「ネコ? イヌ? ハト? スカンク? 何がヨイ。フツーのバンソコーは持ってないねん。ネリーはネコちゃんとシバイヌが好き」
ファンシーな動物が描かれた大量の絆創膏を見せられた沖田の顔は、なんとも言えない顔をしていた。
なんだ、ハトとスカンクの絆創膏って。ラインナップの癖が強過ぎるだろ。
「それじゃあ小さ過ぎるよ。救急箱あるはずなんだけどなぁ……ボク、身長高くないから棚の上の方は見えないんだよねぇ……」
洋斗は腰を抑えながら椅子に登り、救急箱を探している。ロビーや外見は綺麗な神霊庁だが、個々の部屋は一般的な事務室とそう変わらない。
特別経理部なだけあって、伝票や請求書などの量が凄まじい。
「あ! あったんだけど、指先しか届かないよぉ! ネリーごめんね! 助けてもらえる?」
「ネリー今、バンソコー選びで忙しい」
腕についたアームカバーが破けたと騒ぎながら、椅子の上で懸命に背伸びをして手を伸ばす。
変わりに椅子に登り救急箱を取ると、満面の笑みでありがとうとお礼を言われた。
その笑顔も沖田にそっくり。超愛想が良くて超謙虚な男版の沖田だ。
「土方くん、身長高いんだね」
「まあ……一応クォーターなんで」
「そんなんだ! かっこいい顔してるもんねぇ! 何センチあるの? ボクはね、159センチ! 男の人の中だと小さいから、羨ましいなぁ」
「……185センチですね」
身長の話はあんまりしちゃいけないんじゃないか? と思いつつ、質問には返す。
救急箱の中にあるガーゼや包帯を取り出す姿は祈を思い出させる。
そういえば沖田は「友達から言わなきゃダメだ」と教えられたと言っていた。その友達は祈のことだろう。
結果的に沖田から離れてしまったが、祈に会えたからこそ、今日の区切りを付けられたのではないかと思う。
本当なら沖田は思い切り泣きたい日のはずだ。
「出来た! ネコチャン大集合! ハトも添える!」
「何してくれてんだ! こんなんで東京歩けないわ!」
「堂々してればヨイ。太もも、とってもカワイイ!」
「白いハトが血まみれじゃねぇか!」
大量の絆創膏を貼られているが、血が滲み出す。折角のネコ達は血みどろだ。
沖田はネリーとの会話で普通に話せるようになり、あのまま帰るより良かったと2人にすっかり気を許してしまっている。
「だから言ったのに。土方くん、手当お願い出来るかな? さすがにボクが手当したら、土方くん嫌だもんね」
「お気遣いありがとうございます」
洋斗が敬語じゃなくていいよと言いながら、処置に必要な物を手渡してくれた。嫌かという質問には答えられない。
ぶっちゃけどうなのかと言われたら、嫌ではない。が、モヤっとはする。なんなんだ。晴太との一件があってから変だぞ、俺。
祈に習った通りに処置を施すと、ネリーは包帯の上に「にゃーん」と言ってネコの絆創膏を貼る。
「ネコチャンも応援してる。洋は頑張っタ!」
「何も頑張ってないわ」
沖田はツンとそっぽを向く。俺も今日の沖田は頑張ったと思うがな。
「……あの、言えればでいいんだが……聡さんは何をしてたんだ?」
「沖田さんは沖ノ島に行くからね。その辞令が下ったんだ。沖田さん、沖ノ島で働くのがずっと夢だったみたいで……あそこは神霊庁の中でも本当に選ばれた人しか行けないからね。沖田さんは小さい時から
仕事と言えど、洋さんには酷い事をしたなとは思うけどねと、締めくくった。
夢を叶えるために沖田の父親になった。呪いの発現と共に仕事は終わり、沖田は神霊庁全体の問題になったという訳だ。
「ちなみに葵さんはね、実家の神社が負債を抱えて仕方なく神霊庁に入ったんだって。入庁して洋さんのお母さんになったみたいだよ。今はチャラになって沖縄の自宅に帰られたけどね」
葵さんはそもそも東京にはいない。所在を尋ねたが、本当の苗字も場所もわからないと言われてしまった。
沖田夫婦は書類上は夫婦でも、あの後すぐに離婚し、それぞれの生活を歩み始めたのだ。
しかし、仕事とはいえ結婚出来るのはすごいな。
「あ……洋さんのこと考えないで……無神経だったよね。ごめんね」
「別に? 本当の事なんだから謝らなくていいでしょ。土方、帰ろ」
聞くに耐えないのか苛々した様子で立ち上がる。洋斗がお茶でも飲まない? と引き留めるが、沖田は聞かない。
「ならこれだけ受け取ってくれないかな! ボクの名刺、なんかあったら頼って!」
「もうウザい! アタシに構わないで!」
差し出された名刺を払いのけ、ひらひらと桜が散るように切なく落ちる。
「放っておけないんだよ……顔も名前も似てるから……なんか縁があるって思っちゃったから」
洋斗は拾い上げ名刺をまた差し出した。
「ホント似てる。兄妹みたいやねんナー」
洋斗の優しさに戸惑う沖田は、受けるか受け取らないか迷っていた。しかし、真っ直ぐな目に根負けしたのか、横取りするように名刺を受けとった。
「受け取ってくれてありがとう。仙台には知り合いがいないから、いつか行く時はよろしくね」
「ウチのも持ってけ。バンソコーもあげる。そだ。ウチ、洋斗のカノジョ!」
「もお! 勝手なこと言って! お付き合いしてないからね!」
沖田はネリーの名刺も受け取った。ネリーはドイツ語を話していたのでドイツ人なのかと名刺を覗く。しかし、書かれた名前は馴染み深い並びをしている。
「原田 ……ネリー? 日本人なのか?」
「コドモの時はスイスにいて、家族で日本国籍取った! オカンとオトンは大阪いるで」
「だから少し関西訛りなのか」
「セヤ!」
沖田は2人の名刺を見つめ、雑に受けとった割には丁寧にバックにしまった。
そして挨拶もなく部屋を出て行ってしまう。
「土方くん」
沖田に続こうとすると呼び止められる。
「神霊庁は洋さんにとっては嫌なところかもしれない。でも味方はいるよって事、君だけでも忘れないでね」
「あぁ、ありがとう」
洋斗が柔らかく微笑む。
扉を閉めると、すぐに洋斗の「だから人が居なくてもダメだってネリー!」と襲われている声がする。
そのやり取りがおかしくて笑ってしまう。
「何笑ってんだ? 置いて行くかんな」
「東京の路線図も見れないのにか?」
神霊庁を心底嫌うのは、少し早いかもしれないぞ。沖田。