同日――俺達が神霊本庁を後にした後の事。
◇
ボクとよく似た「呪われている人」。
ボスが仙台へ行った時にも言われたけれど、改めてよく似ていると思った。ほかの職員さんにもネリーにも言われる。
そして何より、雷が落ちたみたいにビビっときた。女の子として惚れたとかじゃなくって、運命を感じるって言うか――
土方くん達が帰った後も地震の片付けや仕事を捌かなければいけないのに、頭の中にあの顔が浮かぶ。
「洋、洋斗の家族と違ウ? ウチ、お義姉サンなる?」
「な、ならないよ!?」
「じゃあズット洋の事カンガエてる。好き? アー、モチ焼く」
「洋さんが心配なだけだいっ!」
ボクらは今日初めて会ったんだから、そんな風に思うわけないじゃないか。ネリーは仕事に集中出来てないから座ってたらと、地震でめちゃくちゃになった書類を代わりに片付けてくれた。
ネリーは早く結婚してとか、義妹が出来て嬉しいとか色々言うんだ。通常運転だけどね。
けど、あれだけ似ていると家族じゃないにしても、遠い親戚なのかぁとかは考える。
地震でひび割れたパソコンを起動して「ドッペルゲンガー」と調べたりもする。出会うと死ぬって言われているアレだ。頰をつねってみたけど痛覚はあるし、ボクは死んでいない。
なんだろうこの胸の騒めき。嫌な予感にも似ているっていうか、初めてのザワザワ。天井にもパソコンにも答えは書いてないんだ。ボクは1人で答えも出せずに悩むだけ。
「ここもめちゃくちゃですね」
「ボス!」
全てが黒で統一されたスーツを身に纏う彼が入ってくると、一気に気持ちが引き締まる。
ボクらがボスと呼ぶこの人は「
正確に言えば、神霊庁に経理部は2つある。1つはどの会社にも存在する普通の経理部。それは神霊庁から出るお金の流れを把握・管理している部署。
そしてボクらのいる「特別経理部」は、ボスのお父様やお祖父様が経営する会社や関連企業、そこに関係する個人からの献金を把握し、管理している部署だ。
ボスは若いのにしっかりしていて、神霊庁へお金を払うべきどうかを採決している。そしてネリーはボスの会社の社員さん。ボクは神霊庁からの助っ人ポジション。ただの事務員なんだけど、忙しいボスの代わりに事務仕事をしたりして、彼の役に立っているというわけだ。
今日は沖田聡さんの異動に伴い、その費用を工面して欲しいとの依頼で庁長室へ出向いていた。
何にどのくらいのお金を使うか、決まったことをボクとネリーに説明してくれる。それが終わると、やっと一息つくんだ。
上半身を満遍なく支えるオフィスチェアに座って、足を伸ばすボスは、よっぽど疲れている様子。使い捨てのホットアイマスクをつけて目を休めている。
「ボス疲れてるね。コーヒーいる?」
「あ――……砂糖2つお願いしますね」
「珍しい。秀喜がシュガー入れるなんて。ドナイシタン」
ネリーの言う通り、ボスはいつもブラックだ。砂糖を入れるのは珍しい。
お金の話で揉めたの? と聞くけど、いいえと言われた。
「お金の話はいいんですよ。今日はもう一つありまして」
「何ダ!」
つけたばかりのアイマスクを人差し指で上に引きながら、ボクの名前を呼ぶ。コーヒーを出して、ボスは一口啜った。
いつもより甘いコーヒーは口に合わないのか、眉頭がピクッと動いた。
「今日の騒動ありましたよね。八十禍津日神の呪いを受けている」
「ワカル、洋!」
「そうです……それで、地震後に庁長室で洋斗の名前が上がりまして」
「な、なななななんでボクの名前!?」
びっくりして入れたばかりのお茶を溢してしまった。足にまでかかって熱いんだけど、位の高い方々達の中でボクみたいな一般事務員の名前が出るなんておかしいもの。
ボクは布巾で溢したお茶を拭きつつ、ボスに話を続けてとお願いした。
「前も言いましたけど、洋斗ととっても似ているんです。それに気づいた職員が居ましてね……洋斗もまさかとは思うけど……って感じです」
「な、何!? まさか何!?」
似てたさ、ああ似てたさ! でも似ていたってだけで何だい! 脳内にクビやリストラの文字が飛び交って、職を失う不安に襲われる。
「洋斗の素性を調べろと言われました。幸災楽禍家との関係があるかどうかと。上層部は神経質ですからね。取り越し苦労だと言ったんですが、聞く耳持たずで……手っ取り早くDNA鑑定しようかと思うんですが、どうします?」
「どうしますも何もやるに決まってるよ! 断ったらクビでしょ!?」
「恐らく監視はつくんじゃないでしょうか。血縁関係があれば尚更監視がつくでしょうけど」
「自由がないのぉ!?」
なんてこったい、なんてこったい! あの子と似てるってだけで監視される未来しかないなんて。
ボスはボクを庇ってくれたみたいだけど、やるって決めたらやるのが神霊庁。ボクがどうかなんて関係ないんだよね。
でも悪い話じゃない。洋さんとの関係が明らかになるし、もしかしたらもしかすると、ボクの家族関係がわかるかもしれないし。
ボクははっきり、その話を受けるとボスに伝えた。
もし関係なくても神霊庁職員として洋さんは支えてあげたいし、血縁関係ならなおさら支えてあげたい。
それを言葉にすることで、胸の騒めきは吹っ飛んだ。
「待って。DNAカンテー、勝手にヤルとプライバシーのシンカイでお縄ダヨ」
「心外、ね」
「わかってますよ。だから仙台へ行きます。過去戻りの禁忌の様子も見てみたいですしね」
ボスはネリーの言い間違いには触れない。禁忌の話については神霊庁全体の広報で知っている。本当にそんなこと出来るかな。
過去に戻れたら呪いだって解けそうだけど、と思うのは浅はかかな。
ボスは休みがないとぼやきながら、少しだけ眠るといってアイマスクを付け直した。
自分の何かが変わるかもしれない。体を動かしてないと飛び出してしまいそうだ。
ボスを起こさないように、音を立てずに仕事に取り掛かる。
「ノロイ大変だナ。ウチは気にしない。洋カワイイから。皆嫌いなってるの、ワカンナイネ」
ネリーがやけに洋さんを気に入っているのは、ボクに似ているからなのかな。
腫れ物扱いされている人を心配するのは、顔や名前が似てるからって事だけなのかな。
ボクは何か特別なご縁があるといいなぁと、そればっかりを願っている。