「さて、はるは具体的にどうするつもりだったのかな?」
「えっと……仙帝の住まいは仙人島にある大きな館だって知りました。だから、そこへ突撃しようかと」
「それだけ?!」
「はい。そのつもりですけど」
「ははっ。はるは思ったよりも無鉄砲なんだね。もっと慎重な性格だと思ってたよ」
無鉄砲かぁ。そう思われても仕方ない。
それでも、私にだって言い分がある。
「流石に一人で行くつもりではなかったはずなんです。誰かと一緒に行く気だったのかなって。そうじゃなきゃ、あまりにも無謀すぎます」
「誰かとは、誰だ?」
「わかりません。でも、そんなことをやるような性格じゃないんです。それなのにこんなことを思うなんて、きっと誰かに協力を仰いでたのかと」
その誰かを、櫂なら知ってると思うんだ。
教えてくれない理由はたくさんあるだろうけど、それも仕方ないよね。
「わからないことばかりなのに、それでもやるって言うから、君を呼んだんだ。二人なら仙帝を倒すことも可能かもしれない」
「櫂さんは、それでも良いんですか?」
櫂の立場でこんなこと……普通は止めるよね。
「僕の都合を言わせてもらうなら、もう少し待って欲しいかな。万が一仙帝が倒されでもしたら、その後の処理は僕に降りかかってくるだろうから。秋の精たちが、その照れ屋な顔を覗かせる頃までは、待てそうにない?」
「秋……私は構いませんが」
そもそもいつにするなんて何にも決めてない。できるだけ早くって、妙に頭の中でちらつく焦燥感。だけど、その理由もやっぱり思い出せやしないから。
尚はどう思ってるんだろう? 仙帝に思うところがあるって、さっき櫂が言ってたよね。今すぐにでも行動したいのかな。
抑揚のない声と変わらない表情が、いったい何を考えてるかわからない尚に、ちらりと視線を投げかけるが、眉一つぴくりとも動かない様子に、その奥の感情なんて見えやしない。
「尚さんは、どう思いますか?」
私が声をかける度に、うっすら浮かぶ眉間の皺。イラついている様にも、困惑している様にも見えるそれは、尚の癖だろうか。
それとも、私何かしたっけ?
「いつでも構わぬ。其方が良いと思う時で」
話し始めればすぐに無表情に戻ってしまう、掴みどころのない人。
「それじゃあ、秋まではそれぞれ訓練に励むってことで。また時期が近づいたらこうやって話をしよう」
そう言って櫂が立ち上がれば、同時に尚も席を立つ。
「尚はしばらくはると話でもしたらどう? 一緒に行動することになるんだから、もう少し慣れてもらわないとね」
隣で立ち上がった尚を再び椅子に押し付けながら、櫂が満面の笑みを振り撒く。
何企んでるの? 怖いよ。
「い、いや。私にできるわけがないだろう」
櫂を見ながら、目を見開いた尚の姿は何かに怯えている様にも見える。
何を怖がってるんだろう? 櫂が認める程の強さなんだよね?
「これぐらい心配ない。その辺は僕の方がよく知ってるさ」
まるで幼い子どもに言い聞かせるように、尚に言葉をかけた櫂が、私の顔を見てもう一度笑顔を作り出した。
「はる。尚のこと、よろしくね」
「尚さん。大丈夫ですか?」
櫂に置いて行かれた尚は、どこか迷子の様にも見えて、心配になってしまう。
「あぁ。問題ない」
無愛想にそう答えながら、それでも私と一定の距離を開けようとする。
「今すぐに距離を縮める必要はないと思います。まだ時間もありますし。今日は解散しますか? そうだ。お近づきのしるしに、少し待っててくださいね」
急いでキッチンに向かって作り出したのはアイスミルクティー。多分紅茶だと思う茶葉と牛乳、そして私が作り出した氷。それを丁寧に淹れて尚の前に差し出した。
仙人がものを食べたり飲んだりしないことはわかってる。尚が口にしてくれなくたって仕方ない。それでも、私ができる最大限のおもてなし。
これぐらいしか、特技ないんだよね。
「これは……」
「ミルクティーです。冷たくしたので、この季節にちょうど良いと思うんです。要らなければ、私がもらいます」
「櫂に飲ませなくて良かったのか?」
「櫂さんですか? またいつでも作れますから。これは尚さんに」
「ありがたくいただく」
そう言うと尚が躊躇なく一気に飲み干した。まさか飲みきるなんて思ってもなかったから、嬉しい。
「どうですか?」
「悪く……いや、美味しい。ありがとう」
お礼を言ってくれた尚の口元の白い歯。綺麗に揃ったそれを覗かせた微笑みは、何となく見覚えがあって。頭の隅に何かが引っかかる。
「どういたしまして。他にも色々作れるんですよ。私、わりと料理得意なんです。お嫌いじゃなければ、また何か作りますね」
「た、楽しみにしてる」
そう言って再び立ち上がった尚の顔は、何故かどことなく赤らんでいて。そのまま玄関まで歩く後ろ姿を、急いで追いかけた。
「次にお会いするのは、秋頃ですか?」
外に出てバランスボールに乗った尚を見ながら、そう声をかけた。
櫂にああ言われたからって、無理して一緒に居る必要はない。仙帝を倒すことに協力してくれるだけなら、その時だけ会えばいいよね。
「櫂もよく来ているのだろう?」
「はい。毎日顔を出してくれるんです。お忙しいのに……」
「毎日?!」
尚の問いに思わず顔が赤くなる。毎日って、私まるで小さい子どもみたいだ。
「毎日とは……そうか。わ、私もまた会いに来る。秋までに其方の強さも見ておきたい」
そんなにわかりやすくショックを受けないでよ。
過保護っぷりに驚いたんだろうけど。
私の言葉に青ざめた顔をする尚に、心の中で悪態をつく。
私が寂しがってるのを知ってて、わざわざ来てくれる櫂の優しさ。
それを、そんな顔をしなくてもいいじゃない。
「それでは」
別れの挨拶も軽く、尚はその姿を上空へと浮かび上がらせた。そのまま一瞥をくれることもなくあっさりと飛んでいく姿にも、どこか覚えがあって。
姿の見えなくなった夏の青空。吹き抜ける風はこの季節には珍しくどことなく冷たくて、押し寄せるのは置いて行かれた様な寂しさ。
こんなの、尚にとっては迷惑だよね。
また、迷惑ばかりかけちゃう。
また? って、何?