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第二十九話 六角滅亡の序曲

永禄十年(1567年)秋。

近江国、朽木谷。

色づいた紅葉が山々を彩り、秋の深まりを感じさせる。


宗則は、綾瀬と共に、佐々木義重の屋敷を訪れていた。

屋敷は、山間の谷あいにひっそりと佇み、周囲を深い森に囲まれていた。


「佐々木殿、信長様は、まもなく上洛されます」


宗則は、静かに、しかし力強く言った。


「古い秩序を壊し、新しい時代を築こうとしておられる。信長様こそが、この乱世を終わらせる唯一の希望なのです!」

宗則は、熱く、力強く語りかけた。


義重は、宗則の言葉に、じっと耳を傾けていた。

彼は、信長の噂は聞いていた。

尾張の風雲児、常識破りの男、そして、稀代の英雄…。


「わしは、六角家に忠義を尽くす身。容易に寝返ることなど…」


義重は、迷いを隠せない様子で、言葉を濁した。


「佐々木殿、あなたは本当に六角家に忠義を尽くしたいと思っておられるのですか?」


宗則は、義重の目をじっと見つめた。

彼の言葉は、静かだが、鋭く、義重の心を貫くようだった。


「今の六角家には、未来はありません。義賢殿は老い、その力は衰え、家臣たちは互いに疑心暗鬼に陥っています。六角家は、すでに内部から崩壊し始めております」


「信長様は違います。彼は強い。そして、新しい!」


「信長様に従えば、近江は再び栄え、あなた様も必ず報われるでしょう」


宗則は、熱く語りかけた。

彼の言葉は、義重の心の奥底に、静かに響き渡った。


「それに、佐々木殿、あなた様は本当に今の立場に満足しておられるのですか?」


宗則は、畳に置かれた茶碗に手を伸ばし、静かに湯を注いだ。

湯気が立ち上り、白檀の香りが、部屋に広がる。


「あなたはもっと大きな器、もっと高い志を持っておられるはず」


宗則は、陰陽師としての能力を使い、義重の深層心理に働きかけた。

義重は、宗則の言葉に、心を揺さぶられた。

彼は、六角家の中で、自らの才能を活かしきれていないことに、不満を感じていたのだ。


「信長様に…お仕えすれば…わたくし…は…」


義重は、言葉を詰まらせ、自らの野心を、抑えきれずにいた。


「佐々木殿、信長様は才能ある者を求めておられます。あなた様の力を信長様にお貸しください!」


宗則は、熱く語りかけた。


義重は、しばらくの間、沈黙していた。

窓の外では、風が木々を揺らし、落ち葉が舞い散っていた。

その様子は、まるで、近江の、そして、義重自身の、運命が大きく変わろうとしていることを、暗示しているかのようだった。


「分かりました、宗則殿。わしは信長様に仕えましょう」


義重は、決意を固めたように、力強く言った。


宗則は、安堵の息を吐いた。

彼の策は、成功したのだ。


(これで、六角家を倒すための第一歩を踏み出せた)


しかし、同時に、彼は、自らの行動に、わずかな罪悪感を感じていた。


(私は本当に正しいことをしているのだろうか?)


宗則は、自問自答した。


(私は、陰陽師として、人々を救うために、この力を使うと誓った。しかし…)


宗則は、自らの手で、近江に新たな戦乱の火種を蒔いてしまったことを、悔やんでいた。


「迷うな、宗則」


宗則は、心の中で、八咫烏の声を聞いた。


「お前の選んだ道を信じよ。戦のない世を作るためには、時に犠牲も必要となる」


宗則は、深呼吸をし、心を落ち着かせた。


(私は、信長様の天下統一が、この乱世を終わらせる最善の道だと信じています)


宗則は、静かに、しかし力強く、自らの心に言い聞かせた。


数日後、宗則は、義重に、信長からの書状を手渡した。

書状には、六角家討伐の具体的な計画が記されていた。


「佐々木殿、この計画に従い、信長様にご協力ください」


宗則は、義重に、頭を下げた。


「承知いたしました、宗則殿」


義重は、書状を受け取ると、力強く言った。

彼の瞳には、新たな決意の光が宿っていた。


(続く)

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