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第三十一話 進軍の足場

永禄十一年(1568年)八月末。

近江国、箕作城。


信長の上洛に向けた準備が進む中、柴田勝家の軍勢は、北近江の六角氏の拠点・箕作城を攻略する命を受けた。

六角氏の支配下にあるこの城を落とすことは、信長の上洛への道を開くための重要な前進となる。


勝家は、戦の準備を進めながら、宗則に、鋭い視線を向けた。


「宗則、あの六角家を討つためには、まず近江の力を結集させねばならぬ。そのためにも、地方の豪族を取り込む必要がある。その任は、そなたに任せよう」


「はっ! 必ずや、ご期待に応えてみせます!」


宗則は、勝家の言葉に、力強く答えた。

彼は、すでに、近江の豪族たちを調略するための計画を練っていた。


「それに、宗則」


勝家は、言葉を続けた。


「この箕作城、容易に落とせるとは思えぬ。そなたの知恵を、わしに貸してくれ」


「はっ!」


宗則は、再び頭を下げた。


宗則は、地図を広げ、箕作城の地形を丹念に調べ始めた。

城は、小高い丘の上に築かれ、周囲は、深い堀と堅牢な土塁で守られていた。

攻めにくい城であることは、一目瞭然だった。


数日後、宗則は、勝家の前に、自らの策を披露した。


「勝家様、箕作城は防御が堅牢ですが、地形を生かした奇襲が可能です。特に、北西の風を利用して兵糧庫を焼くことができれば、敵は士気を大きく削がれます」


宗則は、自信に満ちた声で、そう言った。


勝家は、宗則の言葉に、興味を示した。


「なるほど。北西の風か。それは面白い。詳しく聞かせてもらおう」


宗則は、地図を指さしながら、説明した。


「風向きはこの時期、北西から南東に吹きます。風が強い日は煙が広がり、敵の視界が奪われるはずです。その隙を狙い、私たちの部隊が一気に兵糧庫を攻め、敵の本陣に混乱を引き起こします」


「うむ、良い策だ」


勝家は、宗則の策に、深く頷いた。


「しかし、敵も火攻めを警戒しておろう。容易には…」


「ご安心ください、勝家様」


宗則は、静かに微笑んだ。


「それがしは、陰陽師としての能力を使い、風を操り、敵の意表を突く所存にございます」


「ほう…そこまでできるのか…?」


勝家は、宗則の言葉に、驚きを隠せない様子だった。

彼は、陰陽道に対して、半信半疑といった様子だった。


「はい。必ずや、勝家様の期待に応えてみせます」


宗則は、力強く答えた。


「よし、宗則。お前の策を採用する。準備を整えろ!」


勝家は、力強く命じた。


その夜、宗則は、密かに自らの部屋でくノ一・綾瀬を呼び寄せた。

綾瀬は、宗則の信頼する部下であり、情報収集と隠密行動を得意としている。


「綾瀬、明日、敵城下に潜入する際の注意点だ。この時期、月の明るさが一層目立つため、なるべく影に隠れながら移動せよ。敵に気付かれぬよう、慎重に動いてほしい」


綾瀬は、静かに頭を下げた。


「かしこまりました、宗則様。今夜は月明かりが強いですが、木々の陰を巧妙に利用します」


宗則は、香の小袋を綾瀬に差し出した。


「これを持っていけ。煙を焚けば、敵の視線を逸らし、少しの間だが無防備にできるだろう」


綾瀬は、微笑んで受け取ると、軽く頷いた。


「ありがとうございます。必ず役立ててみせます」


戦いの当日、北西の風が、勢いよく吹き始めた。

宗則は、勝家に、火攻めを開始するよう進言した。


「勝家様、今が好機です! 風を操り、敵の兵糧庫を焼き払いましょう!」


「よし、動け! 宗則の策に従い、火を放て!」


勝家は、周囲の兵に、指示を飛ばした。


宗則は、陰陽師としての能力を使い、風を操り、炎を敵の兵糧庫へと導いた。

兵糧庫は、瞬く間に炎に包まれ、黒煙が、空高く舞い上がった。


「敵の兵糧庫が燃えている!」


「混乱に乗じて、攻め込むのじゃ!」


勝家は、兵士たちに、突撃を命じた。


織田軍は、鬨の声を上げ、箕作城へと攻め込んだ。

城内は、火の手と煙で、大混乱に陥っていた。


宗則は、勝家の傍らで、戦況を見守っていた。

彼の心は、戦の勝利への期待と、多くの命が失われることへの悲しみで、揺れ動いていた。


(私は、本当に、正しいことをしているのだろうか?)


その時、宗則は、心の中で、八咫烏の声を聞いた。


(迷うな、宗則。お前の選んだ道を信じよ。戦のない世を作るためには、時に犠牲も必要となる)


宗則は、深呼吸をし、心を落ち着かせた。


(私は、信長様の天下統一が、この乱世を終わらせる最善の道だと信じています)


宗則は、静かに、しかし力強く、自らの心に言い聞かせた。


「勝家様、狼煙を上げ、煙をさらに広げましょう! そして、旗印を六角家のものに変え、内部に裏切り者がいるかのように錯覚させれば、敵軍の統率は崩れるはずです!」


宗則は、冷静に、しかし、確信を持って、勝家に進言した。


「よし、動け! 旗を変え、混乱を煽れ!」


勝家は、宗則の提案を即座に採用し、周囲の兵に指示を出す。


宗則の巧妙な策と勝家の指導のもと、織田軍は一気に城内に突入した。

城を守る六角軍は混乱し、守備が薄くなった隙を突いて、織田軍は迅速に箕作城を攻略した。


戦後、勝家は宗則に向かって笑みを浮かべ、肩を叩いた。


「宗則、見事だ! お前の策がなければ、この箕作城をここまで早く落とすことはできなかっただろう」


「いえ、勝家様の的確な指揮があってこその勝利です」


宗則は、微笑みながら頭を下げた。


勝家は、満足げに頷き、すぐに次の戦いへと準備を始めた。

宗則はその姿を見つめながら、自らの知識と力が織田軍に役立っていることを実感し、次なる戦いへの意気込みを新たにした。


(続く)

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