突風が吹いた。
背中を押す感じで。
よろけたわたしは、それまでの葛藤は何だったんだって物申したくなるほどあっけなく目的を達成した。
あっ!――――てなって。
ギュって目を閉じて。
フッと体が軽くなって。
え?――――って思いながら、そっと目を開けたら。
淡い花柄絨毯に挟まれた骨が宇宙を漂っていた。
宇宙葬された白骨死体みたいに…………。
骨浴用の絨毯は、両脇に紐がいっぱいついてる細長い絨毯だった。
絨毯部屋に入る時みたいに、魔法で真ん中をこじ開けて頭を入れる仕様。
紐は左右に五セットずつ。
蝶々結びをした後、ルーシアが結び目に魔法をかけてくれた。
たぶん、魔法の瞬間接着剤的なヤツなんだろう。
絨毯を着た自分の白骨と見つめ合うって、不思議な気分。
うん。あの絨毯は、いろんな意味で必要だね。
剥き出しの白骨が宇宙遊泳をしているのを目の当たりにしちゃったら、それが自分のものでも…………や、自分のものだからこそ恐怖しかない。
普通にホラーでドッキリだよ。
微妙な絨毯を着ているからこそ、お子様向けお化け屋敷のなんちゃって仕掛けみたいな滑稽さがあって冷静に見てられる。
あとほら、安心感がある。
それは、永遠の漂流骨にならないための命綱ならぬ命絨毯的な意味も、もちろんある。
絨毯を着た骨が漂う宇宙の上には、オレンジの鍵が出現していた。
掛け声すらない突発事故的宇宙突入だったのに、ルーシアは咄嗟の対応をしてくれていたのだ。
さすが、ルーシア。
仕事が出来る女って感じ。うらやまかっこいい。
あの鍵と絨毯がセットで命綱の役をしてくれているのだ。
仕組みは分からないけど。
それから、乙女的な意味での安心感もあった。
だってほら、背骨とか骨盤に歪みがあったりしたら、たとえ女同士でも、見られちゃうのは恥ずかしいもん。
宇宙に落ちる前は、そこまで考えが回らなかったけれど。
こうして、大事なところが絨毯で隠された骨を見ると、今さらながらに絨毯の有用性を実感しちゃうよね。
でもって。
うんうんと頷きながら骨を見下ろすわたしは今。
完全なる幽体になっています。
ちなみに、肉と一緒に消えたセーラー服も幽服になってます。
セーラー服を着た幽霊、それがわたしだ。
いや、骨を引き上げてもらえば、また元に戻れるはずだから、幽体離脱してるってことなのかな?
だけど、たとえば、もしも、万が一。
骨が行方不明になったら、ここにいるわたしは本物の浮遊霊になるってことだよね?
……………………う、うん。
もう十分堪能したから、そろそろ引き上げてもらってもいいかなー?
てゆーか、引き上げて欲しいかなー?
ルーシアー? ルーシアさーん?
だめだ。念を送ってみたけれど、通じてない。
絨毯の端に立って下を覗き込んでいるルーシアは、宇宙を漂う骨にばっかり注目していて、幽体のわたしには気づいてないみたいだ。
真剣な顔で骨を見守っているけれど、焦っている素振りはないので、骨浴に問題はないのだろう。
でも、わたしの精神衛生上よろしくないから、そろそろ終わりにして欲しいのですがー?
ううー、どうしよう? どうやって、伝えればいいの?
とゆーか、そもそも。
わたしの幽体姿、ルーシアに見えてるの? 見えてないの?
ルーシアが、幽体のわたしをスルーしているのが、骨と鍵に集中しているからなのか、そもそも見えていないからなのかが分かんない。
近寄って、下から顔を覗き込んで、「見えてる~?」ってしてみたいけど、なんでかここから動けないんだよね?
幽体の体は、羽が生えたみたいを通り越して、わたしが羽であるみたいに滅茶苦茶軽くてふわついているんだけど、なんでかここから動けないんだよね?
もしかして。
鍵の力が、“骨”と“魂&幽体になった肉と服”がバラバラにならないように、楔的な役割をしてくれてるってことなのかな?
わたしは、わたしと骨の間でお仕事をしてくれているらしきオレンジの鍵を見下ろす。
鍵は、宇宙面の上、んー、大体一メートルくらいのところに浮いている。
わたしは、それよりもっと上。
宇宙面から、四、五メートル上くらい?
デカ絨毯上のルーシアが前を向いていれば、バッチリ目が合うくらいの高さにいるんだよね。
なのに、ルーシアが幽体のわたしをガンスルーしているのは、骨と鍵に全集中しているからじゃなくて、やっぱり見えてないからなのかな…………?
でも、見えてないのに、幽体のわたしを繋ぎとめることって、出来るの?
わたしが、ここから動けないのは、本当に鍵の力が原因なの?
それとも、単なる金縛り?
幽体なのに?
せめて。
せめて、ルーシアが、たまにでいいから、チラッとでもこっちを見てくれたら、それだけで安心できるのに。
ちゃんと幽体のわたしの状態も確認した上での骨続行なんだなって、少しは安心できるのに。
それかさ?
決行前に、骨浴中の意識はどうなるのかを聞いておけば、もう少しくらいは心穏やかでいられたのに。
これがイレギュラーじゃなくて、骨浴通常運転なんだって分かってれば。
ほんの肝試しのつもりがガチのヤツでした的な恐怖じゃなくて、アトラクション的なお化け屋敷の恐怖にランクダウンするのに。
というか。
わたしの骨は、いつまで宇宙に浸かっていればいいんだろう?
汚れを落とすためには、じっくり浸からないとダメってこと?
宇宙に浸け置きされてるってこと?
清潔さを保つためには、仕方がないってことなの?
せめて、ルーシアと会話が出来ればなぁ。
あとどれくらい?――――とか。
今どんな感じ?――――とか。
そういうの聞けるだけでも違うのにぃー!
もしかしたら、このまま天に召されてしまうのでは?――――というそこはかとない不安が少しは紛れるのにぃー!
――――という、半発狂な心の声が、いつの間にかお口から漏れ出ていたんだろうか?
「ううーん。わたくしが、話し相手になれれば良いのですけれど……」
「…………へ?」
なん、なんか、後ろから、知らない女の子の声が聞こえてきたんですが?
え? 誰? どなた?
もしかして、浮遊霊の方!?
そういえばなんだけどさ?
レイジンが、たまーに違う魂を受肉しちゃうことが、あるとかないとか言ってたような?
……………………ま、まさか!?
わたしの骨を狙って!?
この後、壮絶な受肉争いが繰り広げられちゃうの!?
清潔な方の意味でキレイになりたかっただけなのに、骨を奪われちゃうの!?
「あら? もしかして、わたくしの声が聞こえているのかしら?」
ひ、ひぃっ!?
ど、どうしよう!? 気づいたことに気づかれた!?
い、今すぐ! 今すぐ、宇宙に飛び込みたい!
宇宙の骨と同化したい!
なのに、ここから動けない!
地縛霊みたいに動けない!
だっちゅーのに!
声の主は、自由気ままな浮遊霊。
地縛ってるわたしの前に、ツィーと気軽に遠慮なく回り込んできた!
迸りかけた悲鳴は、ヒュッと喉の奥に引っ込んでいった。
だって、目の前にひょっと現れたのは――――。
ミニ地蔵様を頭に乗せた、天使のような美少女だったんだもん。
息じゃなくて悲鳴を飲んだよ。