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14勝手目 土方守の決意(2)

「守はさ、洋のお父さんとお母さんが……本当の親じゃないって知ってた?」

「……知らん」


 初手から心臓を貫くような真実を聞かされる。が、それは一般的な話。俺はいつからか、そうであってもおかしくないなと思っていた。

 容姿も似ていないし、洋に対してあまりにも無頓着な所を知っているから、寧ろ血の繋がりがなくてよかったと思っているくらいだ。


 晴太と祈は聡さんと葵さんが話した事を、互いに間違いがないか確認しながら全て教えてくれた。聞いているだけでイライラする。


 特に葵さんが同性として嫌悪している点については、理解が出来ない。 

 沖田が体を武器にするかもしれないと思うと気持ち悪いというのなら、その考えが気持ち悪いと顔を見て言ってやりたい。


 神霊庁という、日本人の心に染みついた神や仏に対する信仰心に漬け込んだきな臭い組織に嫌悪感も増した。晴太や沖田が所属している手前悪いのだが、20年も前の話だと言われても、あの2人を育ての親として選んだのは人選ミスが過ぎる。


 もしくは、情がない人間を敢えて選んだのかもしれない。だとしてもそれは沖田の未来を潰す選択だ。


「僕、親って無条件で愛してくれる存在だと思ってたんだ……」

「私も……いろんな人がいるけど、うちは過保護だから……仕事だとしてもこんなに非情な"親"がいるんだって苦しくなったわ」

「少しでも洋を好きな素振りを見せてくれたらよかったのにね。なんか、わざとそうしてるのかなって思うくらい嫌な人達だったや」


 2人は昨日の事を思い出しながら、自分のことのように泣き始めた。晴太に至っては感情が昂り過ぎて青森弁が混じる。


「1人にすればまいねって思ったんだ。こぃ洋がおべだっきゃどうなるの? 親がいねって悲すみが付ぎ纏うの? そったの呪いど同ずだよ。あったらにけっぱってらばって、酷ぇじゃ!」

「何、言ってるか、わかんないわよ」


 可哀想だとわんわんと声を上げ、2人の涙は止まらない。

 俺が行かなくてよかったのかもしれない。泣く事はないだろうが、元々沖田の親の事は好きではなかった。

 この話を直接聞いていたら、胸糞が悪くて途中で帰ってしまうと思う。


 祈はハンカチで丁寧に涙を拭いて一息ついた。


「余計な事したのよね。洋の両親が帰って来てくれれば、あの子の心が癒されるんだと思ってた。だから義理子さんに掛け合ったの……でも……私が余計な事をしたから、最悪の結果になっちゃったわ……」


 俺としては親が沖田をどう思おうが、問題はこの事を本人にどう伝えるかが重要だと考えている。

 地震後の聡さんの様子や一度も家に帰って来ないということは、半ば沖田を見捨てたのだと諦めていたが――それを他人によって証明された、それだけだ。


「遅かれ早かれわかった事だ。気に病む必要はない――が」


 晴太を横目で見る。


「洋にどう伝えるか、だよね」


 この事実を知ってしまった以上、話さない訳にはいかない。何かあった時に実は俺達は知っていたという事がわかれば、二重に傷つける事になる。

 それだけは避けたい。晴太の目を見るに、きっとその事も念頭において悩んだ末に流した涙もあるのだろう。


「ごめん」


 しかし、祈は違った。急ぐように立ち上がり、俯いたまま暗い顔をする。


「自分から行動しておいてなんだけど……私はここで失礼するわ。禁忌も、洋のことも……気持ちが耐えられないの」


 明日、秋田へ帰る事を再び告げると足早に部屋を出て行った。今すぐにでもこの場を立ち去りたいという気持ちは、勢いよく閉まる玄関ドアが目を瞑りたくなるような音を立てた事で強調される。


「なんか……ずるいや」


 晴太は鍵を閉めに立ち上がる。


「アレが普通だ。祈は沖田と会って日が浅いから尚更だろう」

「わかるけどさ……言うだけ言って、後は知らないなんて……洋が大事なフリしてるようにしか見えなくなっちゃうよ」


 呪いや親のこともそうだが、禁忌を犯している人間なんてまずいない。その特異な存在と関わるのはリスクが伴う。

 祈は立ち向かおうとしたが、その重さに耐えられなかった。例えそれを知ったとて、沖田は祈を責めないだろう。アイツは我儘だが、人を傷付けるような事は言わない。


 祈が本気で向き合ったから、沖田に「寂しい」とまで言わせたんだ。祈は充分使命を全うしたと言えるだろう。


 そう晴太に伝えると、そうかなぁと腑に落ちない様子だった。


「話変わるんだけどさ。家が無くなる話」


 祈を悪く言っても仕方ないと思ったのか、気分転換するかのように声を少し明るくさせた。

 沖田家が売りに出されるのは心細いものがある。だが、住み続けるにしても沖田があの家の支払いやらを出来る様子もないし、なんせ1人じゃ広過ぎる。


「帰って親に話してみるさ。うちは半分、アイツの家みたいなもんだしな」


 一人暮らしを始めるには心配なところもあるので、俺の家に来てもらった方がいいと思っていた。

 しかし、晴太は真面目な顔で俺を見る。その表情はどこか俺を敵として見ているような顔だった。


「いや……あのさ、僕と一緒に住もうって言っちゃだめかな。青森に帰るつもりないし、日中も一緒にいる事が多いからさ。守の学校生活にも支障出ないと思うから、いいかなぁって」


 晴太は大真面目だ。2人で住めるようなアパートを既に探しており、プリントアウトされた物件情報を俺に手渡してくれた。ファミリー用やカップル用などの文字が目立つ。


 体内に液体が漏れ出すように、モヤっとした何かが不快感を呼んだ。

 晴太のいうことは最もだし、親を頼る大学生なんかより安定した稼ぎがある社会人といた方がいいと思うのはど正論過ぎる。


「別にいいんじゃないか」


 自分でもハッとするほど、嫌味の含んだ棘のある言い方をしてしまった。気を悪くさせただろうか。それならなそれでいいと思ってしまう。


「君って本当に素直じゃないよね! 嫌なら嫌って言えばいいのにさ! 僕も意地悪し過ぎたけど!」

「晴太の言うことが正しいと思ったから答えたんだろう」

「あー! もう!」


 空のペットボトルを握り潰すと、目をきつく瞑ってどうしようもないと声を張る。そして俺の両肩を揺さぶるのだ。


「僕はね、洋が好きだよ! 出来れば結婚したいなって思ってる! でも守の事も大事だと思ってるんだよ! だから3人で住めばいいだろう! 僕は片方だけなんて選べない、小心者だからね!」

「結婚は早いだろ!」

「だって好きなんだもん!」


 晴太は純粋で真っ直ぐだ。祈も言っていたが、さすがの沖田もここまでストレートに好意を伝えられたら揺らぐと思う。


 その度に焦る……というか、人生が変わってしまうような怖さを感じるのだ。

 今だってそう。親の大事をなんとか出来るのは自分だと思っていたのに、その立場が無くなると思ってしまっている。


「守が僕らのこと、家族みたいなもんだって言ったんだから……君の言霊だよ、言霊!」


 自分の気持ちは知りたくない。だけど晴太ひとりに沖田を任せたくもない。感情的だとわかりつつ、確かに揺るがない決意が出来た。唐突だが、この決断は変わらないだろう。


「学生でいるうちは世話になろうとは思わん」

「なら僕と洋が一緒に住んじゃうよ? 祈も居ないし、いいの?」


 良いわけがないだろ。

 沖田の我儘を24時間365日いつでも対応出来る人間なんて俺くらいだ。

 俺は沖田を女性として好いているわけじゃないが、晴太のピンク色の感情は下心も兼ねている。そんな奴に沖田の事を任せられるか?

 親みたいだとか、兄みたいだとか散々言われて来たが、俺と沖田はどれでもない。


 物件の書いた紙から、カップルと書かれたものだけ選びとって縦に引き裂いた。

 なんとなく自分の気持ちに気づいてはいるが、俺はそれを見て見ぬ振りをする。

 ただ、晴太が挑発的だから乗ってしまってるだけ。


「大学を辞めて、神霊庁に入る」

「なっ」


 晴太の叫び声が隣近所数件まで響いた。



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