整備不良のジェットコースターに無理やり詰め込まれてグリングリンに振り回されている気分。
糖分! 糖分が欲しい!
甘いものでメンタルを癒したい!
――――という、わたしの心の叫びを感じとったのか、たまたまおやつの時間だったのか。
もふもふしたお手々が「はい」とばかりにバナナみたいな果物を差し出してきた。
もふもふの天チュウさんは、わたしがバナナっぽいのを受けとると嬉しそうににっこりした。
ちょいと癒される。
日本のスーパーで見かけるバナナよりもオレンジ色が強いけれど、形は紛れもなくバナナだった。
「ありがとう。うーん、そうね。座って、おやつにしましょう」
「…………あ、はい」
おやつの時間だったみたいだね。
わたし同様、天チュウさんからバナナっぽいものを受け取ったルーシアは、言うなり浜の草むらに腰を下ろして、バナナっぽいものの皮を剥き始めた。
わたしも、ルーシアの隣に座って、バナナっぽいものの皮を剥き始める。
皮を剥く時の感触は、まんまバナナだった。
でも、皮の中から現れたのは、バナナとは違う感じの濃いオレンジ色の果肉だった。
「んん~~~~! しみるわぁ~~」
隣から、ルーシアの感極まった声が聞こえてきた。
そ、そんなに美味しいの?
期待が高まって来た。
わたしは、小さく口の中で「いただきます」と唱え、オレンジ色の果肉をバナナのように頬張った。
……………………ん! んん! んぅううううううううう!
え? なにこれ、美味しい!
ねっとり濃厚なのに、すっごくジューシィなんですが!?
濃厚な甘さなのに、モサモサしてなくて瑞々しいからかゴックンしちゃうとねっとり濃厚な甘さもサラリと喉の奥に消えていって、お口サッパリで、すぐに次の一口が食べたくなる!
こ、これ!
見た目は濃いオレンジ色のバナナなのに、めっちゃ禁断の果実なんですが!?
これを毎日食べられるなら、わたしもう、天チュウさんたちと一緒に浜で暮らしてもいいかも…………。クラクラ……。
ああ~。大事に食べたいのに、次の一口が止められないよ~。
幸せに酔いしれていたら、先に食べ終わったルーシアから注意喚起の声が飛んできた。
「あ、それ。下の方は種だから、気をつけてね?」
「……………………!」
わたしは無言でコクコク頷きながら、半分ほど食べ進んでいた禁断の果実の皮をも少し剥いてみる。
すると、下側の方から黒っぽい塊が「こんにちは」をしてきた。
んー。下方三センチ? 四センチ? くらいのところが種になって、その上に果実がのっかっている仕様の果物のようです。
なるほど。果肉の柔らかさの割に、手で持っている下側は固い感触がすると思ったら、そういうことか。
というか、この果実の中に種が入っているんじゃなくて、種と果実の二段仕様なのってば、理想の果物すぎない?
皮も簡単に手で剥けちゃうし。
種の固さが持ち手にちょうどいいし。
究極すぎる。
酔いしれながら果実を食べ終え、種をペロペロしたい誘惑と戦っていたら、もふもふお手々がニュッと出てきて、種と皮を回収してくれた。
うん。いろんな意味でありがとう。
おかげで、乙女としての大事な何かを失わずにすんだよ。
「あら? 天の筏だわ。漁に出ていた天チュウたちが、戻って来たみたいね」
「え? 天のイカ? 漁?」
天チュウさんに感謝の合掌を捧げていたら、ルーシアが立ち上がった。
わたしも釣られて立ち上がりながら、海……じゃなくて宇宙を見る。
イカ漁に出ていた天チュウさんたちが戻って来たってこと?
……………………………………ん? なにあれ?
なんか、銀の板を水上ジェットスキーにしてる天チュウさんたちが浜に向かってきてるんだけど?
星に満ちた宇宙の上を渡ってきているんですが?
飛沫が立ったりはしないから、宇宙模様の氷の上を滑っているみたいにも見えるな?
「天の筏は、私たちにとっての絨毯みたいなものなのよ。他の
「…………へ……え?」
なんかルーシアが解説してくれた……けど。
その解説のおかげで、わたしは絶賛混乱中。
も、もしかして、天のイカじゃなくて、あの銀の板…………天の筏……なの!?
でもって、生き物!?
骨生物!? ワタリガニ……じゃなくて、渡り神!?
つまり、お地蔵さんみたいな? 昨日の水晶の龍みたいな?
そ、壮大な話……です、ね? ? ?
どのくらいスピードが出てるんだろう?
天の筏は、あっという間に浜に到着した。
筏っていうか、銀色のエイみたいな?
エイの口に銀色の紐を噛ませて手綱にしているみたいだね。
漁に出ていた天チュウさんは、全部で十人いた。
漁は上手くいったんだろう。
みんな笑顔だ。
浜に乗り上げてから、漁師天チュウさんたちは筏から下りた。
そして、エイの筏のお尻の方へ回って、いそいそと宇宙の中から何かを取り上げる。
それは、手綱に使っている銀の紐と同じ材質っぽい銀色の網だった。
網の中では、宇宙から引き上げられて蘇生というか受体した天の魚たちがいっぱい入っている。
さっきまで宇宙の中でピチピチしていた魚の骨たちが、魚になってくったりしている。
浜で待ち構えていた天チュウさんたちがワラワラと群がって、魚入りの網を受け取り洞窟へと向かう。
エイの筏はどうするのかな?――――と思って見ていたら、漁師天チュウさんは手綱を持ち手にして筏を引きずって、やっぱり洞窟へと向かって行く。
え? 生き物なんだよね? あ、扱いが雑過ぎない?
「天の筏は、頑丈で大らかだからか、割と雑に扱われているのよね。そのくせ、洞窟に持ち込んだら壁に立てかけて祈りを捧げたりもするのよ。神様として奉りつつも道具として便利に使っているの。まあ、なんというか、そういう文化なのでしょうね」
「え、ええー?」
文化の一言でざっくりまとめられた。
え? 神様じゃなかったとしても、生き物なんだよね?
いくら頑丈だからって、さすがに扱いが雑過ぎない?
エイの筏さんの大らかさに甘えすぎてない?
でもって、ルーシアもそれを自然に受け入れちゃっているんですね……。
でもって、でもって。
そのざっくりの流れで、ルーシアは何の前置きもなく大事な話の続きを始めた。
「返事は、急がないわ。でも、ここを出発するまでには、聞かせてちょうだい」
「え?」
「今の状況を理解した上で、あなた自身に選択をして欲しい」
「あ…………」
宇宙を見つめながら、ルーシアはわたしに語りかける。
猶予を与えてもらうまでもなく心はすでに決まっていたんだけれど、質問が唐突過ぎて、返事をすることが出来なかった。
どうしよう?
実は心はもう決まっていますって、言うべき?
切り出すタイミングを迷いながら隣に立つルーシアの横顔を見つめていたら、ルーシアは宇宙からわたしに向き直って、微笑んだ。
蓮の花の開花を目撃してしまったかのような衝撃を受けた。
見た目の美しさも、もちろんある。
けれど、それだけじゃない、内側から滲み出るような美しさが輝きとなって放たれたみたいな微笑み。
「ステラ。あなたには、星を想う心があるわ。そんなあなただから、
ジンとして、ジワッときた。
蓮の花から放たれた波動が、わたしの中を満たしていく。
レイジンへの想いとは別の熱が、わたしの中に生まれた。
これは、恋じゃない。
恋じゃない、けど。
恋にも近い熱が、生まれて、広がっていく。
この人の仲間になりたい。
胸を張って仲間だって言える自分でありたい。
心の底から、そう思った。
だから。
溢れて止まらないその気持ちを。
わたしは、言葉に乗せてルーシアに伝えた。