霞城公園ダンジョン。
名前からもわかる通り城跡がダンジョン化した地元でも有数の観光名所だ。…そもそも観光名所自体が少ないので全国的知名度は皆無だが、地元民なら誰でも知っている場所である。
十年前の生物災害と同時に出来たからダンジョンとしての年数は最も古い。それは、つまり、それだけ攻略する時間があったという事実でもある。
駅の裏手にあるなんて馬鹿みたい立地でも存在しているのはそれだけ安全性を保証されているということでもあるのだ。
「さて、これで手続きは終わりだ。お疲れ様」
「長すぎー。いくらなんでも面倒すぎでしょっ」
「えと、早めに来て正解、でしたね」
駅構内にあるダンジョン入場の受付にて手続きを行うこと小一時間。分厚い書類の束に何度もサインしてようやく解放されたのだった。
伊藤さんはもとよりシズクさんもしんどそうである。かくいうおれも辛かった。書類仕事には慣れているがただサインするだけというのは普段の業務とまるで逆の作業だったからだ。
「でも、ダンジョンに来たって実感湧きましたっ! なんだかワクワクしますねっ!」
「おお、それならよかった」
意外にテンション高いな、この娘。
清楚な見た目で元気いっぱいなのは非常に良し。彼女はヒーラー向きの性格をしているのかもしれない。
一つ気になるのは伊藤さんとシズクさんの視線だろうか。なぜか不満そうというか、変なものを見るような目で見ている。
おれがデレデレしてるのをキモいと思っているだけかもしれないが、どうにもミキさんに対して向けているような気がしないでもない。
「ていうかさ、このままダンジョンに行くんだよね?」
「ああ、そのためにあの分厚い契約書を書いたんじゃないか」
「そうなんだけどさぁ」
伊藤さんはなにやら言いたいことがあるらしい。そんな彼女をシズクさんがおろおろした表情を浮かべながらも、止めずにことの成り行きを見ているつもりのようだった。
いや、なんだろう?
髪切ったし、髭剃ったし、スーツも靴もコーティング済み。清潔感というハードルはぎりぎりクリアしているはずなのに。
「あれ、どうなんの?」
「あれ?」
「だからぁ!」
いや、だからって言われても。
言わなくてもわかるなんてのは漫画か何かの話だ。おっさんと女子高生が言葉もなくわかりあうことなんて不可能なのである。
困惑するおれがよほど気に入らなかったのか、伊藤さんは掴みかからん勢いで叫んだ。
「数百万分の装備の話はどこ言ったのっ! デバイスも知らないし、騙したんじゃないでしょうねっ!」
ああ、と納得。
そう言えばその話をまるでしてなかったんだった。