野盗に襲われた村人たちの悲痛な訴えを聞き、宗則は、自らの力と向き合い、彼らを救う決意をする。
「…どうか…お助けください…お侍様…」
村長の懇願する声が、宗則の心に重く響く。
彼は、鏡の試練で見た自らの心の闇を思い出し、怯えていた。
しかし、目の前の村人たちを見捨てて、逃げることなどできなかった。
「…私が…必ず…皆さんを守ってみせます…!」
宗則は、震える声で、そう言った。
その言葉は、彼自身への誓いでもあった。
その時、宗則の背中に、あの焼けるような感覚が走った。
同時に、耳元で、八咫烏の声が響く。
「…これが…お前の…『剣の試練』…じゃ…宗則…」
「…己の力…を…制御し…人々を…守れ…!」
宗則は、ゆっくりと息を吸い込み、心を落ち着かせた。
八咫烏の言葉が、彼に勇気を与えてくれた。
宗則は、村人たちを森から離れた安全な場所へと避難させた。
そして、一人、森の入り口へと向かった。
夕闇が迫る森は、不気味な静けさに包まれ、木々の間からは、獣の唸り声や、不気味な虫の音が聞こえてくる。
時折、枯れ葉を踏む音が、静寂を破り、宗則の緊張感を高めた。
宗則は、八咫烏の導きによって、森の中心部にある、古びた祠へとたどり着いた。
祠の周りには、邪悪な気配が漂い、宗則の背中のあざが、激しく熱を帯び始める。
まるで、この場所に、何か恐ろしいものが潜んでいることを、警告しているかのようだった。
宗則は、祠の前に立ち、深呼吸をする。
そして、両手を胸の前で合わせ、白雲斎から教わった結界の呪文を唱え始めた。
「臨兵闘者皆陣列在前…!」
しかし、彼の力は、制御することが難しく、結界は、なかなか完成しない。
焦りと不安が、宗則の心を蝕んでいく。
彼の額から、冷や汗が流れ落ち、手は震えていた。
その時、黒い羽根が、宗則の目の前に、ひらひらと舞い降りてきた。
八咫烏が、彼の前に姿を現したのだ。
「…宗則…お前の心…が…乱れておる…心を…静め…澄ませ…そして…力…を…一つに…」
八咫烏の言葉は、静かだが、力強く、宗則の心に響き渡った。
宗則は、深呼吸を繰り返し、心を無にしようと試みた。
雑念を払い、ただ、目の前の試練に集中する。
守るべきもの…それは…目の前の村人たち…そして…この戦乱の世に苦しむ…全ての人々…。
徐々に、彼の背中のあざから放たれる光は、安定し始め、白い霧も、静かに渦を巻くようになった。
宗則は、自らの力を、制御できるようになってきたことを実感した。
「…感じるのじゃ…宗則…お前の…内なる力…を…」
八咫烏は、宗則の目をじっと見つめ、言った。
「…その力…は…決して…恐れるものではない…それは…お前を…そして…人々を…守るための…力…じゃ…」
宗則は、八咫烏の言葉に、勇気づけられた。
彼は、再び、結印を結び、呪文を唱え始めた。
「臨兵闘者皆陣列在前…急急如律令…!」
今度は、彼の声に、迷いはなかった。
宗則の背中のあざは、眩い光を放ち、白い霧は、さらに濃く、森全体を覆い尽くした。
霧は、渦を巻き、やがて、巨大な光の壁へと変化していく。
それは、目に見えない壁となり、邪悪なものを寄せ付けない、強力な結界だった。
森の奥から、野盗たちが姿を現した。
彼らは、十人ほどの集団で、顔には、傷や刺青があり、残忍な雰囲気を漂わせていた。
先頭に立つのは、鬼熊と呼ばれる大男だった。
鬼熊は、顔に大きな傷があり、片目に眼帯をしていた。
彼は、巨大な鉞を肩に担ぎ、威圧感たっぷりに歩いてくる。
「…おい…あれを見ろ…!」
「…何だ…あれは…!?」
野盗たちは、結界に阻まれ、驚愕する。
彼らは、目に見えない壁に阻まれ、身動きが取れなくなっていた。
鬼熊は、怒り狂い、鉞を振り上げて結界に斬りかかった。
しかし、鉞は、結界に弾かれ、鬼熊は、よろめいた。
「…ぐぬぬ…この結界…何者だ…!?」
「…まさか…陰陽師…!? 」
鬼熊は、恐怖に慄きながら、森の奥へと姿を消した。
野盗たちは、リーダーを失い、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
宗則は、力を使い果たし、その場に倒れ込んだ。
しかし、彼の顔には、安堵の表情が浮かんでいた。
「…よくやった…宗則…」
八咫烏は、宗則に、優しく語りかけた。
「…お前は…剣の試練を…乗り越えた…」
宗則は、八咫烏の言葉に、深く頷いた。
彼は、自らの力で、村人たちを守ることができたのだ。
「…しかし…試練は…まだ…終わらぬ…宗則…」
八咫烏は、鋭い眼光で宗則を見つめ、告げた。
「…次なる試練…『火の試練』…が…お前を…待ち受けている…」
八咫烏は、そう言うと、夜空へと舞い上がり、闇の中に消えていった。
宗則は、八咫烏の言葉に、新たな不安と、同時に、期待を感じるのだった。
(続く)