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残虐的な作品が好きだ。
大量の血を流して、体が人の物ではなく肉の塊になっていくような、スプラッター作品。
金ではどうにもならない、死に向かう姿は良い。死なずとも、無理矢理生かされて絶望する姿も良い。
時間のある時は頭の中で閲覧した作品を再生し、それを
それがストレス解消。そして現実から唯一逃れられる術。
アイマスクをして寝ているフリをすれば誰も声は掛けてこない。何故こんなことを考えるのか。
理由は簡単。金で人の嫌な物を見過ぎだから。本当の金持ちは心に余裕があると言うが、金があっても心の余裕がない者はいない。
金さえあればなんとでもなる。金があるから、何かが起きる。
金があるからチヤホヤされ、金があるから除け者にされる。
金があるから悩まなくて、金があるから悩む。
そんな経験を何度したろうか。ありふれた話だけれど、オレの人生って本当につまらないと思う。金がないと生きていけないのに、金があるから生きるのが苦しい。
愛想笑いが顔に張り付いて離れない。来る日も来る日も必要不可欠なそれに追われる。
自分=金にされている人生とは何なんだろう。金でしか見られていない人間に金以上の価値はあるのだろうか。
金庫番なんて異名がついたと知った日は酷く絶望した。あぁ、もう金でしか見られないのだと。過去も今も嫌いだ。人間も嫌いだ。頼むから死んでくれと思っている。関われば関わるほど殺してやりたい。
そしていつも思っている。頭の中に描いた空想を実行してしまう日がくるかもしれないと。
歳を重ねる毎に嫌いが増えていく。偏見や憎しみも増える。会社や社会への影響は勿論、人としての道徳を考えれば決してやってはいけないことだ、
財があっても「人を殺めてはいけない」という法律は変えられない。
だから独り、頭の中で楽しむ。しかし、楽しみは麻薬のようでもっともっとと、脳が更なる欲を求めて止まない。
「誰でもいいから殺したい」という殺人鬼の気持ちはよくわかる。それが怖い。怖いのに、羨ましいとも思う。こんなこと誰にも言えるわけがない。言葉にしたら終わり。まるで厨二病患者だ。
誰かを殺めて満足出来たら、その時が一生の終わりでもいいと思うだろうと考える程に病んでいる。
伊東家にさえ生まれなければ。あの家にさえ生まれなければ、別の人生があったのに。
偉大だと評価される父や祖父は特に嫌悪する。
あの顔を思い出すだけではらわたが煮え繰り返る。頭の中で何度殺したか。
顔に浮かぶあの顔、声、記憶、苛立ってしょうがない――!
「おい、伊東……寝言……か?」
「え……お、
「いや……言ってたっていうか……舌打ちしてたかな……」
「……他は?」
「いや、別に。舌打ちが大きかったんで、何かしたかと思って」
土方守はサングラスを額にずらし、青い瞳が夏の日差しで輝いている。
澄んだよう目に、何を考えていたのかと正気に変える。
「すみません。最近多忙を極めてまして。嫌な夢でも見てしまっていたのかもしれません」
いつもの笑顔。筋肉が覚えている動き。微笑んでさえいればなんとでも誤魔化せる。
適当な言い訳をすれば、そうかと言ってそれ以上は踏み込んでこない。
想像と現実、夢の境界線がわからなくなっている。多忙なのは嘘ではない。人と関わるストレスが想像をより過激にさせる。
無意識に舌打ちまでしているなら、いよいよ自分が恐ろしい。
「お疲れさんだな」
土方守が自前のクーラーボックスから冷えた缶コーヒーを差し出してくれた。
プルタブに指をかけ、飲んだことのない缶コーヒーの味を知る。
この飲み慣れない味と冷たさが正気に戻してくれた。
え……不味い?
洋斗が淹れるコーヒーが如何に美味いか思い知る。正直、全く美味しいとは思えない。いや、不味い。不味すぎる。
コーヒーを水で薄めたような不味さ。なんだこれは。お金を取っていいものなんです? 消費者は怒らないんですか?
正気に戻る不味さ。何事?
「このコーヒー、信じられないくらい不味いですね」
親切に出してくれた気持ちも考えず、思わず聞き返す。
土方守は引いた声で「え」と一言。そして片方の口角だけをピクピクと動かして眉を顰めている。
「金持ち様にはわからん味だったか」
「そこに金持ちとか関係あります? 美味しくないですよね、と聞いているんですが」
「関係あるだろ! なんだ、経費の話したから嫌味か!? どうせ俺は金のない大学生ですよ!」
「いやだからそう言う話ではなくて――」
不味い、金持ちの押し問答。土方守は金持ちだから舌が肥え過ぎてバカになってるんじゃないか、と興奮気味に言ってきた。
金持ちの何の関係があるのか理解出来ないと返しても、話は並行線。
土方守は金がないことをコンプレックスに思っているらしく、そこにばかりこだわって話すのだ。
「いいか!? 伊東がお気に召さないこれはロングセラー商品だからな!?」
「あなたってつくづく物好きなんですね」
「どういう意味だ! もういっぺん言ってみろ!」
「いや……変なものばかり好きなんだなぁと」
「このお坊ちゃんが! コーヒーの全てをわかったような口聞くなよ!?」
コーヒーだけの話じゃなくて、と言いかける。
わざわざ呪われてる幼馴染の隣にくっついて回るのだって、相当物好きじゃないと出来ないのでは? と思うんですけど。