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第三十二話 豪雨に響く勝軍の声

永禄十一年(1568年)九月。

近江国、観音寺城。

北西の風が、容赦なく吹き荒れ、冷たい雨が、容赦なく大地を打ち付けていた。

稲穂が黄金色に輝く田園風景は、灰色に染まり、戦の気配が、あたり一面に重くのしかかっていた。


信長の上洛に向けた最初の戦い。

柴田勝家の軍勢は、六角氏の拠点・観音寺城を攻略する命を受けていた。

勝家は、宗則を軍師として、共に観音寺城へと進軍する。


「宗則、観音寺城を攻略するには、いかようにすればよいか?」


勝家は、宗則に問いかけた。

彼の声は、豪雨の音にかき消されそうになりながらも、力強く、戦場を生き抜いてきた男の凄みがあった。


宗則は、地図を広げ、観音寺城の地形を指さしながら、答えた。


「それがしは、この風を利用し、豪雨を呼び起こし、奇襲攻撃を仕掛けることを提案いたします。観音寺城は、南東に面した斜面に築かれており、守りは堅固ですが、この豪雨であれば、敵の視界も動きも鈍るはず。さらに、佐々木殿にもご協力いただき、城門を開け放つことで、敵の混乱に拍車をかけましょう」


「ほう」


勝家は、宗則の言葉に、目を輝かせた。


「確かに、この風は、天の助けかもしれぬ! しかし、豪雨を呼び起こすとは…流石は、宗則。わしは、お主の知略と、陰陽師としての力に、大いに期待しておるぞ!」


「はっ! 必ずや、ご期待に応えさせていただきます!」


宗則は、深く頭を下げた。

しかし、彼の心は、穏やかではなかった。

天候を操り、雨を降らせる。それは、自然の理に反する行為であり、大きな代償を伴うかもしれない。


(本当にこれで良いのだろうか?)


宗則は、自問自答した。


その夜、宗則は、八咫烏の導きを感じ、観音寺城を見下ろす丘の上に、ひっそりと建てられた祠へと向かった。

そこは、古来より、天候を司る神々が祀られていると伝えられる場所だった。


宗則は、祠の前に立ち、夜空を見上げた。

厚い雲が空を覆い、星々は、その光を隠している。

空気は、重く、湿っており、今にも雨が降り出しそうな気配が漂っている。


(あの時、わしは、天候の力を、自らの意志で、操ることに、成功した)


宗則は、鞍馬山での「天候の試練」を思い出した。

燃え盛る炎に包まれた祭壇、激しい雷雨、そして、自らの生命力を燃やし、天候を制御した時の感覚…。


(今こそ、あの時、得た力を使う時だ!)


宗則は、深呼吸をし、心を落ち着かせた。

彼は、両手を天に向かって掲げ、目を閉じ、精神を集中する。

彼の背中のあざが、熱を帯び始め、淡い光を放つ。


(雨よ…風よ…雷よ…我が力…となれ…!)


宗則は、心の中で、強く念じた。

その時、彼の周りで、風が渦を巻き始めた。

木々の枝が、激しく揺れ、落ち葉が、舞い上がる。

黒い雲が、空を覆い尽くし、稲光が、空を裂くように走る。


そして、ついに、大粒の雨が、地面を打ち始めた。

雨は、瞬く間に激しさを増し、滝のように降り注ぐ。


「これで道は開けた」


宗則は、呟いた。

彼の声は、豪雨の音にかき消されそうになりながらも、力強く、そして、どこか寂しげだった。


翌日、夜明け前。

北西の風が、さらに勢いを増し、冷たい雨が、激しく地面を打ち付けていた。

空は、どんよりと曇り、稲光が、空を裂くように走った。


「佐々木殿、夜明けと共に、織田軍が攻めてきます。準備はよろしいでしょうか?」


綾瀬は、佐々木義重に、静かに尋ねた。

彼女は、昨夜、密かに観音寺城に潜入し、義重と会っていた。


「ああ、準備はできている。信長様との約束通り、わしは、城門を開け放つ」


義重は、決意を固めたように、力強く言った。

彼は、自らの運命を、信長に託すことを決めたのだ。


「しかし、殿、本当に信長様にお仕えするおつもりで…?」


義重の側近が、不安そうに尋ねた。


「他に道は無い」


義重は、静かに答えた。

彼の瞳には、迷いはなかった。


「六角家に未来はない。信長様こそが、近江を、そして、この国を、救う唯一の希望じゃ…」


その時、遠くから、鬨の声が聞こえてきた。

織田軍が、観音寺城に、攻め込んできたのだ。


「時は来た」


義重は、刀を抜き、城門へと向かった。


「開門せよ!」


義重の命に従い、兵士たちが、城門を開け放った。

豪雨の中、織田軍の兵士たちが、怒涛のように、城内へと流れ込んできた。


「敵が城門を開けたぞ! 突入するぞ!」


勝家は、兵士たちを鼓舞し、先頭に立って、城内へと突入した。


「隼人! お前が先陣を切れ!」


勝家は、隼人に命じた。


「はっ!」


隼人は、燃えるような闘志を胸に、城門を駆け抜けた。

彼の後を、織田軍の兵士たちが、次々と続いていく。


城内では、激しい戦いが繰り広げられた。

六角軍は、必死に抵抗するが、織田軍の勢いは、凄まじく、次第に、劣勢に追い込まれていく。


隼人は、先陣を切って、敵陣に斬り込み、鬼神の如き強さで、敵兵を薙ぎ倒していった。

彼の槍は、稲妻のように速く、敵兵たちは、次々と、彼の前に倒れていった。


「敵将、六角義賢を討ち取れ!」


勝家は、兵士たちに、命じた。


六角義賢は、本丸で、戦況を聞いて、激怒した。


「何事だ!? なぜ敵が城内に…!」


「殿! 佐々木義重が裏切り、織田軍を城内に引き入れたようでございます!」


家臣が、震える声で、報告した。


「義重が裏切りだと!? 」


義賢は、怒りで、身体が震えるのを感じた。


「あの裏切り者…が…!」


義賢は、刀を抜き、城門へと向かおうとした。


「殿! 危険です!」


家臣たちが、義賢を止めようとした。


「わしは六角の当主じゃ…!」


義賢は、家臣たちを振り払い、城門へと向かった。

しかし、すでに、城内は、織田軍に制圧されつつあった。


「もはやこれまでか…」


義賢は、諦めと共に、城を脱出し、敗走した。


戦の後、信長は、宗則を呼び出した。


「宗則、よくやってくれた。お主の策が、この勝利をもたらしたのだ」


信長は、宗則に、褒美の言葉をかけた。


「はっ! これもひとえに、信長様のお力のおかげにございます!」


宗則は、頭を下げ、信長への感謝と敬意を込めて、そう答えた。


「わしは、お主の知略と、陰陽師としての能力に、大いに期待しておるぞ」


信長は、宗則の肩を叩き、力強く言った。


「必ずやご期待に応えてみせます」


宗則は、信長の言葉に、決意を新たにした。


(続く)

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