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16勝手目 優しさの押し付け(1)


「ネコ? イヌ? ハト? スカンク? 何がヨイ。フツーのバンソコーは持ってないねん。ネリーはネコちゃんとシバイヌが好き」


 ファンシーな動物が描かれた大量の絆創膏を見せられた沖田の顔は、なんとも言えない顔をしていた。

 なんだ、ハトとスカンクの絆創膏って。ラインナップの癖が強過ぎるだろ。


「それじゃあ小さ過ぎるよ。救急箱あるはずなんだけどなぁ……ボク、身長高くないから棚の上の方は見えないんだよねぇ……」


 洋斗は腰を抑えながら椅子に登り、救急箱を探している。ロビーや外見は綺麗な神霊庁だが、個々の部屋は一般的な事務室とそう変わらない。

 特別経理部なだけあって、伝票や請求書などの量が凄まじい。


「あ! あったんだけど、指先しか届かないよぉ! ネリーごめんね! 助けてもらえる?」

「ネリー今、バンソコー選びで忙しい」


 腕についたアームカバーが破けたと騒ぎながら、椅子の上で懸命に背伸びをして手を伸ばす。

 変わりに椅子に登り救急箱を取ると、満面の笑みでありがとうとお礼を言われた。

 その笑顔も沖田にそっくり。超愛想が良くて超謙虚な男版の沖田だ。


「土方くん、身長高いんだね」

「まあ……一応クォーターなんで」

「そんなんだ! かっこいい顔してるもんねぇ! 何センチあるの? ボクはね、159センチ! 男の人の中だと小さいから、羨ましいなぁ」

「……185センチですね」


 身長の話はあんまりしちゃいけないんじゃないか? と思いつつ、質問には返す。

 救急箱の中にあるガーゼや包帯を取り出す姿は祈を思い出させる。


 そういえば沖田は「友達から言わなきゃダメだ」と教えられたと言っていた。その友達は祈のことだろう。

 結果的に沖田から離れてしまったが、祈に会えたからこそ、今日の区切りを付けられたのではないかと思う。


 本当なら沖田は思い切り泣きたい日のはずだ。


「出来た! ネコチャン大集合! ハトも添える!」

「何してくれてんだ! こんなんで東京歩けないわ!」

「堂々してればヨイ。太もも、とってもカワイイ!」

「白いハトが血まみれじゃねぇか!」


 大量の絆創膏を貼られているが、血が滲み出す。折角のネコ達は血みどろだ。

 沖田はネリーとの会話で普通に話せるようになり、あのまま帰るより良かったと2人にすっかり気を許してしまっている。


「だから言ったのに。土方くん、手当お願い出来るかな? さすがにボクが手当したら、土方くん嫌だもんね」

「お気遣いありがとうございます」


 洋斗が敬語じゃなくていいよと言いながら、処置に必要な物を手渡してくれた。嫌かという質問には答えられない。


 ぶっちゃけどうなのかと言われたら、嫌ではない。が、モヤっとはする。なんなんだ。晴太との一件があってから変だぞ、俺。


 祈に習った通りに処置を施すと、ネリーは包帯の上に「にゃーん」と言ってネコの絆創膏を貼る。


「ネコチャンも応援してる。洋は頑張っタ!」

「何も頑張ってないわ」


 沖田はツンとそっぽを向く。俺も今日の沖田は頑張ったと思うがな。


「……あの、言えればでいいんだが……聡さんは何をしてたんだ?」

「沖田さんは沖ノ島に行くからね。その辞令が下ったんだ。沖田さん、沖ノ島で働くのがずっと夢だったみたいで……あそこは神霊庁の中でも本当に選ばれた人しか行けないからね。沖田さんは小さい時から神霊庁ここに通い詰めて、やっと夢を叶えたみたいだよ」


 仕事と言えど、洋さんには酷い事をしたなとは思うけどねと、締めくくった。


 夢を叶えるために沖田の父親になった。呪いの発現と共に仕事は終わり、沖田は神霊庁全体の問題になったという訳だ。


「ちなみに葵さんはね、実家の神社が負債を抱えて仕方なく神霊庁に入ったんだって。入庁して洋さんのお母さんになったみたいだよ。今はチャラになって沖縄の自宅に帰られたけどね」


 葵さんはそもそも東京にはいない。所在を尋ねたが、本当の苗字も場所もわからないと言われてしまった。

 沖田夫婦は書類上は夫婦でも、あの後すぐに離婚し、それぞれの生活を歩み始めたのだ。

 しかし、仕事とはいえ結婚出来るのはすごいな。


「あ……洋さんのこと考えないで……無神経だったよね。ごめんね」

「別に? 本当の事なんだから謝らなくていいでしょ。土方、帰ろ」


 聞くに耐えないのか苛々した様子で立ち上がる。洋斗がお茶でも飲まない? と引き留めるが、沖田は聞かない。


「ならこれだけ受け取ってくれないかな! ボクの名刺、なんかあったら頼って!」

「もうウザい! アタシに構わないで!」


 差し出された名刺を払いのけ、ひらひらと桜が散るように切なく落ちる。


「放っておけないんだよ……顔も名前も似てるから……なんか縁があるって思っちゃったから」


 洋斗は拾い上げ名刺をまた差し出した。


「ホント似てる。兄妹みたいやねんナー」


 洋斗の優しさに戸惑う沖田は、受けるか受け取らないか迷っていた。しかし、真っ直ぐな目に根負けしたのか、横取りするように名刺を受けとった。


「受け取ってくれてありがとう。仙台には知り合いがいないから、いつか行く時はよろしくね」

「ウチのも持ってけ。バンソコーもあげる。そだ。ウチ、洋斗のカノジョ!」

「もお! 勝手なこと言って! お付き合いしてないからね!」


 沖田はネリーの名刺も受け取った。ネリーはドイツ語を話していたのでドイツ人なのかと名刺を覗く。しかし、書かれた名前は馴染み深い並びをしている。


「原田 ……ネリー? 日本人なのか?」

「コドモの時はスイスにいて、家族で日本国籍取った! オカンとオトンは大阪いるで」

「だから少し関西訛りなのか」

「セヤ!」


 沖田は2人の名刺を見つめ、雑に受けとった割には丁寧にバックにしまった。

 そして挨拶もなく部屋を出て行ってしまう。


「土方くん」


 沖田に続こうとすると呼び止められる。


「神霊庁は洋さんにとっては嫌なところかもしれない。でも味方はいるよって事、君だけでも忘れないでね」

「あぁ、ありがとう」


 洋斗が柔らかく微笑む。

 扉を閉めると、すぐに洋斗の「だから人が居なくてもダメだってネリー!」と襲われている声がする。

 そのやり取りがおかしくて笑ってしまう。


「何笑ってんだ? 置いて行くかんな」

「東京の路線図も見れないのにか?」


 神霊庁を心底嫌うのは、少し早いかもしれないぞ。沖田。



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