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25勝手目 過去戻りの禁忌:岩手県遠野市(4)

 勢いとノリだけで来ちまった過去。幸いにも掛け時計は電話線がなくとも繋がる。

 皆の電話番号のコピーを控えていて良かった。


 電話は繋いだまま、現代と過去の通信役として古い小学校の体育館を歩く。曲がり角はおっかなびっくり、慎重に曲がる。何が起きるかわかんねぇし。

 晴太は大怪我してるし……何より怖ぇし……


『おい、沖田はどこにいる』

「わかんねぇよ。体育館の中は物音1つしねぇ」


 割れたガラスの破片は暗闇でも確認出来るくらいチカチカと輝いている。こう言う時に限って、片づけた方が良いかとどうでもいい事で悩んじまう。

 ビビってるから気を逸らしたいんだけどさ。


 床ほ軋む音が怖いのなんのって。現代と繋がっているのが唯一の救いだ。


『学さん。古い校舎の一階へ行ってみてくれませんか?』


 晴太の指示に従い、体育館を後にして校舎を目指した。外に出るとあまり怖くはない。しかし、再び扉を潜ればまた背筋が凍りそうになる。


「おーい、洋。いるかぁ?」


 何かあれば外へ逃げ出せる所から洋を呼んでみた。電話越しからも必ず見つけろって圧が掛かってる。晴太の声で試験も兼ねている事を思い出すと、気持ちがスッと言われ変わった。


 真面目にやんねぇと。歩みを確かに言われた場所へ辿り着くと、体育館裏と同じようにガラスが割れていた。

 位置的には現代と同じ場所な気がする。月明かりにガラスの破片を照らすと、踏まれた後のような傷が見えた。


「お兄ちゃん、来てくれた?」

「オウッハァ! ビビったぁ!」


 突然の声と生ぬるい吐息が耳にかかる。受話器を床に落としてしまい、慌てて右手で拾いあげようたしたら透けた足が手首を踏む。


 姿を見るとそれはトイレの花子さんと言われる怪談のソレにそっくりだ。


「いく、だっけか? ちょっと痛てぇかなぁ」

「いくだけど、いく子だよ。いくって呼んで!」


 笑顔、笑顔。相手は子供――の割には力が強い。電話の声と全く同じ。声は無邪気だが、目は笑っていない。

 おれが笑いかけると、えへへと笑って足を避けてくれる。顔が良くてよかったぁ。


「おねえちゃん、疲れちゃったみたいなの。永く遊べると思ったのになぁ……」


 おねえちゃんは洋のことだ。つまらなさそうにつま先を床で捏ねる仕草は小学生。

 だけど力は大人以上だ。下手な言動をすれば怪我ってレベルじゃ済まねぇぞ。


「そうなのか? んと、じゃあさ、そのおねえちゃんとこまで連れてってくんね?」

「おにいちゃん、あのおねえちゃんって大事な人?」

「……うん?」


 何となく肯定するような返事をしたが、よく考えたらこの電話って守に繋がってるよな?

 現世帰ったら怒られたりしないか……? いやいや、今ンなこと考えてる場合じゃねぇって。


 いくは満面の笑みを浮かべておれの右手を小さな両手で握り、急かすように立たせた。


「じゃあおねえちゃんのこと起こしに行こうよ! 大事なんでしょ!」

「わかったわかった。そう慌てんなよ。兄ちゃんなぁ、この電話も大事だから乱暴にしちゃダメだぞ? あと暴力もダメだ。痛いからな、いくもヤだろ?」

「……はぁい」


 怒られたとシュンとするいくの頭を撫でた。するとこっちだよ! と明るくスキップ混じりで駆けていく。とりあえず機嫌が取れたみたいでよかった。


 受話器を耳に当て、声を掛ける。すると守のそりゃあ低い声が流れてくるんですわぁ……。


『女ったらしが……』

「い、妹として大事なだけだからな! 誤解すんなよ、マジで」


 とか言ってフォローしても好きじゃないとか言うし、かと言って怒るし。何がなんだかねぇ。

 電話を繋いだままいくに行くと、2階の教室で洋が横たわっていた。


「寝てる……んだよな?」

『沖田か? 何だ。ちゃんと説明しろ』

「いや……いく、このおねえちゃんは寝てるんだよな?」

「うん! だってこのおねえちゃん、死なないでしょ? いくの言う事聞いてくれなかったから、ちょっと意地悪しちゃっただけだよ……?」


 切なそうに俯くいくは、またつま先を捏ね回す。仰向けに横たわる洋に近づき、月明かりの差し込む場所まで体を移動させると、首には大きなアザが出来ていた。


 力を入れた思わず息を呑む。


「いく、首のこれはなんだ? にいちゃんに教えてくれ? 大事な人だって言ったもんな」


 胡座をかいて座る。受話器はなるべく近くに平置きした。


 いくと向かい合わせになって両手を握る。いくの手は氷の様に冷たく、そして軽い。

 人ではないのかもしれない。刺激しないように、問いかける時は穏やかに優しく、ゆったりと。

 いくは怒らないでねと前置きした。


「だってね、おねえちゃん。ずっと遊んでくれるって言ってくれないしね、いくのお母さんの代わりになってって言ったらね、出来ないって言うの」


 何言ってんだコイツ……こんなの守や晴太が聞いたらどうすんだよ。あとで罵声とか浴びせられたないか心配だ。

 けどまあ、当たり前に洋だって断るだろうし、それが普通だ。

 が、ここはにいちゃんとして対応しとかないとな。


「うん。いくはどうして、このおねえちゃんにお母さんの代わりになって欲しかったんだ?」

「いく……お母さんに殺されたの」

「……え?」


 風向きが変わる。顔の動きで引き攣った表情がわかってしまう。


「お父さんがね、知らない女の人と温泉に行っちゃったの。でね、お母さんがそれで怒ってね、妹と弟を殺しちゃったの。怖かったから学校のトイレに逃げたら、お母さんに見つかって……」


 学校の怪談でありがちな死んでしまったという設定。おれはそれを子供を怯えさせるための文句だと思っていた。


 走る様に話すいくの言葉は設定っつうか、そういう驚かしてやろうって気持ちはないように見える。握った手をムズムズさせながら言えることじゃないだろ。


「首絞められて……どこに行ったらいいかわらなくて、ここに居るしかなくなっちゃったの……」


 辛い話だと思う。可哀想だな、寂しいんだなってさ。理解出来ずに死んでしまって、それで成仏できなくてここに止まるのは可哀想だ。


 いくをそっと抱き寄せて頭を撫でてやると、いくは嬉しそうに笑った。


「でも、どうしてこのおねえちゃんじゃなきゃダメなんだ?」

「だってお母さんって、ずっと隣にいないとダメなんだよ?」

「……なら、おれは?」


 まさかなお父さん役で呼ばれたって訳? さすがに現代でやってきた事反映されすぎじゃね?

 やべぇ、変な汗出てきた。脇汗がシャツに滲むのがわかる。気持ち悪りぃ。


「おにいちゃんはいくの声を聞いてくれたでしょ。おねえちゃんと一緒にいて、いくの声が届いて、遠野の人だからだよ」


 腑に落ちる様な落ちない様な。子供の理由なんてそんなもんか。深い理由なんて無い。

 おれの心が不純でしたね。これでお兄ちゃんはお父さんね! なんて言われた日にやぁ、おれは2度死ぬんでね。


「いくとここにいてよ。お父さんとお母さんになって、また普通に学校で遊びたい!」


 はい、終わった。受話器を取るのが恐ろしくて仕方ありません。

 って、思ってる場合じゃなさそうだ。いくの細い目が見開き、黒目をギラキラ光らせる。

 おれの背中に周った腕も、締め付ける様に力が入る。


 なるほどね。絶対離さないってことか。


「ごめんな。にいちゃん、ここにはいれない。おねえちゃんもな」

「…………ヤダ……ヤダ……ヤダ!」


 いくの拒絶の声が大きくなる度、校舎がガタガタと揺れる。これが怪奇現象って奴だ。科学じゃ人の力じゃどうしようも出来ない霊的な力。

 晴太が吹っ飛ばされたのだってソレだろ? 


 散々昔話聞かされて育ったけど、事実は小説よりも奇なりって言うだけあって、理解すんのは難しいわ。


 にしても、体が締め付けられて痛ぇのなんの。


「いく、離してくん、ね?」

「イヤだ……あ……」


 おれの言う事を聞いた訳じゃ無い。けれど腕は解かれた。今のうちに逃げた方がいいんだろうが、締め付けがあまりにも強過ぎて余韻が残る。

 まだ蛇か何かに巻きつかれているような感覚だ。


 いくは人とは思えない速さで教室を出ていった。足音は聞こえない。触れたけど、ありゃマジもんの幽霊だな。遠野だからあり得る事だと思おう。

 洋を起こそうとするが、腕は痺れて動けない。だからかろうじて動く足で洋を突いた。


「洋、起きろ!」

「……学さん?」


 目が覚めた洋は首を抑えながら上半身を起こす。咳き込みが止まらないのを見ると、首も容赦なく絞められたな。


「動けるか? 上半身痛くて立てねぇんだ。手伝ってくれよ」

「はい……学さんも過去に来れんですね」

「びっくりだよな。多分電話が鳴ったからだと思うけど……痛てて。悪りぃけどさ、電話も持ってくんね?」


 洋に手伝ってもらい、なんとか立ち上がる。洋は首を極力動かさない様にしながら、辺りを見渡した。


「晴太くんは何処行ったの?」

「ガラスぶち破って現代に戻ってきたよ。手足も折れてらぁ。で、もういっこ悪い報告なんだけどよ、そのガラスからも昇降口からも帰れねぇっていう……どうしような」

「マジで言ってんの?」


 洋は黄色の目を細めて、おれが嘘をついているとで言いたそうな顔をする。こんな状況でも信用されてないおれ、可哀想……。


 洋が右手に持つ受話器から、守が騒ぐ声が聞こえる。まさか忘れてなんていませんよ。顔を近づけると、受話器から守が出て来そうな勢いで怒鳴られる。


『おい、女ったらし!』

「せめて名前で呼んでよぉ……」


 痛いところがまた増える。悲しきかな。受話器の向こう側がざわざわしているが、洋は聞こえないとおれを冷めた目で見る。


『アンタと話してるいくって女の子、だいぶ昔に一家心中で絞殺されて亡くなってるわ!』

『トイレの花子さんってわかるかい? あの怪談とそっくりだ。花子さんの対処法を調べたけど……全然アテにならなくて。100点の答案用紙とか持ってないもんね!?』

「んなもんあるかよ!」


 そんな物あって解決するなら首絞めなんかされねぇだろうが。アテにならなさすぎてお話にならない。


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