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第44話 シリアスは似合わないみたいです。

 異世界恋愛ファンタジーのヒロインに抜擢されて異星界駆け落ちを敢行したはずが、誤解と勘違いが横行して危うくポイ捨てヒロインにされちゃうかもってガチショックを受けて、でもこの恋心は本物なんだし、こうして異星界に来ちゃったからには、この恋を成就させてポイ捨てヒロインから脱却するしかないって奮い立ってかましたプロポーズは匂いハラスメントが混じっちゃったせいで不発に終わったけどでも、恋愛的にどうかはともかく異星界から来たラピチュリンとしてそれなりに好意は抱かれているっぽいし、これから頑張ればワンチャンあるって息巻いてたのに…………。




 ルーシアから、わたしの命運にも関わる質問をされたわたしは、未だに頭と心がグルグルの状態異常から抜け出せないでいた。




 だって、そうでしょ?


 命あってのものだねだもん。




 そう、そういう話。


 これは、そういうお話だって分かっているのに、そこから先へ進めない。


 思考はグルグルとほぼ確信している核心の周りを巡り廻るだけ。




 ルーシアは、グルグルのわたしから無理に答えを引きずり出そうとはしなかった。


 そして、わたしは今、ルーシアに連れられて浜にいる。


 浜を歩いている。ルーシアと一緒に。


 人はグルグルしている時、時間の感覚を失うようだ。


 自分がどのくらいグルグルしているのか、分らなくなっていた。


 状態異常になってすぐに浜に連れ出されたような気もするし、しばらく絨毯部屋でグルグルしているわたしを見かねて部屋の外へ連れていかれたような気もする。


 自分のことなのに。


 その辺がすごく曖昧なのだ。




 グルグルしているのに、頭の中は真っ白でもあった。




 答えはもう見つかっているのに。


 ちゃんと分っているのに。


 分かっているからこそ。


 それをはっきりと言葉にするのが怖くて、答えの周りをグルグルしている。


 真っ白になってグルグルしている。




 時折、ルーシアが気遣うような視線を向けて来る。


 何か話しかけられて、何かを答える。


 でも、何を言われて何と返したのか、さっぱり思い出せない。




 魂と体が乖離している感覚。


 自分の体が、自分の体じゃないみたい。


 幽体になって骨を見下ろしていた時の感覚に近い。


 魂は、確かに体の中に納まっているのに。


 自分の体を上空から見下ろしているわけじゃないのに。


 自分じゃない自分をどこか遠くから見つめているだけみたいな感じがするのだ。




 どうやら、わたしはショックを受けているようだ。




 答えは、もう知っている。


 知っているのに。


 知っていたはずなのに。


 どのタイミングだったかは覚えてない。


 でも、ポイ捨てヒロインどころか、人生までポイ捨てされちゃうかもって焦ったことが、確かにあった。


 でも、あの時はまだ。


 ラノベの主人公とかヒロインに感情移入しすぎちゃったレベルだったんだなって、今は思う。




 でも、これはガチの話なのだ。




 これは、物語の中のヒロインじゃなくて、わたしの話なのだ。


 ガチでわたしは、今……いや、これから。


 わたしは、わたしという存在をポイ捨てされちゃうかもしれないのだ。




 グルグルしていた間にも、本当は分かっていた答えから滲み出ていた恐怖が、ゆっくりとわたしに浸透して、今はすっかり全身に染み渡っている。


 血液を全部抜かれて、代わりに恐怖を詰め込まれてしまったみたいな感じ。


 冷たくなった指先を、そっと握りしめられた。


 温もりが、じんわりと広がっていく。




「ごめんなさい、ステラ。あなたが一般人だってことを忘れて、星導師の仲間と話しているつもりでいた私の落ち度ね。急ぎ過ぎた。焦っていたのね。私も、まだまだだわ……」




 温もりのせいか、今までスルスルと流れ通り過ぎていくだけだったルーシアの言葉が、ちゃんと意味を伴って、わたしの中に入って来た。




「察しのいいあなたのことだから、私が余計なことをしなくても、いずれ辿り着いたのだとは思うわ。でも、ここにいる内に、あなたが今置かれている立場を正しく認識しておいてほしかったの。その上で、これからどうするのかを決めたかった。星導せいどう教会の思惑は置いておいて、あなたがどうしたいのかを聞きたかった。だって、これは、この星の問題であり、星導教会の問題であると同時に、あなたの問題でもあるのだから」




 指先に、キュッと力が込められた。


 同時に、冷え切っていたわたしの心に火が灯る。


 心に熱を呼んだのは、指先から伝わる温もりじゃなかった。


 静かに語るルーシアの言葉に込められた熱が、わたしの心に届いたのだ。




「…………星王せいおう星府せいふも、星導教会内部にまでは、おいそれと手を出せない。だから、あなたを取り込んで囲ってしまった方が、私たちとしてもあなたを守りやすい。一般人として暮らすよりも、安全性を確保できるわ」




 …………ああ。そうか。


 星導教会への勧誘は、利用するためじゃなくて、守るため、か。


 そっちの理由は、思いつかなかったな。


 何でだろ?


 ……………………ああ、そうか。


 余命宣告されそうな雰囲気で話が始まったから。


 てっきり、良くない話なんだと思って。


 それで、わたし…………。




「レイジンに結婚を申し込んだってことは、星導師せいどうしの身内になる気があるってことなんだから、星導教会に引き込んでも良いだろうなんて、おじい様は簡単に言うけれど、そういう事じゃなくて、私は、ちゃんとあなたと……」


「………………え? ふぁ!? ふぁ――――――――!?」


「……って、え? ど、どうしたの? ステラ?」




 話の途中で突然叫んだわたしに、ルーシアは慌てふためいた。


 でも、わたしの方が慌てふためいている!


 ちょ!? 今、なんて!?


 なんて言った!?


 え!?


 わたしの匂いハラスメント付き後悔プロポーズが星導教会のみなさんに公開されちゃってるってこと!?


 失われていた血流がグワッと一気に押し寄せてきて全身を巡り廻っちゃってるよ!?


 熟しすぎた果実になっているわたしを見て、ルーシアは何かを察してくれたようだ。




「…………あ! ああ! いえ、待って、違うの! そのことは、おじい様……てゆーか、星導せいどう会長にしか、話してないから! 星導会長は、レイジンを星導教会に勧誘した人で、レイジンの後見人でもあるの! だから! ほら! レイジンはモテるけれど、結婚を申し込まれたのはさすがに初めてだし! 大事な話だから伝えとかなきゃって! ほら! 知らなくて、お見合いの話とかを進められちゃったら、あなただって困るじゃない!?」


「…………あ……にゃ………う……?」




 ヤ、ヤバいヤバいヤバい!


 情報過多すぎて処理が追い付かない!


 いや、後悔プロポーズが星導教会全体公開じゃなかったことは、よかったんだけど!


 え? ルーシアのおじいちゃんが星導会長? 星導教会の一番偉い人ってこと?


 てゆーか、星導会長って!


 なんか響きが生徒会長みたいで、星王せいおう様にも物申せる人には思えないんですけど!?


 いや、親近感は持てますけどね!?


 でもって、でもって、でもって――――!




 ルーシアのおじいちゃんがレイジンを星導教会にスカウトしたの?


 星導教会の一番偉い人がスカウトして後見人にまでなってるってこと?




 え? え? え? え? え?




 ああーん! 頭の中が飽和状態!


 でも、とりあえず!


 レイジンのお見合い話は握りつぶしておいてください!


 それだけは本当に、土下座でお願いします!

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