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25勝手目 過去戻りの禁忌:岩手県遠野市(3)


「あたしはいく子。花子ってだあれ? 呼んだお兄ちゃんと違うよ?」

「ご、ごめんね! いく子ちゃん! 君はどうして此処にいるのかなッ――お父さんやお母さんは?

子供がこんな時間に外に出てちゃダメだぞ……?」


 ビビらず、優しく驚かせないように。相手が霊なのか、妖なのか、それとも生身の人間なのかわからない。

 僕は穏やかな口調でいく子ちゃんに尋ねたけど、彼女は僕を舐めるように見てから歯を剥き出しにして吠えた。


「いない! あんなの、死んだ!」

「え、ええっと……ならね、僕お母さんかお父さんとお話させてあげられるんだけどね……よかったら話してみるかい? 僕イタコって言う――」

「この人嫌い!」


 いく子ちゃんが僕を嫌がる。すると首がぎゅうっと絞まった。息ができない。顔の血が熱くなって、頭が痛い。細い指が首の骨に食い込んでくる。

 とても人間の子供とは思えない力で、僕の首を絞める。


「いく子! アタシと遊ぼうぜ!」


 洋の焦る声が興味を逸らしてくれると、手はパッと離れた。咳き込む僕から逃げるようにして体育館の中へと入っていく洋は、鬼ごっこだと言っていく子ちゃんの気を引く。


 僕も着いていかなきゃと、まだ苦しい首をさすりながら体育館へ入った。いく子ちゃんを鬼にして逃げ惑う洋と戯れる。さっきの形相は嘘のように笑顔だ。


 けれど、安堵するのも束の間。僕の気配を感じ取ったのか、再び僕に襲い掛かってきた。

 首を絞めてこようとする腕をかわし、逃げ惑う。


 そして体育館にある窓の前に追い込まれてしまった。僕は首の苦しさと息苦しさに視界が上手く定まらず、ぐわんぐわん揺れる景色を把握するので精一杯になっていた。


「あっち行って!」

「うあ――!」

「晴太くん!」


 洋の声を最後に、触れられていないのに押し倒されたようにして窓ガラスを破る。僕の体はガラスを壊し、校庭へと投げ出された。


 はずなのに。


「晴太!?」

「え――」


 地面に体が投げ出される時、見えた景色は禁忌の世界ではない現実世界。

 距離はあるけど、守の声がした。


 体が地面に擦り付けるように倒れた。すごい勢いだ。最初の禁忌でトラックに轢かれた時のような凄さがある。

 下になっている右足や右手は絶対に折れてる。

 足なんて見なくても曲がってはいけない方向を向いているんだ。


 痛みは限界を超えると感じないのかい?

 目だけを動かし、自分が出て来た場所を探した。普段は鏡から出て来たのに、体育館の窓ガラスが割れているんだ。


「晴太、大丈夫か!?」

「僕、体育館の窓ガラスから出て来たのかい……?」


 守や皆が駆け寄って来てくれた。割れた窓ガラスを見つめて唖然とする。

 あんな小さな女の子に投げ飛ばされて、僕は元太に戻されたっていうの?


 経験した事のない、初めての怪奇現象に言葉がつまる。


 そして再び、警告音のようなけたたましい黒電話の着信が遠野の夜空に響いた。

 学さんは息を呑んで受話器を取り、静かな声でもしもしと呼び掛けた。


 相手は誰なのか。きっといく子ちゃんだ。電話のお兄ちゃんと何度も言っていたから、学さんを呼んでいるに違いない。


「あぁ、遊びに行くぜ――だから迎えに来てくれよ!」


 学さんの表情は不安でいっぱいそうだ。勢いで行くしかないと腹を括り、僕が投げ出された窓ガラスへと受話機を耳に当てたまま走る。


「学! 気をつけなさいよ! 晴太だってこんなんなってるんだから――」


 祈が僕の手当をしながら学さんへ声を掛ける。


「大丈夫だ! この顔で解決して来てやんよ!」


 解答になっていないお返事に皆やれやれと小さくため息をついた。

 僕は骨の折れた痛みに悶えながら、この怪奇現象の解決策を模索する。


 洋は良くて僕はダメな理由って何だろう。いく子ちゃんは洋を見て、ずっと遊べる……って言ってなかった? ずっと、遊べる? それっていつまでで、どこで遊ぶつもりなんだい?


「もしかして……」


 想像した事は起こり得ない事を願いながら、祈と守の手を借りて鏡の前と連れて行ってもらう。

 手足に走る激痛に耐えられるのは、きっと嫌な予感の方が恐ろしいからだ。


「こんな体じゃ戻ったって何も出来ないぞ!」

「そうよ! 晴太は大人しく病院に行きなさいって!」


 2人の心配もわかる。僕は言葉を発さず、鏡に触れてみた。いつもなら面に溶けるように入り込める。


「入れ……ない!」


 鏡は鏡のまま。ひんやり冷たい感覚が指先を伝う。

 次は窓ガラスの方へと運んでもらい、割れたガラスに触れる。きっとここが入り口なんだ。

 心臓が嫌な高鳴り方する。


 割れたガラスに指先が触れれば血が出る。目視では粉々に割れているガラス。空間には何もないはずだ。しかし、ガラスが僕の侵入を拒むかのように冷たくつっぱねる。


 学さんが入っていたばかりなのに何故? 守の携帯が鳴った。非通知の表示に顔を顰めけれど、苛立ちながら往々にする。


「もしもし――なっ、お前ッ」


 守の苛立つ顔から察するに、学さんだ。僕はスピーカーにしてと頼むと、学さんの焦る声が音割れする程大きく響く。


『おいガラスから出られねぇ! しかも――』


 現代こちら側の窓ガラスが叩かれる音がする。場所は体育館ではなく、1階の廊下の方からだ。

 そして間も無く、バリンと破裂させるような音に皆一斉に振り向く。


『同じ建物じゃねぇ!』


 その音は学さんの言葉とほぼ同時だった。

 そこは僕らからはかなり距離のある場所で、他の誰かが故意に破らない事には難しい割れ方に見えた。


 まるで見えない何かが、内側から割っているように。


 怪奇現象や心霊現象という言葉では片づけ難い、呪いがこの学校にはあるのかもしれない。



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