目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

14勝手目 土方守の決意(1)


 沖田の親に会いにいくと言っていたが、結果どうなったのかさっぱりわからん。

 晴太と祈からの連絡は報告とも呼べない、語彙力のかけらもない一文のみだった。


 祈からは「無理」、晴太からは「しんどい」のみ。何を話したか伝えるからと言っていたのに、これだけで何をどう汲み取れと。晴太は変な気合いを入れて出掛けて行ったからますますわからん。


 当の沖田は体調が良いと日中はフラフラ遊び歩いていたようで、散財したから迎えに来いと連絡が入った。いつも通り、特にメンタルの不調も見られる事はなかった。

 あれだけの怪我や耐え難い出来事を経験しても、沖田らしくいられるのは才能だろう。


 泣けないから無理をしている節もあるとは思う。アイツと長く居るからわかるが、自分が辛くならないように上手く俺を使ってるんだ。

 最近は祈が家にいるから回数が減ったものの、どうでもいいようなことで大騒ぎしては俺を呼ぶ。


 今日だって新撰組のキーホルダーのカプセルトイで沖田だけが出ない、けれど金がないと騒いでまた財布にされた。全く、いくら使わせられたんだ。


 今宵も翻訳のアルバイトのために机に向かう。沖田が神霊庁の職員になってもなんだかんだと財布されるのだから、金はあった方がいい。


 被ったからと渡された土方歳三のキーホルダーを見ると頬が緩んだ。金は減ったが、今日は呪いにかかる前の沖田と過ごせた気がしたんだ。

 我儘でもいい。呪いに悩まず生きてくれたらいいのにと、益々呪いを解く方法を諦められないでいる。

 これが祈のいう同情ならば、それでもいい。


 翻訳をキリのいいところまで終わらせたら、呪いを解く手がかりを探そう。ブルーライトカットのメガネをかけて集中し直す。


 すると1階から母が「守、洋ちゃん来たよ」と声をかけてくる。こんな時間に何しに来たんだ。


 祈が家にいるようになってからは土方家に来る事がなかったので、母親は「アイス食べる? それともジュース?」と明るい声で歓迎していた。 

 沖田はレモン味のアイスを咥え、ノックもせずに部屋に入ってくる。蛍光色の黄色ジャージが目に刺さる。どこで売ってんだよ、そのジャージ。


「何してんの? アイス食う?」

「翻訳。いらん」

「いつ終わる?」

「急いでないから終わらせても構わんが」

「終わるまで待ってる」


 アイスを食べ終えるとベッドにダイブし、終わったら起こしてと言って寝息を立てる。

 朝にきっちり整えたベッドは一瞬で乱れ、部屋が汚された気分になる。

 キリのいいところまで仕事を進めて終わらせて、沖田を起こした。


 しかし、目は覚ますものの体は起こそうとしない。そして掛け布団を剥ぐと、ベッドを2度叩いて俺を見つめるのだ。


「な、なんだ。何しろって?」

「隣。寝て」


 突然何を言い出すかと思ったら。成人超えた男女が同じ布団は不味いんじゃないか。幼馴染と言えど限度がある。別にやましい事がどうとかじゃないが、どうとかあるかもしれない。

 変な気を起こしたらとか、まさか俺がそんなのあるわけない。あるわけないんだ。理性はあるが本能は知らん。手に変な汗かいてきた。


 沖田は単純だが、時々何を考えているかわからない時がある。今がそれ、それだ。何だ。何のために隣に寝ろって言ってんだ。試されてんのか? 揶揄われてんのか?


 冷静に考えた結果、さすがに並んで寝るのは良くないとベッドに腰をかけた。

 しかし、沖田に腕を強く引かれると体制を崩して結局並んで寝る形になってしまう。

 大人になってから同じ布団で並んで寝るなんて初めてだ。


「祈が秋田に帰るんだって」

「短期職員だから契約期間が終わったのか」

「そ。メイクアップなんとかになりたいんだってさ。だからここ数日中に家を出るって」

「そうか。寂しくなるんじゃないか?」


 沖田の事だ。別に、と言うに決まっている。


「うん。寂しい」


 珍しいこともある。あの沖田が素直に認めるなんて。沖田は右腕で目元を隠しながら、声を詰まらせていた。


「今日は1人で寝たいって言われたから、土方の家こっちに来た。嫌なら帰る」


 泣けば地震を起こしてしまう。けれど寂しい気持ちは抑えられない。相変わらず両親も帰ってこないのならば、沖田の心細さは倍増するだろう。

 我儘や傲慢な態度で虚勢を張っても、今回は耐えれそうにないのだ。

 だから俺に隣に寝ろと言って、少しでも気を紛らわしたいに違いない。


 沖田の方に体を向けて、表情を確認する。

 幼少期に鍵を忘れて家に入れず、親とも連絡が取れないと膝を抱えて玄関先で震えていたあの頃と同じ顔だ。

 母親に沖田が泣きそうだから家に連れて来たと言って、そのまま夕飯を食べたっけ。


 昔の何でもない日常を思い出したからなのか、たまらず沖田を抱き寄せていた。

 俺はきっと、どうかしているんだ。


「ハグにはリラックス効果があるって言うからな。別に他意はないぞ」


 突き飛ばされたらそれでいい。けれど沖田は少し体を寄せるだけで、いつものように文句は垂れない。


「ありがとう」


 小さな声で、ほぼ初めて改まったお礼を言われた。たったそれだけなのに、沖田の変化に心臓がドクンと大きく鳴る。

 祈に叩き込まれたコミュニケーションの取り方は、一般的には当たり前の事ばかり。


 沖田は寝つきが早いので、鼻をぴぃぴぃ鳴らしながら寝息を立て始めた。俺はやけに体が熱くなって、何故かじっとしていられない。

 祈と過ごすようになってから見せられる沖田の仕草や表情に、調子を狂わされている。


 祈のスパルタ教育には脱帽だ。



 翌朝、まだ眠っている沖田を自室に寝かせたまま自宅を出る。

 7月を目前にした夏の日差しが眩しくて仕方がない。手で陽よけを作り、目元に影を作らなければ白に反射する光が目に刺さる。

 視界がままならない夏は起きているだけで苛立つ。


「随分険しい顔してるわね」


 聞き覚えのある声を掛けられると、ゴミ出しに行こうとする祈が挨拶をして来た。いつもより顔が浮腫んでいるのは、昨日の一件が原因だろうか。


「起きたら洋がいなかったんだけど、そっちにいる? ちゃんと寝れたのかしら」


 昨晩の事を思い出す。沖田と寝たなんて言ったら何を言われるやら。

 朝まで沖田を抱き寄せて寝ていたせいで、両親にも「まだ孫は早いんじゃないか」とかふざけた事を言われてコーヒーを吹いて来た。

 そういう関係でないと否定しても、今回ばかりはなんの説得力もない。


「ああ。まだ寝てるがな」


 変に答えず、シンプルに返す。日差しが眩しいと顔を逸らして誤魔化せば完璧だ。

 祈は小さく「そう」と言うと、持っていたゴミ袋を足元に置いてかしこまった。


「急だけど、明日秋田に帰ることにしたわ。短い間だったけど、色々お世話になりました」


 深々と丁寧なお辞儀までつけられる。昨日の事を聞きたいが、ここまでされては問い掛けるのは酷か。

 敢えてそこに触れて来ないのも、祈としてはもう終わりにしたいということの意思表示に感じる。察するに、非常に良くない対談だったに違いない。


 しかし、俺はこれからも沖田の隣にいるつもりでいる。昨日の事を知らなかったでは大事になるかもしれない。


「そう言ってくれる前に、昨日の事を話してからご帰省願おうか」


 腕時計を見ると、どうせバスには間に合わない。俺は大学をパスし、晴太にも連絡を取って3人で話す事にした。


 晴太の契約している近くのウィークリーマンションへ祈と共に足を運び、同じく顔の浮腫んだ晴太と顔を合わせた。

 室内には備え付けの必要最低限の家具家電と敷布団ががあるだけ。趣味のない晴太らしい部屋だ。

 晴太は平置きされたダンボールの中からペットボトルの焙じ茶を取り出して、もてなしてくれる。


「祈、寝れた?」


 晴太は鼻をぐずぐず鳴らしながら問いかけた。


「少し、ね……」

「僕は眠れなかったや」

「……」


 本題に入れない、悲しみに満ちた重苦しい空気が漂う。

 が、それでも話し始めるのはやはり晴太で、聞いてよと俺に体を向けた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?