目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第46話 揺れる瞳と乙女心

 零れ落ちてきそうに瞬く星空と。

 星雲渦巻く宇宙の狭間で。


 わたしは。


 レイジンと絨毯デートをしています。

 心臓が爆発しそうです。

 でも、爆発させている場合じゃない。

 落ち着いて、冷静に。

 こ、ここここ恋の好感度アップを頑張らねば!

 せっかく、ルーシアがうまいこと取り計らってくれたんだもん!


 ……………………そう。そうなんだよ。


 すべては、ルーシア様のお取り計らいのおかげなのです。

 シリアスとグダグダを行ったり来たりした挙句の「こちらこそ、仲間に入れてください」ペコリをルーシアは破顔して受け入れてくれて、そして、それから。

 ルーシアは、とてもいい笑顔でこう言った。


「ステラ! レイジンには、あなたが自分で伝えなさいな! エイリンのことは、今日の報告って名目で絨毯部屋に連れ込むから、その間に! ね?」


 でもって、宣言通り、事は進んだ。

 宇宙に出ていた二人は、宇宙の果てに夕日が沈むころに戻ってきた。

 染まりゆく空と染まらない宇宙を眺めながら、まずは夕ご飯。

 宇宙の彼方に夕日が沈んでいく不思議に圧倒されながら、天の魚スープを味わう。

 スープは、昨日レイジンが夕食に作ってくれたスープと似た味がした。

 デザートは、おやつに食べたバナナっぽい果物だった。

 そして、食事が終わると、ルーシアは早速行動を開始した。

 今日の報告って名目だからか、エイリンは何の疑いも持たず素直に応じた。

 それでも、去り際にギロリとわたしを睨みつけていった。

 レイジンと二人きりだからって(いや、天チュウさんたちはいるけどね)、余計なことをするなよ、の釘さしのつもりなんだろう。

 わたしは、内心で高笑いしつつ、素知らぬ顔で視線を受け流した。


 ふはははは!

 すべては、その余計なことをするためのお膳立てなのだよ!

 そして、黒幕は君が信じ切っているルーシアなのだよ!


 良からぬ気配を感じたのか、エイリンはギリリと瞳に黒い炎を滾らせたけれど、ルーシアに急かされ、悔しそうにしつつも大人しく連行されていった。

 二人が絨毯部屋に消えたのを見届けてから、わたしは大きく深呼吸。


 さあ、レイジンを誘わねば!


 ――――とドキドキしながら意気込みむわたしでした、が。

 ここで、二人を阻む新たな敵が!


 うん。なんかね?


 なんか、レイジンは天チュウさんたちに大人気みたいで、わらわらと取り囲まれて「チュウチュウ」話しかけられているんだよ。でもって、レイジンも人間語でそれに答えているんだよ。

 わたしは、迷った。躊躇った。

 邪魔をしたら悪い気がして、声をかけられなかった。

 混ぜてもらうことすらおこがましいような優しい時間が流れているんだもん、あそこ。

 これはもう、日を改めるしかないのでは?――――意気消沈のしおしおで項垂れいていたら、なんと他らならぬ天チュウさんが、わたしの味方をしてくれた!

 わたしに気づいた天チュウさんが、レイジンの腕をポンポンして気を引いてから、その手でわたしを指さして、そして、それで――――。

 あの娘の相手をしてあげなよ、とばかりにレイジンの背中をポンって叩いたのだ。

 レイジンの周りに集まっていた他の天チュウさんたちも、みんな「そうだ、そうだ、そうしななさい」って感じに、ニコニコ顔でわたしを指さして、うんうんと頷き始めて、それで、それで、それで――――――――!


 わたしは天チュウさんたちの後押しにより。

 レイジンと二人で絨毯に乗って。

 夜の宇宙でデートと洒落こむことになったのだ。


 ふ、二人きりでのお出かけなんだから、これはデートでいいんだよね? ね?

 ま、まあ、レイジンは朝できなかった骨浴話をゆっくりしようか、くらいの感覚で、デートのつもりはないのかもしれないけれど!

 でも、わたし目線では、これはもう、完全にデートだ!

 なんとしても、ラピチュリンとしてじゃなくて、女の子としてレイジンに意識してもらうんだ!


 ――――と再び意気込んだのはいいものの、意気込み過ぎて動悸が激しすぎて、会話をするどころじゃないままに、天チュウさんたちに見送られて、浜を出て。

 レイジンも夜の絨毯運転に集中しているのか、話しかけてくることもなく、会話もないままに、浜が見えないところまで来てしまいました。


 星空と宇宙とレイジンとわたしだけの世界に。


 絨毯は、この星界せかいへ連れ去られた時の小さな絨毯じゃなくて。

 二人でゆったり並んで座れるサイズの絨毯だった。

 胡坐のレイジンの隣に、横座りで並ぶわたし。

 安全のためか、レイジンの腕は、わたしの腰にそっと優しく回されている。

 もう、それだけで。

 心臓が口から何個も飛び出していきそうで、わたしはひたすらに念仏を唱えていた。


(これは、シートベルト代わり! これは、シートベルト代わり! これは、シートベルト代わり!)


 念仏詠唱を止めたら、心臓爆弾連射マシーンに成り果てそうで、絨毯がゆっくり安全飛行を止めても、とても会話どころじゃない。


 なのに。


 飛行を止めて安全になったからか、腰に回されていたレイジンの手が離れていくと、それはそれで寂しくて、今度は胸が、きゅぅうんと締め付けられて、やっぱり何にも言えなくなってしまう。

 う、うう。

 骨浴語りもしたいし、大事な報告だってあるのにぃ。

 それどころじゃない。

 う、ううううううううん!

 自分が恋愛初心者なんだってことを滅茶苦茶痛感させられてるよ!

 大事な報告は、もっと日常の延長の場でした方が良かったかもしれない。

 シチュがロマンティックすぎて、わたしが動作不良中!

 いや、このシチュは、天チュウさんが気を利かせてくれたからこそなんだけど。

 せっかくだけど、せっかくなのに!

 恋愛実力不足すぎて、活用できないっ!

 泣きたいっ!


「…………ステラ」

「…………ひゃ、ひゃいっ!?」


 あ、ああ~~~~!

 わたし目線ではデートとか言っておきながら、自分ごとでいっぱいいっぱいになってたら、レイジンの方から呼びかけてくれたのに、盛大にみっともなく声がひっくり返ったぁあああああ!

 わたしの内心はともかく、表面上は保たれていたムードが台無しっ!

 でも、レイジンは優しかった。

 優しくわたしを気遣ってくれた。


「ステラ?……………………す、すまない。俺もステラと話したいと思っていたから、天チュウたちにそそのかされるままに、こんなところまで連れてきてしまった。慣れていない夜の天の海きょむで、こんなに小さな絨毯での遠出は怖いよな。誰にも邪魔をされないところで、二人だけで話をしたくて、浜から離れすぎてしまった。…………戻ろうか」

「ふぇ!? や!? 待って!? 違うの!」

「ん?」


 浜から離れすぎたせいで、わたしが怖がっていると勘違いをして浜へ引き返そうとしたレイジンを、わたしは慌てて止めた。

 いやだ!

 戻りたくない!

 帰りたくない!

 星空と宇宙に閉ざされた世界に二人だけではぐれちゃったみたいなシチュも、レイジンと一緒なら、怖くなんてない!

 むしろ、嬉しすぎて、動作不良を起こしているんだよ!

 ――――なんて、本音を伝える勇気はなく、わたしは「スー、ハー」と深呼吸してから、必死で頭をフル回転させ、もっともらしい理由を捻りだした。


「そ、その! 実は、大事な報告があるの! それで! どうやって切り出そうかって、考えて、緊張してたから! だ、だから! ちゃんと、話したい! まだ、帰りたくない!」


 わたしは、レイジンの正面に回り込み、膝立ち状態で、セーラー服のスカートをクッと握りしめ、必死で訴える。

 必死過ぎて、夜の宇宙で二人きり状態で「まだ帰りたくない」なんてハレンチなセリフもスルッと出て来た。

 薄明かりの中なのに、驚いて目を見開いているレイジンの麗しい顔がよく見えた。

 魔法の絨毯は仄かに光ってランプの代わりもしてくれているのだ。

 真正面から、レイジンと見つめ合う。

 いつもが怜悧な美貌すぎて、ちょっと気後れしちゃうから、少し崩れた方が好きかもしれない。

 もっと、そういう顔を見せて欲しい。

 見つめ合う先で、レイジンの瞳が揺れ出した。

 動揺してる?

 もしかして、わたしの「帰りなくないの」発言に、動揺している?

 だって、大人同士の恋愛なら、これって「お持ち帰りして欲しいな?」の合図だよね?


 あれ? つまり、これって――――?


 心の奥に、希望が灯った。

 嫌悪とか拒絶とか、「やれやれ、困ったな?」的な気配は感じられない。

 この反応、は、期待したも、いいヤツ、なの、では……?

 帰りたくないアピールに必死でスルーしちゃってたレイジンのセリフが、不意に耳の奥で蘇った。


『誰にも邪魔をされないところで、二人だけで話をしたくて』


 確かに、レイジンはそう言った。

 そして、今。

 わたしの『帰りなくない』に動揺している……?


 それって。

 それって、つまり、脈ありでは?

 もしかして、有耶無耶にされてたプロポーズの返事が、今ここで?

 け、結婚は、まだ早いにしても、おつきあいくらいは、出来たりしちゃう?

 というか、シチュエーション的には、これ。

 このまま、チューの流れだったりしない?


 いや、待って?

 それは、まだ、わたしには、早すぎる。

 いずれは、そりゃ、したいけど。でも。

 今、そんなんされたら、わたし、死んじゃうっ。


 ん、んん。でも。

 でも、レイジンが望むならっ。

 わたしっ、わたし…………!


 きっと、今。

 レイジンを見つめるわたしの瞳も、最高潮に揺らいでいる。

 わたしたち、今、揺らいでいる。


 レイジンの手が、わたしの肩を優しく包んだ。

 わたしの乙女心も最高潮に高まって、今にも爆発しそう!

 ああ! キスで殺されるって、こういうことなんだ!

 レイジンの口が、ゆっくりと開いていく。

 わたしは、目を閉じて、待ち望む。


 けれど、レイジンがわたしに与えたのは、思いもよらないものだった。


「ステラ、大事な報告って……。まさか、ルーシアと結婚するのか!?」

「……………………は、はい?」


 ガッと力強く両肩を掴まれ揺さぶられ。

 本当に想像外の思いもよらないセリフが大音量で鼓膜を揺らした。


 えーと、レイジン?

 何がどうして、そういう結論を導き出しちゃったのかな!?

 高まりまくった乙女心も爆発する前に霧散しちゃったよ!?


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?