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第45話 これからのこと 2

「さて、はるは具体的にどうするつもりだったのかな?」


「えっと……仙帝の住まいは仙人島にある大きな館だって知りました。だから、そこへ突撃しようかと」


「それだけ?!」


「はい。そのつもりですけど」


「ははっ。はるは思ったよりも無鉄砲なんだね。もっと慎重な性格だと思ってたよ」


 無鉄砲かぁ。そう思われても仕方ない。

 それでも、私にだって言い分がある。


「流石に一人で行くつもりではなかったはずなんです。誰かと一緒に行く気だったのかなって。そうじゃなきゃ、あまりにも無謀すぎます」


「誰かとは、誰だ?」


「わかりません。でも、そんなことをやるような性格じゃないんです。それなのにこんなことを思うなんて、きっと誰かに協力を仰いでたのかと」


 その誰かを、櫂なら知ってると思うんだ。

 教えてくれない理由はたくさんあるだろうけど、それも仕方ないよね。


「わからないことばかりなのに、それでもやるって言うから、君を呼んだんだ。二人なら仙帝を倒すことも可能かもしれない」


「櫂さんは、それでも良いんですか?」


 櫂の立場でこんなこと……普通は止めるよね。


「僕の都合を言わせてもらうなら、もう少し待って欲しいかな。万が一仙帝が倒されでもしたら、その後の処理は僕に降りかかってくるだろうから。秋の精たちが、その照れ屋な顔を覗かせる頃までは、待てそうにない?」


「秋……私は構いませんが」


 そもそもいつにするなんて何にも決めてない。できるだけ早くって、妙に頭の中でちらつく焦燥感。だけど、その理由もやっぱり思い出せやしないから。

 尚はどう思ってるんだろう? 仙帝に思うところがあるって、さっき櫂が言ってたよね。今すぐにでも行動したいのかな。

 抑揚のない声と変わらない表情が、いったい何を考えてるかわからない尚に、ちらりと視線を投げかけるが、眉一つぴくりとも動かない様子に、その奥の感情なんて見えやしない。


「尚さんは、どう思いますか?」


 私が声をかける度に、うっすら浮かぶ眉間の皺。イラついている様にも、困惑している様にも見えるそれは、尚の癖だろうか。

 それとも、私何かしたっけ?


「いつでも構わぬ。其方が良いと思う時で」


 話し始めればすぐに無表情に戻ってしまう、掴みどころのない人。


「それじゃあ、秋まではそれぞれ訓練に励むってことで。また時期が近づいたらこうやって話をしよう」


 そう言って櫂が立ち上がれば、同時に尚も席を立つ。


「尚はしばらくはると話でもしたらどう? 一緒に行動することになるんだから、もう少し慣れてもらわないとね」


 隣で立ち上がった尚を再び椅子に押し付けながら、櫂が満面の笑みを振り撒く。

 何企んでるの? 怖いよ。


「い、いや。私にできるわけがないだろう」


 櫂を見ながら、目を見開いた尚の姿は何かに怯えている様にも見える。

 何を怖がってるんだろう? 櫂が認める程の強さなんだよね?


「これぐらい心配ない。その辺は僕の方がよく知ってるさ」


 まるで幼い子どもに言い聞かせるように、尚に言葉をかけた櫂が、私の顔を見てもう一度笑顔を作り出した。


「はる。尚のこと、よろしくね」



「尚さん。大丈夫ですか?」


 櫂に置いて行かれた尚は、どこか迷子の様にも見えて、心配になってしまう。


「あぁ。問題ない」


 無愛想にそう答えながら、それでも私と一定の距離を開けようとする。


「今すぐに距離を縮める必要はないと思います。まだ時間もありますし。今日は解散しますか? そうだ。お近づきのしるしに、少し待っててくださいね」


 急いでキッチンに向かって作り出したのはアイスミルクティー。多分紅茶だと思う茶葉と牛乳、そして私が作り出した氷。それを丁寧に淹れて尚の前に差し出した。

 仙人がものを食べたり飲んだりしないことはわかってる。尚が口にしてくれなくたって仕方ない。それでも、私ができる最大限のおもてなし。

 これぐらいしか、特技ないんだよね。


「これは……」


「ミルクティーです。冷たくしたので、この季節にちょうど良いと思うんです。要らなければ、私がもらいます」


「櫂に飲ませなくて良かったのか?」


「櫂さんですか? またいつでも作れますから。これは尚さんに」


「ありがたくいただく」


 そう言うと尚が躊躇なく一気に飲み干した。まさか飲みきるなんて思ってもなかったから、嬉しい。


「どうですか?」


「悪く……いや、美味しい。ありがとう」


 お礼を言ってくれた尚の口元の白い歯。綺麗に揃ったそれを覗かせた微笑みは、何となく見覚えがあって。頭の隅に何かが引っかかる。


「どういたしまして。他にも色々作れるんですよ。私、わりと料理得意なんです。お嫌いじゃなければ、また何か作りますね」


「た、楽しみにしてる」


 そう言って再び立ち上がった尚の顔は、何故かどことなく赤らんでいて。そのまま玄関まで歩く後ろ姿を、急いで追いかけた。


「次にお会いするのは、秋頃ですか?」


 外に出てバランスボールに乗った尚を見ながら、そう声をかけた。

 櫂にああ言われたからって、無理して一緒に居る必要はない。仙帝を倒すことに協力してくれるだけなら、その時だけ会えばいいよね。


「櫂もよく来ているのだろう?」


「はい。毎日顔を出してくれるんです。お忙しいのに……」


「毎日?!」


 尚の問いに思わず顔が赤くなる。毎日って、私まるで小さい子どもみたいだ。


「毎日とは……そうか。わ、私もまた会いに来る。秋までに其方の強さも見ておきたい」


 そんなにわかりやすくショックを受けないでよ。

 過保護っぷりに驚いたんだろうけど。

 私の言葉に青ざめた顔をする尚に、心の中で悪態をつく。

 私が寂しがってるのを知ってて、わざわざ来てくれる櫂の優しさ。

 それを、そんな顔をしなくてもいいじゃない。


「それでは」


 別れの挨拶も軽く、尚はその姿を上空へと浮かび上がらせた。そのまま一瞥をくれることもなくあっさりと飛んでいく姿にも、どこか覚えがあって。

 姿の見えなくなった夏の青空。吹き抜ける風はこの季節には珍しくどことなく冷たくて、押し寄せるのは置いて行かれた様な寂しさ。

 こんなの、尚にとっては迷惑だよね。

 また、迷惑ばかりかけちゃう。

 また? って、何? 



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