す奴が出るかも」と笑う。馬鹿な事するよなといったふうに。
寮のセキュリティが低いというわけではないが、抜け出せないこともないのだ。とはいえ、警備員もいるので見つからないようにとなると難易度は高い。
見つかって𠮟られるのがオチだよと陽平が言えば、直哉も「すぐ捕まるだろ、やったら」と同意する。それはそうだよなと千隼も頷いた。
(と、なるとどうやって山に確認しに行くんだろ?)
原因が子狐たちによるものならば、小山に行って確認する必要があるのではないか。
こっそりと外に出ることができる自信が千隼にはない。
(風吹先輩なら何か方法を知ってるかもしれないか)
妖怪側の情報も集めているだろうしと千隼は他に何か聞けないだろうかと陽平たちに質問をした。
「そもそも、抜け出した生徒っているの?」
「意外といるぜ? 不良グループとか」
「最近はない感じなのかな、話を聞かないから」
「最近は聞かないなぁ。変な行動している奴もいないかも?」
ここ最近は風紀委員の見回りが強化されているから、不良グループの生徒が文句を言っていたと陽平は話す。下手な事すると説教部屋行きだとか。
風紀委員の説教は長いと千隼は聞いたことがある。指導室は説教部屋という名前がついており、捕まったら最低でも一時間は出てこられないと言われていた。
「風紀委員長が真面目だからな。あいつ、規則規則ってうるせぇし」
「あー、直哉はすでに捕まってたんだ……」
「逆に捕まらないと思うの、千隼」
制服は着崩している、売られた喧嘩は買う、教師への態度は悪い。三拍子そろった直哉が目をつけられないわけがないだろ。陽平の言葉にそうだねと千隼は苦笑した。
直哉は「売られた喧嘩は買うだろ」と、悪びれる様子はない。これは直す気はないのだろうと察することができるほどの自信満々な言い方だった。
「風紀委員長ってさ。マジで真面目だから寮内の見回りもやってるんだぜ」
「え、そうなの?」
「そうそう。成績優秀、生活態度良し、教師からの評価高い風紀委員長の信頼度ってバカみたいにあるから寮母さんも許してるんだよね」
寮内の見回りを任せるとかちょっと緩すぎないとは思うけどと、陽平は棘のある言い方をした。
そう思う気持ちは分からなくはなかったので突っ込みはしなかったが、千隼はこれはますます抜け出すのは難しいのではないかと考えてしまう。
「風紀委員長なら抜け出せるんじゃね?」
「あー、抜け道とか知ってそうではあるよな。ずっと寮内を見回っているなら」
抜け道というか、抜け出せるタイミングは分かるかもしれない。千隼はなるほどと、陽平の言葉にありそうだと思う。
「火の玉とか言ってるけど、ただの見間違いだっておれは思うね」
「それな。人魂とかありえんだろって俺も思うわ」
幽霊が居ないとは言わないが、そう簡単に見られるものではないだろと言う直哉に、そうそうと陽平が頷く。
見られるものではないけど、割とすぐ傍にいるんだよな。などと千隼は静代たちのことを想い浮かべたが、二人に合わせるように「そうだよねー」と相槌を打っておいた。