鏡の試練を乗り越え、新たな力を得た宗則は、白雲斎から、京の都に住む陰陽師・花山院春蘭のもとへ向かうよう指示された。
「宗則、都では、気をつけるのじゃぞ」
白雲斎は、静かにそう言うと、宗則に一枚の書状を手渡した。
「これは、春蘭に宛てた紹介状じゃ。彼女は…わしの…古い友人でな…当代きっての陰陽師じゃ…」
白雲斎は、少し間を置いて、言葉を続けた。
「…彼女は…厳しいが…優しい心の持ち主…そして…禁断の陰陽術についても…深い知識を持っている…きっと…お前を…導いてくれるじゃろう…」
白雲斎の言葉に、宗則は、春蘭への期待と、同時に、言い知れぬ不安を感じた。
「…師匠…私…春蘭様のもとで…陰陽道の奥義を…学びたいと…思います…」
宗則は、白雲斎の目をまっすぐに見つめ、力強く言った。
白雲斎は、静かに微笑んだ。
「…そうか…宗則…お前なら…きっと…立派な陰陽師になれる…」
宗則は、白雲斎に深々と頭を下げると、東の空が白み始めた山道を、京の都を目指して歩き始めた。
(京の都……花山院春蘭様……)
宗則は、都の名前と、春蘭の名を口の中で呟いた。
それは、彼にとって、未知の世界への憧れと、同時に、不安を抱かせる場所でもあった。
(…私は…春蘭様から…何を…学ぶことができるのだろうか…?)
宗則は、期待と不安が入り混じる気持ちで、山道を進んだ。
数日後、宗則は、深い森を抜ける山道に差し掛かった。
木々の間から漏れる陽光は弱々しく、辺りはひんやりとした空気に包まれていた。
木々の葉が擦れ合う音、小鳥のさえずり、そして、かすかに聞こえる獣の息遣い…。
宗則は、周囲を警戒しながら、歩みを進めた。
その時、宗則は、遠くから、人の声が聞こえてくるのに気づいた。
「…助けて…誰か…助けて…」
それは、弱々しい、女の声だった。
宗則は、声を頼りに、森の奥へと進んでいった。
しばらく歩くと、宗則は、小さな空き地に出た。
そこには、数人の村人が、怯えた様子で集まっていた。
彼らの顔色は悪く、衣服は破れ、疲れ果てている様子だった。
「どうしたのですか?」
宗則が尋ねると、村人たちは、彼を見て、安堵の表情を浮かべた。
「お侍様…助けてください! 野盗に…襲われて…」
村人たちは、口々に訴えた。
「野盗…?」
宗則は、村人たちの話を詳しく聞いてみた。
この村は、数日前から、野盗に襲われていた。
野盗たちは、夜になると村に現れ、食料や金品を奪っていくという。
「…あの…鬼熊が…!」
村長らしき老人が、震える声で言った。
「鬼熊…?」
「…ああ…鬼熊は…かつて…山賊の頭領として…恐れられていた男じゃ…!」
老人は、恐怖に顔を歪めた。
「…彼は…残忍で…冷酷な男…女子供も…容赦なく…殺す…!」
「…我々は…もう…どうしようもない…お侍様…どうか…お力をお貸しください…」
村人たちは、宗則に、縋るように懇願した。
宗則は、村人たちの様子を見て、胸が締め付けられるような思いがした。
父を救えなかった無力感、何もできない自分への苛立ち…。
そして、心の奥底では、黒い影が蠢いていた。
父を殺した者たちへの憎しみ、無力な自分への怒り…。
(…私は…必ず…皆さんを守ってみせます…!)
宗則は、震える拳を握りしめ、村人たちを見据えた。
しかし、彼の心は、葛藤していた。
(…でも…私は…まだ…あの力を…制御できない…もし…暴走してしまったら…?)
その時、宗則の背中のあざが、熱く脈打つように感じた。
同時に、彼の耳に、八咫烏の声が聞こえてきた。
「…迷うな…宗則…」
宗則は、あたりを見回したが、烏の姿はどこにも見当たらない。
「…お前の…心…が…答えを…知っている…」
その声は、まるで、宗則の心の奥底から響いてくるようだった。
宗則は、深呼吸をして、心を落ち着かせた。
「…皆さん…安心してください…私は…必ず…野盗たちを…追い払ってみせます…」
宗則は、村人たちの目を見つめ、力強く言った。
「…私は…陰陽師です…!」
(続く)