「悪いわね、付き合わせて」
「ううん! 本庁なんて久々だから緊張するよ!」
義理子さんと連絡を取った後、洋の両親と会う約束を取り付けた。義理子さんを通じてのやり取りだったけど、相手は会うつもりはないの一点張りで、なんとか会って欲しいと説得に時間を費やした。
仮にも自分の娘が他人に世話になってるんだから、何か一言よこしなさいっての。
育児放棄するんだから、そういうマナーも頭からこぼれ落ちてんのかしらね。
で、その
晴太を連れて来た理由は2つ。
相手の親から洋は連れて来ないのを条件に提示された。もう意味がわからないわ。娘に会いたくないなんてどうかしてる。
そしてもう1つ。本当は守を連れてこようと思っていたけど、「さすがにお前と2人はまずいだろ」と、洋の事をチラチラチラチラ見ながら言うもんだからやめた。
付き合ってないとか、好きじゃないとか言うくせに行動が真逆なのは何なのかしら。
無自覚に溺愛してるって事? それとも自覚があるけど恋してる自分が恥ずかしいとか?
で、消去法で晴太。まさか本人に理由は言っていないけどね。晴太は神霊庁にいる歴は1番長いし、変に事を荒立てたりしないから無難って言えば無難なのよね。
久しぶりの都会を歩くと自分は田舎者なんだと思い知らされる。晴太が人を交わせず、謝りながら歩く姿は田舎丸出しで恥ずかしい。1人で来るべきだったと後悔してきたわ……。
本庁の目の前まで来ると突然、ちょっと待ってと足止めして来た。
息を切らして汗だくの晴太は顔を真っ赤にして困り顔。どうしたのと聞くと、焦った口調で話し出す。
「なんかお菓子とか持っていくべきかな? いつも洋にお世話になってますって」
「お世話になってないでしょ。私がたちお世話してんのよ。話には行くけど、仲良くなりに行こうって魂胆じゃいないわよ?」
「でもさ、お父さんとお母さんだよ? これから末永いお付き合いがあるかもしれないじゃないか。だったら今から仲良くなってた方がいいし……」
「ちょっと待って。晴太、なんのつもりで行く気?」
なんだか検討違いな理由で東京に来てる気がする。よく見たらスーツもいつもより良いのを着ているし、ネクタイなんて新品よ。髪の毛も気合い入りすぎてワックステカテカだし。
私の質問にはさらに顔を真っ赤にして、挙動不審に答えた。
「え……あ……そりゃあ……ね? お父さんとお母さんなんだし……つ、つ、付き合ってもいいですかぁ……って……あわよくば、その……けっ、けっ――恥ずかしくて言えないよねぇ! 洋さんをくださいなんてさぁ!」
「守にチクろ」
「え!? ねぇ!! 守に言うのは違くない!? 何度も言うけど、守は洋のこと幼馴染としてしか見てないんだからね!? 僕は洋のことを女の子として見てて……」
ベラベラ話されても全く頭に入ってこない。
晴太のことは相手にしない。
神霊本庁と掘られた銘石版を横を横目に見ながら、本庁の何相応しい大きな鳥居を潜った。
◇
本庁の社務所は黒が貴重の和モダンな作りの2階建て。受付に「沖田聡と沖田葵」という職員と約束があると伝えると、すぐ応接室へと案内された。
すでに洋の両親と見られる男女が2人着座していて、2人で会話をしていた様子も見られない。
黒いスーツを着た男女は葬儀場のスタッフのような出立ちで、いかにも真面目そうな見た目をしている。
洋とは全く似ていない。父親はいかにも神霊庁の堅物って感じのメガネで、瞳の奥には威圧感がある。
母親は東京の華やかさとは掛け離れたボサボサの黒髪の毛を一つに束ね、地味な見た目をしている。
申し訳ないけど、どうしたらこの2人からあの美人が産まれるのか不思議。
軽い自己紹介や挨拶を済ませ、私達も着座する。自分から会いたいと切り出しておきながら、どう話を切り出すべきか迷ってしまう。
ここは勢いが大事だと、思うまま訪ねていくことにする。
「洋とは、もう会わないんですか?」
洋はメッセージでの連絡なら返ってくると言っていた。けれど何故家に帰ってこないのかわからないと、興味がなさそうなフリをしていた。
けれどあの夜、唐揚げを求められた時に悟ったの。あの子は地震と同時に居なくなってしまった親をずっと待っているんだって。
もし、帰る予定があるなら洋はきっと喜ぶはず。気持ちが癒されるはずなの。
2人は顔を見合わせ、父親が母親に「お願いします」と夫婦とは思えないような他人行儀の振る舞いをする。
「二度と会うことは、ありません」
そして母親の葵さんは気まずそうにしながら、俯いて答えた。
「あの……失礼ですが、何も聞いていないのでしょうか?」
今度は私達に質問され、何も聞いていないと返した。
そして2人はまた顔を見合わせ、どうしますかと相談し始める。今度は父親の聡さんが口を開く。
「私達は洋の実親ではありません」
衝撃だ。
最初の容姿への違和感は、親子とみれるような面影がなかったから?
この2人から洋が産まれてくるとは思えなかったけど、そもそも産んでないのなら似るはずがない。
でも――実親じゃないって、あんまりじゃないかしら。
まだ会って間もないのに、もう涙が出そうになる。両手で口を覆って誤魔化すけど、ショックだ。