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15勝手目 神霊本庁の特別経理部(1)



「じゃあ、行くね」


 祈は朝早くに沖田の家を出て行った。キャリーケースと旅行用の鞄をいくか持ち、持ちきれないものは宅急便で送ってと置き土産を残して行く。


「寂しくなるね。お父さんとお母さんにもよろしく伝えてよ。仕事でお世話になるかもしれないし」

「あ――ええ、わかった。パパに伝えておくね」


 最後の最後に歯切れの悪い言い方する。恐らく母親がいないのだろうが、それを確認すれば祈はさらに精神が持たなくなるだろう。


 祈は沖田を切なそうに見つめ、持っていた鞄を全て降ろして力一杯抱きしめた。


「洋、ちゃんとご飯食べてね。私が居なくなるからって、お行儀悪くしちゃダメよ。あと、朝はちゃんと顔を洗って――」

「わかってるっての。アタシのこと何歳だと思ってんだよ」

「手のかかる21歳よ」


 沖田はウザと小さく言うが、祈は肩に顔を埋めて暫く離れようとしなかった。

 新幹線の時間を気にした晴太が時刻を伝えると、再度鞄を持ち直して笑顔をつくる。


「いろいろありがと! 元気でね!」


 沖田家から、手を振る姿が見えなくなるまで見守っていた。沖田は何を思っているのか、欠伸をしたりしながら惰性で手を振っているように見える。

 寂しいと言ってたくせに、コイツはやはり人に興味がないのか?


「さて、僕は個人の仕事があるから行くね」

「ああ」


 また3人の日常が戻る。晴太は昨日2人で話したことを実現するのかしないのかと、目配せしてきているようだった。

 俺も大学へ行くと返せば、晴太はほっとした様子で仕事へ出掛けて行く。

 本当は大学へ行くつもりはない。このまま八幡宮を目指し、義理子さんに神霊庁入りを交渉しに行くつもりだ。


 そして沖田は家に戻るのかと思いきや、腰には中学生の頃から使っている黄色のウエストポーチを付けている。基本的にコインケースと携帯くらいしか持ち歩かないが、このバッグを越しにしている時は遠出する時だ。


「どこか行くのか?」

「東京」

「は!? 何しにいくんだよ」

「うるさいなぁ。別に何だっていいだろ。早く学校行けよ」


 何時になくぶっきらぼうだ。そして、早歩き。バスの時刻表も見れない。バスの乗り方も手こずり、降りるのも手こずる。

 仙台駅へ着いても、バスプールから新幹線の切符売り場まで行けずに切符も買えない。

 その度に俺がフォローに入る。こんなんが1人で東京に行けるわけなかろうに。


 何しに行くのかわからないまま切符を2人分買う。すると沖田は「着いてくんなよ!」と、今まで1人で全部やってこれたような顔をしてキレる。


「バスの時刻表すらまともに見れないくせに」

「ウザ! 腹減った! 弁当買って!」


 顔を真っ赤にして駅弁を要求するのは図星だからだろう。自分で買えと言って流した。しかし売店の前から離れない沖田を見兼ねて、結局唐揚げ弁当を買うハメになる。


 さっそく東京行きの新幹線に乗車し、駅弁を広げる沖田の機嫌を伺いながら、旅の理由を尋ねた。


 あまり聞かれたくない様子だが、弁当買ったよなと圧をかけると、観念したように話し出す。


「祈が電話してるの聞いちゃったんだよ」

「何をだ」

「土方もどうせ知ってんだろ。お父さんお母さんが神霊庁の職員だって」

「……俺も知ったのは昨日だぞ」 

「全然帰って来ないなって思ったら、なぁんか全部繋がった感じしてさ――ウケるよな」


 何もウケない。恐らく祈は、自分の父親に連絡したのだろう。祈が泣いていたというんだから、そうに違いない。

 沖田は弁当を半端に残して蓋を閉じた。祈の退庁、親の不在の理由の片鱗が見えれば食欲も無くなる。弁当は食べたかった訳ではなく、不安な気持ちを誤魔化す為の我儘だ。


 沖田は座席に項垂れたように座る。そして口を尖らせた。


「あの気持ち悪い本も捨てても捨てても戻ってくるし、そりゃあアタシみたいなのとなんて居たくないわな」

「俺と晴太は居るだろ」

「晴太くんは物好きなだけ」

「でも沖田のこと好きだって言ってるだろ。別に皆が皆、沖田を避けてる訳じゃないぞ」

「じゃあ土方は?」


 なんだ、その試すような聞き方。今一緒に新幹線に乗っているんだから嫌いな訳ないだろ、察せよと言い返してやりたい。


 あぁはいはい、俺も物好きですよ――とは言えない。晴太とは違う感情。幼馴染という腐れ縁で、今更離れるなんて気持ちが悪いからどうのこうの……はなんだか言い訳がましいか?


「野暮なこと聞くな」


 最近、自分がおかしい。沖田の言動に呆れたふりのため息をついて、残した弁当に手をつけた。



「あの……呪われてる方、ですよね……」

「そうだけど?」

「申し上げにくいんですが、沖田さんたちは面会を拒否していまして……」


 神社の中にある神霊本庁。シンプルながらも一つ一つに魂でも宿っているような神々しさが重みを生む、気品あるロビー。

 神霊本庁の受付が沖田夫婦が沖田に会わないと面会を拒否しているという。

 当然、呪われていると噂の沖田が来れば注目の的になる。


 周囲には目もくれず、受付の女性になんとかならないのかと問い詰める。しかし、どうもならないのが人間の感情だ。沖田夫婦はいくら説得しても、彼女に会う気はないだろう。


「あっそ! じゃあいいわ」


 沖田は諦めた素振りを見せた。ロビーで沖田を怯えるように見る職員達は、まるで犯罪者を目の前にしているかのようだ。


 沖田は好きで呪われたわけじゃない。それをこの中の誰1人として理解しないのは、神霊庁という組織において少々冷たい気もする。

 神の導き、仏様を敬えば霊や魂を救うとか言われていても、結局はセールストークでしかないのだ。


 沖田は大人しくマフポケットに手を入れ、本庁の自動ドアへ歩みを進める。周りの目など気にしないと言わんばかりに、堂々と。


 ここまで来たのに面会拒否か。実の親ではないにしろ、せめて最後に何か言ってくれたらいいのに。


 沖田はきっとその覚悟で来ているし、自分のこれからを決めるために区切りをつけたいだけなのだから。沖田の後ろをついて歩く。すると沖田はドア寸前でぴたりと止まった。


「土方」

「ん?」


 右手を掴まれ、綱を引くように手を引いて本庁内部へと走り出す。

 職員達は驚いた声をあげたが、沖田にそんなのは関係ない。


「沖田! これは良くないんじゃないか!」


 逃げるものは追う。体が反応した職員が追ってくる。地震の時と同じだったが、今日の沖田は余裕そうだ。

 2階へ上がる階段の中腹で下を振り返り、俺よりも一段下へ降りた。堅く繋がれた手は、少しだけ震えている。


「アタシに逆らってみろ! ここで地震を起こすぞ!」


 渋谷で直下地震を起こされたらどうなるか。仙台の以上の被害が出るのは必然で、その原因が神霊庁となれば要らぬ噂が立つだろう。

 だから誰も追って来ない。沖田は悪知恵が働く。これに味を占めて乱用しないといいが。


 沖田は見つけた扉を全て開け、2人がいないかを確認していく。突然扉が開いて驚く職員、噂の呪われた女だと声を上げる職員、男女で取り込んでいる職員、ところ構わずとにかく開けていく。


 そして姿がないのを確認する度に「いねぇ!」と叫ぶ。そもそも会いたくないと言われてるんだ、そりゃあすんなりと見つからない。

 ロビーであれだけ騒がれれば、俺達が乗り込んで来たと建物中に伝達されるのは必然だ。



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