放課後の図書室は自主勉強をする生徒がちらほらと見受けられる。一番奥の離れた席で千隼は風吹に勉強を教わっていた。
苦手な数学に頭を悩ませること数十分、風吹が「休もうか」とペンを仕舞う。
タロットカードを一枚だけ取り出してテーブルの端に置いた。なんだろうと見れば、「結界だよ」と教えてくれる。
話を盗み聞きされないための結界を張ったらしい。
周囲からは声が届かないし、聞けないようになっていると言われて、そんなこともできるんだと千隼はへーっと声を零した。
「千隼は話を聞けたかな?」
「あ、噂ですよね」
千隼は陽平たちから聞いた噂を風吹に伝えた。人魂の色など話をすると彼は「こちらもいろいろ分かったことがあってね」と源九郎たちからの情報を教えてくれる。
子狐は三匹兄妹なのだが、末っ子の狐が夜になると山を下りていくのが目撃されていた。それだけでなく他の二匹もこそこそ隠れるようになったという。
この三匹が何かやっているのは間違いだろうということだった。山を下りて寮のほうへと行っているのが目撃されているらしい。
「寮に?」
「あぁ。寮を訪ねてきている可能性がある」
「何のためでしょう?」
「私もそこまでが分からないが……生徒に会いに来ているならば問題だ」
人間と妖怪は交流しないほうがいいと風吹は言う。人間によっては妖怪を利用しようとする場合もあるのだ。
その逆もありえることで、下手をすると妖怪たちの争いに巻き込まれかねない。
そういった邪な考えではなく、純粋な交流でも問題となる。誰かに見つかってしまい、相手が視えていた場合の行動もそうだが、人間と妖怪には決定的に違うものがある。
「違うもの?」
「寿命だよ」
友好関係を築くことができたとしても、人間は妖怪よりも短命だ。
長く傍に居ることはできない故に妖怪側が死後、魂となった人間を離さない場合もある。
本来ならば、あるべき場所へと帰るべきなのだ、魂は。自分の意思で地上に残るのを止めることはできないが、妖怪側が勝手に束縛することは許されない。
妖怪というのは人間が思う以上に嫉妬深く、一途だ。別れを理解していたとしても、束縛をしてしまうこともある。
「人間の死後を勝手に決めるようなことをしてはいけないんだ。それから人間も妖怪のことを他言してはいけない。彼らの生きる道筋を閉じることになってしまうからね」
他人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、一人が伝えてしまったらあっという間に広まってしまう。
そうなった時、どういったことが起こるのかは――そこまで言って風吹は口を閉ざした。目を細めて視線を落とす姿は思い出したようで。
風吹は何が起こったのか、それを目撃しているのかもしれない。どういった結末だったのかは、彼の表情を見れば察することができる。
「だから、私は助手を慎重に選んだんだ」
「僕でよかったんですか?」
「私は千隼でよかったと思っているよ。君は純粋であり、誠実だ。好奇心があるけれど、無茶をすることもなく、誰かを傷つけることもしない。誰にも言わないという約束も守ってくれている」
人の世に生まれ変わったとはいえ、人間を見る目というのは衰えていない。風吹は「千隼の優しい魂に穢れは感じない」と笑んだ。
「まだ付き合いは短いから全てを知ったわけではないけれどね。あと、巻き込んでしまったのは私自身だから何が起こっても自分の責任だ」
「信頼してくれているのは嬉しいですね。僕も風吹先輩と友達兼助手になれてよかったです。いろんなことを知れましたし」
妖怪や幽霊のことも、風吹自身のことも知れて、よかったと千隼は思っている。そう伝えれば、風吹が嬉しそうに表情を和らげた。
「千隼にそう言ってもらえると嬉しいね。その想いを裏切らないようにしないと。さて、この後のことなのだけれど」
「山に行く感じですか?」
「いや、子狐が寮を訪ねていると仮定して、待ち伏せをしよう」
子狐が山から下りて寮を訪ねているのならば、待ち伏せしたほうが安全だ。寮を抜け出すことができなくはないが、できれば妖力は使いたくはないと風吹は話す。
妖力というのは便利なものではなく、できることは限られているのだ。痕跡が残らない保証はないので、なるべくならば使わないほうがいいということらしい。
「でも、寮は風紀委員長が見回りしてますよ?」
「そこなんだが。私は一つの可能性を抱いているんだ」
「可能性?」
可能性とはなんだろうか。首を傾げる千隼に風吹はそっと囁くように話した。