「数百万…? え、なにそれ初耳なんだけれど」
ミキさんがいの一番に反応した。
思いの外大きな声は周囲にも伝わり、異様に冷たい視線がおれに注いでいるのを感じる。まぁ、中年親父と女子高生の間で高額な金銭のやりとりを匂わせる発言が出た時点で社会的にアウトだろう。
伊藤さんですらどこか気まずそうにしているし、シズクさんに至っては完全に固まってしまった。
「で、どうなのよっ!」
開き直ったと言えばいいのか、どこかすっきりした態度で伊藤さんは迫ってくる。
さて、どうしたものか。
別におれ自身嘘は言っていない。この場で弁明、というか説明すればすむ話でもあるがそのまま伝えたとしてギクシャクするのではないだろうか。…するだろうな、という確信がある。
いや、確かに彼女たちは各々数百万単位の装備代を手にすることはできるのだ。けれど、それは彼女たちが各々数百万円を手にいれるのという意味じゃない。
そういう大人のロジックをこの場で説明するのもどうかという迷いもあった。
「うん。それは嘘じゃない。でも、どうして今その話をするんだ?」
「だって、ダンジョンに行くんだよ。私たち、はじめてなんだからさ」
「…ああ、そういうことか。申し訳ない、これはおれの落ち度だな」
頭を下げる。
考えてみれば、彼女たちにとってはこれがデビュー戦だった。だったら万全の準備を整えて挑みたかったに違いない。そのつもりで伊藤さんはキミさんへ紹介に乗ったんだろう。
確かにダンジョンへ踏み入れる手伝いは出来たが、こっちが出した条件を全て満たすことができていないのだ。誰が見たっておれの落ち度である。
「謝られたって…!」
「はい、アオイちゃんそこまで。なんだかよくわかんないけど、そんな態度じゃダメ」
「ミキっ!」
「ダメでーす。ほら、シズクもこっちきて」
「ひゃっ! え、ええと、アオイちゃん、大人しく行こー」
「ちょ、二人とも、なんで担いで…っ! やめて、やめろ、スカートなんだけど!」
「短パン履いてるから大丈夫でしょ! さ、お兄さーん、いきましょー!」
あっという間だった。
ミキさんの号令の下、シズクさんと二人がかりで伊藤さんを担ぎ上げてしまったのである。そのままの勢いで走り去ってしまった。
唖然である。
ここは、単なる受付ではなくダンジョンの管理施設なのだ。下手な役場よりもしっかりとした建物だし、結構な数の人間がいる。なんなら、おれ達と同じようにダンジョンへ挑もうとしている人間だっているのだ。
多くの視線が注がれいてるのを感じたが、
「なんだよ、面白いじゃんアイツら」
そんなもんどうでも良くなった。
こんなに面白いやつらだとは思わなかった。
おれは彼女たちの後を追って駆け出した。
我ながら年甲斐もなく、全力で。