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第16話

「お前、どうした?」


 月曜の朝。

 普段通りに支店の裏口に立っていると副支店長と支店長がやってきた。

 挨拶の前にそんなことを言われて、こちらのほうが目が点になる。なぜか頭を指す支店長。ああ、髪を切ったのがそんなに驚いたのか。


「靴も変えたのか。いいじゃないか」


 副支店長までも集まってきて感心した表情を浮かべている。

 ただ髪を切って、靴を新調しただけなんだけれども。それだけ普段のおれはだらしなかったということだろうか。


「おはようございます!」


 大きな声。

 誰の声かはすぐにわかった。振り向いて一言。


「おはようございますっ!」


 先の声よりも遥かに大声で挨拶を返した。

 ぎょっとした顔をする次長。普段のおれからは考えられない態度だったからかもしれない。なぜか罰が悪そうに視線を逸らされた。


 気まずい空気はすぐに晴れた。


 支店のメンバーがぞろぞろやってきてあっという間に人だかりが出来たのだ。まだ午前8時前である。始業よりも一時間近く前なのに自分も含めてよくもまぁ集まるもんだと感心した。


 うん、やっぱりもう無理なんだなと自覚する。

 定年まで続くと思っていたこの光景もどこか他人事のように見ている自分がいる。他人事ってのが一番やっかいだ。辞めようなんて曖昧な気持ちじゃなくて、無意識にとっくに見限っているんだから。


 まもなく、午前8時になって電子錠が開いた。


 そこからはあっという間だ。支店長と副支店長に続いて支店長室へ。改めて挨拶をそこそこに先週の件の続きが始まった。


「結果は変わらなかった。お前を上げられなかったのは俺の責任だ」


「いえ、私の実力不足です」


 はっきりと言えた。

 むしろ、清々しい気持ちがあった。それに驚いたのは目の前にいた支店長と副支店長のほうだったかもしれない。


「ここには俺と支店長しかいない。言いたいことがあるなら言っていいぞ」


「それこそ感謝しかないですよ。支店長と副支店長がおれなんかのために動いてくれたんですから」


 本心だ。

 一行員のために雲の上の存在が動いてくれた時点でおれ自身の行いが間違ってなかったと確信できたのだから。どうでもいいことかもしれないが、一行員と支店長ではマジで雲の上と地下深くといっていいほどの差があるのだ。


 出世出来ないおれはそれがどれだけすごいことなのを十分に理解している。


 だから、それだけで十分なのだ。


「これからまたよろしくお願いします」


 これももちろん本心だ。


 けれど、それだけじゃない。

 おれはもう動き出しているのだ。

 その事実を、親身になってくれた支店長や副支店長にも言わずに進めることを決めている。



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