「宗則、そなたはどう思う? 六角を討ち、上洛への道を開くには、いかようにすればよいか?」
信長は、静かに尋ねた。
その声は、静かだったが、宗則の心に、重くのしかかった。
信長は、美濃の斎藤龍興を追放し、美濃を平定した。
そして今、天下に最も近い男として、上洛を決意したのだ。
その最初の標的が、近江の六角家。
「はっ!」
宗則は、信長の鋭い視線に、緊張しながら答えた。
「六角義賢は、老獪な武将でございます。彼は、必ずや、堅固な城に籠城し、持久戦に持ち込もうとするでしょう」
「そこで、それがしは、調略を用いるべきだと考えます」
宗則は、地図を広げ、信長に、近江の地理と六角家の勢力図を説明した。
「六角家の家臣の中に、信長様に内通する者を…作るのです」
「具体的には?」
信長は、興味深そうに、宗則に問いかけた。
「六角家筆頭家老、蒲生賢秀殿に接触いたします。賢秀殿は、野心家でありながら、義賢殿からは冷遇されております。信長様のお力と、それがしの陰陽術を使えば、必ずや、彼を寝返らせることができるでしょう」
「ふむ」
信長は、宗則の言葉に、深く頷いた。
「良いだろう、宗則。その策、実行せよ」
信長は、宗則に、期待を込めた眼差しを向けた。
宗則は、信長の言葉に、身が引き締まる思いがした。
同時に、彼は、信長に仕えることへの不安と、戦という殺し合いに自らの能力を使うことへの葛藤を、改めて強く感じた。
(信長様は、本当に、この乱世を終わらせることができるのだろうか?)
(それとも、私は、ただ、彼の野望に加担しているだけなのだろうか?)
宗則は、自らの使命と、信長への期待の間で、葛藤していた。
その時、宗則は、春蘭の言葉を思い出した。
(信長様は危険な人物です。しかし…藤原家にとって必要な存在でもあります…)
そして、白雲斎の言葉を思い出した。
(宗則、お前は、わしのような過ちを繰り返してはならぬ。お前の力は人々を救うためにある。それを決して忘れてはならぬぞ!)
宗則は、深呼吸をし、心を落ち着かせた。
(私は、信長様の天下統一が、この乱世を終わらせる最善の道だと信じています。そして、そのために、私は、自らの力を、使うことを恐れてはならない!)
宗則は、決意を固めた。
「必ずや、ご期待に応えてみせます!」
宗則は、信長に、力強く答えた。
宗則の隣に控えていた綾瀬は、静かに信長を見つめていた。
彼女の表情は、相変わらず能面のように無表情だったが、その鋭い眼光は、信長の言葉の一つ一つを、逃さず捉えていた。
そして、彼女は、時折、宗則に視線を向け、彼の心の揺れ動きを察知していた。
(宗則様、あなたは、本当に、それで良いのですか?)
綾瀬は、心の中で、宗則に問いかけた。
信長は、他の家臣たちに、上洛の準備を命じた後、宗則と綾瀬に退出を許した。
宗則は、綾瀬と共に、清洲城を後にした。
そして、蒲生賢秀に接触するため、近江へと向かった。
「綾瀬、そなたは、信長様を、どう思う?」
道中、宗則は、綾瀬に尋ねた。
「信長様は、強いお方です。そして、恐ろしいお方です」
綾瀬は、静かに答えた。
「強い…そして…恐ろしい…か…」
宗則は、綾瀬の言葉に、深く頷いた。
彼は、信長に仕えることへの不安を、改めて強く感じた。
(私は、信長様の力を借りて、都を救うことができるのだろうか?)
(それとも、私は、信長様の力に飲み込まれてしまうのだろうか?)
宗則は、自らの運命に、不安を感じながら、近江へと歩みを進めた。
(続く)