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第15話

「本気で復帰決めたんですってねっ! おれ、応援しますよっ!」


 日曜の朝。

 予約していた美容室で受付をすませるとテンションの高い声が出迎えてきた。若い男である。髪も明るく染め上げ、柔らかそうな笑顔には少年じみた無邪気さが見え隠れする。

 一言でイケメンである。

 年齢も三十代でおれよりも年上のはずなんだが、誰が見てもこの人の方が若い。

 この人もキミさんやヌマさんと同じでおれの客であり、現役の探索者である。


「ありがとうございます、ガワさん。でも、復帰ではないですよ。もともとおれは探索者じゃないですし」


「何言ってんですか! 黒地さん、そこらの探索者よりずっとすごいですし、レベチですよレベチっ!」


 ほんとにこの人、おれより年上なんだろうか。

 言葉のセンスは若干おじさんくさい気もするがテンションが高すぎる。陽キャというか、根明というかなんというか。

 お世辞も入っているだろうが、それが嫌味にならない雰囲気がガワさんにはあった。さすがはカリスマ美容師である。


「あんまりお世辞言わないでくださいよ。知ってるでしょ? おれは一人じゃ初級のダンジョンすら生き残れないんですよ?」


「今時ソロなんて流行りませんよ。最近の有名DTUVERだってチーム組んで高難易度の深層配信でしか攻略動画撮ってないですし」


 事実である。

 最近のDTUVERの配信動画は高難易度の深層攻略配信がランキングの上位を占めている。素人目にもそうなんだから現役で有名DTUVERとしても食っている人間にとっては公然の事実なんだろう。

 それと同時に、


「あ、なら黒地さんもおれとコラボしませんっ? 黒地さんと俺たちの配信なら絶対バズると思うんですよね! ね、いい考えじゃないっすかっ?」


「いや、おれの知名度ゼロなんですけど」


 いくらなんでも恐れ多すぎる。

 流石に登録者数まで正確に覚えていないが、ガワさんはすでに数十万単位ではなかったろうか。それこそ大炎上案件である。

 まぁ、そんな有名人に髪を切ってもらえるのはおれが銀行員で担当でもあるからだ。そういう意味ではこの仕事をしていたことも無駄じゃなかったてことなのかもしれない。

 いくら出世出来なくても周囲から認められなくても


「でも、副業っていいんですか? そこらへん厳しいっすよね?」


 さりげない質問に一瞬言葉が詰まった。

 いや、質問自体はいつかくるだろうと予測していたのだ。答え方のシミュレーションさえしていた。けれど、不意のタイミングと実際に答えようとして躊躇っている自分がいたのだ。

 でも、それを自覚したならあとは言葉にするだけだ。


「ええ、まぁ、大丈夫です」



「近いうちに辞めようと思ってまして」



 はっきりと言えた。

 ガワさんは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに普段の笑顔を見せた。失敗したかもしれない。この関係性もおれが銀行員として働いているから生まれたものだ。その一番大事な要素がなくなってしまったら、それこそ切り離されるのが当然なのだ。

 だから、その前に目的を果たさなければ。


「それで、ガワさんに頼みがあるんです」


「頼みですか?」



「前に使わなくなった撮影機材があるって言ってましたよね。それ、貸してくれませんか?」




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