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15勝手目 神霊本庁の特別経理部(2)

 沖田はとある扉に貼ってあるドアプレート見て、息を切らしながら汗を垂らす。


「特別経理ィ? なんかお父さんいそうなとこだな、多分ここだ!」


 あれだけ行儀を悪くするなと祈に朝言われたのに。沖田は汗を袖で拭いながら、脚で蹴り開けた。注意するべき所なのだろう。

 しかし、聡さん達の考えを知っている身としてはこのくらい暴れてやらないと、沖田の気が済まないとも思っている。


 中には山のように積まれたファイルに埋もれた人間が2人いた。1人は日本人ではないウルフカットの金髪、そして嫌でも目に入る大きな胸を持った女性。

 そしてもう1人――


「あっ、あっ、ここにはいないです!」

「コノ人達が呪われてる人?」

「ネリー、失礼だよ!」


 ここにも来ちゃった! と、手をバタバタさせて慌てふためく小柄な男性の顔は沖田にそっくりだ。

 眉毛は濃いのだが、沖田の顔を男にしたらこうなのか……と、思わず血縁を疑うほど良く似ていた。


「ダレ探してる? 沖田サンの事、ネリーは知らないヨ。洋斗ようとならワカルかもだけどナ」

「ネリー! ボクもわかんないからね!? あとね、人前で抱きつくのもや、め、て!」

「人前ジャなきゃいい?」


 妙な話し方をし、男性に抱きついてキスをねだる女性は"ネリー"というらしい。

 そしてその男性は"洋斗"。沖田と顔も名前もそっくりだが、性格は全く似ていない。

 ネリー相手にダジダジになる姿は、祈に押し負かされている沖田に似てなくもない。

 というか人前でいちゃつくのやめろ。


「仏教も扱ってるくせに、煩悩まみれな組織だな……」

「ここじゃないな。土方、行くぞ」


 沖田は全部をスルーしようとする。いろんなツッコミどころあっただろ。必死なのはわかるが、それが他人に興味がない故の対応だ。


「あ、あ、あの! ボクから言ったって言わないで欲しいんですけど!」

「何」


 洋斗の引き止めに沖田は顔を少し振り向かせ、冷たく返事をする。


「今日、あの、沖田さん……あ、えと、沖田聡さんの辞令がくだる日なんですけど……多分、多分なんですけど、庁長室かなぁって……」

「案内シテやる?」

「案内したらボクらが言ったことバレちゃうだろっ」


 晴太以外の神霊庁職員はどこかお役所仕事のように事務的な扱いを受けてきた。

 しかしこの特別経理部にいる2人は割と親身にしてくれる。


「失礼承知で申し訳ない。沖田が呪われてると知っていて、何故親切にしてくれるんだ?」

「えっと……あ、じゃあ扉、閉めちゃいますね……?」


 洋斗はオドオドしながら扉の目の前にいる沖田に何度も会釈し、音を立てないように扉を閉めた。


「な、何から話せばいいのかなぁ! えっと、えっと、あ、あの、その、上のお名前覚えられてなくて……よ、洋さんで、あってますか?」


 神霊庁では沖田洋では呼ばれておらず、あの忌み名で通っているのだろう。沖田は蚊の鳴くような声ではい、と言う。


「ボク、洋斗って言うんです。藤堂洋斗とうどうようと。それで、ボス……じゃなくて神霊庁の人達が、洋さんとボクは名前が似てて、見た目も似てるって言うんですよ! だから、親近感みたいなの湧いて……お手伝い、出来たらなぁって……」

「ホント似てる」

「あっ、あっ! でもその、本当にそれだけで! 大した事言えないんですけど、あの、呪い、解けるといいですね」


 洋斗はやり切ったという顔で笑う。味方とも言い難いが、悪い人ではないらしい。呪いに関してはそう言うしかないのだろう。世界には自分に似ている顔が3人いるというから、特別な縁を感じてしまうのは解る気がする。

 再度庁長室に行ってみてくださいと言われ、俺は礼を言った。


 沖田は不満そうな顔をして、扉を開ける。


「アタシ、そんなに眉毛太くないから!」

「やっぱボクって眉毛太い!?」


 そして閉めがけに、要らぬ一言を言い放った。

 沖田は長庁室を目指して走り出す。文句は言っても情報は信じる。

 本当に自己中な女だ。



 長庁室は重厚感のある木で出来た2枚扉の先にある。

 塗られたコーティングの光沢が激しさが選ばれ者のみが入れる部屋だと、入る者を選ぶオーラが見える。


 2枚扉を押し開くと、そこには社長室を連想させるような大きなデスクの前に数人が佇む。

 その中には伊東も居て、俺達を見て微笑んだ。歳が近いというのに庁長室にお呼ばれしているとは、金持ちの凄みを見せられているようだ。


 そして、庁長から見てデスクを挟んで向かい側に聡さんはいた。


「自称沖田に土方……まるで池田屋の襲撃だな」

「沖田と土方は最初は一緒に襲撃してないけどな」


 庁長と見られる老人が皮肉を言えば、沖田はすかさず訂正する。さすが新撰組オタク。自分を沖田総司の生まれ変わりだなんだと言っていた時期があるだけある。


 聡さんは庁長を見つめたまま動かない。


「お父さん……」


 沖田は泣き出しそうな声で、聡さんを呼んだ。


「来るな」 


 隙のない拒絶が部屋をシンとさせる。

 沖田以外のこの場にいる全ての人間が、偽りの親子関係であることを知っている。

 21年間、何も疑わずに親だと思っていた人が他人だと知ったら絶望し、泣いてしまうだろう。


 しかし沖田は聡さんに帰ってこない問い詰めない。性格上はなんで、どうしてと知らなければ気がすまないと癇癪を起こしそうなのに。

 庁長が席を立ち、聡さんに近づいて顔を覗いた。数秒顔を見ると、再び朱いカーペットを擦って歩く音が沖田の前でぴたりと止まる。


「ここへ来たのは、全て知っての事だろう」

「……全部かはわかんない……でもやっぱり、似てないよなぁ……」


 俺に笑いかける。そしてすぐに唇を噛み締めた。それも、血を出す程強い力で。


 沖田は2人が本当の親でない事も知っていたんだ。

 傷だらけのウエストポーチから小さなペンのようなものを取り出すと、沖田は右手を大きく振り上げて傷のない太ももに突き刺した。

 東京に1人で行くと強がっていた理由がわかった気する。


 死ねない沖田は痛みが精神的な辛さを上回る事がない。この傷は跡にもならない。ただ、心の中に蓄積されていくのみ。

 沖田は同情するのもされるのも好きではない。だから俺に、この瞬間を見られたくなかったのかもしれない。


「出生は変えられぬ。神霊庁ここで囚われるように育つ事と、偽りでも両親のいる生活ならば後者の方がていが良い。呪われた者と知りながら生活を共にしたのだ。聡も葵も自らのためとはいえ、あなたの為に働いた。少なからず普通の幸せは知れたろう」


 幸せの定義はそれぞれだ。沖田が聡さん達と過ごした21年が幸せだったのかと聞かれたら、俺はそうではないと思う。


 庁長は沖田は呪われたのだから、大人しくしていろとでも言いたいのだ。


「帰ってこないのも、アタシに何かあるんだって思ってたから。帰ってきてとか、2人に本当の親になってほしいなんて言わないよ」


 そして沖田は顔に皺を沢山作り、泣き出しそうになりながら顔を赤くする。

 思わず抱きしめたくなった。だが、これは沖田が1人で乗り越えようとした壁。

 手を出すのは、かえって尾を引くかもしれない。


「一言だけ言いたいことがあったから。友達がな、言わなきゃダメだって教えてくれたんだ」


 沖田はゆっくり、噛み締めるように。聡さんの背中に向かって腰を折る。


「21年間、ご飯食べさせてくれてありがとう。ごちそうさまでした」


 聡さんからの返事はない。沖田は噴き出すように一度笑った。何か発してしまうと泣きそうだからだろう。左手には血だらけのペンが握られている。

 その手に触れると指がほろほろと解け、隙間を埋めるように指を絡めて手を繋いだ。


 庁長室の扉は木が軋む音を立てて、バタンと重みのある廊下に響く。それは聡さんとの永遠の別れを告げる、ピリオドのようにも感じた。


 沖田に言葉はかけない。繋がれたままの手を少し強く握って、1階へ戻ることにした。

 すると、部屋の前に置かれた大きな観葉植物がガサガサと動く。


「あ、会えました……?」


 半身を出し、様子を伺うのは洋斗とネリーだ。沖田は無反応で俯いたまま。


「会えました。ありがとうございます」

「殴らレタ? 足から血が出てる。ウチ、バックの中にバンソコーある」

「絆創膏ね……あ、じゃあ、ち、ちょっと部屋に寄りませんか? ね!」


 話さない沖田の代わりに手当をお願いしようとする。このまま大都会に出てたら人の目が気になるし、またおかしな誤解をされそうだ。

 ネリーがエレベーターへ案内しようとするが、俺の手は沖田に力強く引っ張られてしまう。


「いらない! アタシに関わらないで!」

「血が出たままじゃ外に出られないだろ?」

神霊庁ここのヤツなんか、信じられるか!」


 我慢出来なくなった沖田の目からたった一粒、涙が落ちる。すると、下から突き上げるような揺れと地鳴りが聞こえ、周りのものが宙に舞う。


 沖田を抱き寄せて体を丸めた。ネリーのgefährlich!危ない!という声が聞こえると、観葉植物が駒のようにぐらりぐらりと揺れる。


 倒れてくる――! 


 痛みに耐える為に目を瞑るが倒れてきたのは植物ではなく、土を被った洋斗だった。


「あ、あ、あ、ごめんなさい! 出会ったばかりなのにこんなこと……失礼……ただ、か、勝手に体が動いて……」


 地震は収まった。洋斗が土まみれになりながら恥ずかしそうに笑う。

 俺たちを庇ってくれたのだ。洋斗は沖田と同じ160センチ程の身長で、185センチの俺より背の高い観葉植物を支えるのは勇気がいったはずだ。


「あはは、びっくりして腰が抜けちゃった……」


 気を使わせないようにとヘラヘラして笑う。立ち上がれない洋斗をひょいと持ち上げたのはネリーだ。

 洋斗は漫画のように目を回しながら照れ臭いと騒いでいる。暴れている沖田と似るところがあるのは、ドッペルゲンガー故だろうか?


「すごい揺れた。日本は地震オオイネ。また地震アルかも。だから怪我にバンソコー貼る! 部屋キテ!」


 また地震を越してしまった責任からだろうか。沖田は不満そうな顔はしつつも、嫌だとは言わなかった。

 沖田も足が痛むらしく、立ち上がるのが難しそうだ。洋斗と同じ反応をするのか見たくなり、沖田を横抱きして持ち上げる。


「アタシはあの人みたいに暴れないから!」


 はいはいと返せば、落とすなよだとか、丁重に扱えだとか、また調子のいい事を言う。

 恐ろしく切り替えが速いがくよくよせず、らしさを取り戻せる沖田がいなくなっていないことに安堵する。


 深い意味はない。

 が、こういう沖田が好きだなと、らしくないことを想ってしまった。



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