『あのコーティングが特別なんですか? でもあれ、ヌマんとこでやったコーティングですよねっ? あれっすか、やっぱあいつ奥の手持ってんすね? くっそ地元の先輩だなんだ言っといてこれだもんなぁ。あいつやっぱ一回〆とかなきゃいけねえなぁ…!』
普段温厚なガワさんとは思えないテンションと言動である。しかも早朝。よほど興奮しているのか、おれの言葉を待つこともなく延々と早口で捲し立ててくる。知り合いの意外な繋がりを知ってしまった上に、こんな一方的に聞き役にさせられるとは。
まぁ、おれ自身が普段から聞き役に徹する仕事ではあるので堪えることは出来る。出来るが、不快でないとは言えなかった。
「あの、あれですか? お叱りの電話じゃない?」
『お叱り? なんでおれが黒地さんに怒るんですか?』
…あれだよな、ゲロのことじゃないよな?
我ながら最低な考えだと自覚しながらももう一度会話の内容を振り返る。どうやら、おれの魔力操作に感動したらしい。いや、現役のトップランカーに褒められるのはお世辞でも嬉しいがいくらなんでも興奮しすぎじゃなかろうか。
コーティングが特殊と言えば特殊ではある。ヌマさんはおれが知る中では一番の職人だし、使い心地も悪くなかった。
けれど、たかだかゴブリンやらゴブリンロードの一撃を、それも遠間の一撃を弾き返しただけなのだ。それくらいでこんなに興奮するのも変な話である。というか、これくらいDTUVERは当然のスキルとしてやってたと思うんだが。
「あー、えっと、お気に召してくれたなら良かったです?」
『いいよいいよ! これなら編集も頑張っちゃうから!』
え。
「ちょ、ガワさん待ってください! 今回のはあくまで試し撮りですから! あいつらに許可取ってないし、まだUPするつもりもないんですから! というか、削除するつもりなんですよ、それ」
だってゲロ映るし。
『え、絶対ダメでしょ。ていうか、これ絶対バズるって! マジであげないと後で絶対後悔するよ? というか、俺が後悔するよ? 俺が泣くよ?』
どんな脅しだよ。
とりあえずガワさんを宥めつつ、動画はそのまま保存する方向で話がまとまった。
いや、本当に理解できない。
確かに上層で下層のモンスターが出ること自体は珍しいことかもしれない。十年前ならいざ知らず、最近ではその手の話を聞くことはない。ただ、それでラッキーパンチを決めたからと言ってバズるほどDTUBEだって甘くないはずだ。
それよりもゲロを映してBANになる可能性だって十分にある。というか、グロい映像だって、下手すればBANになるのだから。
『あーあ、もったいないなー。でも、次のは絶対動画用に編集しますからね? いつ行くんですか?』
絶対ってなんでガワさんが決めてるんだろう。
苦笑しつつも、
「いつっていうか、また行けるのかはわからないんですよね」
現実的な回答をするしかなかった。
『? どういうことですか?』
「いやだって、彼女らがまたおれと言ってくれるかわからないじゃないですか」
ゲロ吐いたし、危険な目に合わせたし、ゲロ吐いたし、めちゃくちゃしんどかったろうし、ゲロ吐いたし。
逆の立場に立って考えれば何があっても顔を合わせたくないと思うはずだ。しかも相手は女子高生である。…おれが逮捕されない方がおかしい気がしてきた。
『ああ、そういう心配はいらないと思うよ』
「いや、流石に今回は」
『彼女たちに選択肢は少ないんだよ』
『孤児院の子達はね、生きるための選択肢が少ないんだ。進学は一握りの人間だけ、高校を出ればそれこそ社会に出なければならない。その受け皿として探索者があるけど、そこから外れればそれこそ夜の店にでも行くしかない。必死なんだよ』
だから、見捨てないでね、とガワさんは言った。
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