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28勝手目 ついに認めるんですね!?(2)


 平日の夜でも騒がしい仙台市内の居酒屋のテーブル席で俯く3人。

 学が酒と言うからついて来たものの、項垂れて心ここに在らずな守が異常過ぎて浮いてるわ。


 折角お酒が飲めても味がしないし、何を話していいかもわかんないし……。学も酒ばっか飲んで話さないし。


「ま、守も飲んだら? 気分転換になるかもしれないわよ?」


 ぎこちなく声をかけても、視線すら動かさない。口を半開きにしてると、整った顔立ちも大マヌケだわ。

 成人してんだから少しは洋離れしなさいよね。彼女でもないんだったら尚更よ。

 大学にも行かないで部屋に引きこもってるなんてあんまりにもダサすぎ。


 何も話さない守に苛立って来て、向かいに座る学の脛を軽く蹴った。

 学は軽く痛がって私のアイコンタクトに気付き、やっぱおれが? って顔で守を横目で見る。


「おい守! 女に振られた時は酒! 飲んだら楽になるぞぉお……お前を支配するその不安も、モヤモヤも、この酒さえ飲めば忘れられるんだ……ほぉら、飲めぇ、飲めぇ……」


 手のつけていないウーロンハイを守の顔の前に見せつける。

 催眠術にかけるように、飲めとねっとりした声で囁く。


「忘れ……られる……」

「あぁそうさ……飲めば忘れられるぞぉ……」


 守は学の言葉に反応した。一番嫌いな学の声が届くなんて……! 

 グラスにゆっくり手を伸ばし、しっかり掴むと水を飲むように一気飲み。大きなため息を吐いたら、即注文。次はビール、ハイボール、焼酎の水割りとハイペースで飲み干して行く。


 あんまりにも早くて私と学は呆気に取られて固まっちゃう。初めに注文した焼き鳥や三角油揚げなどの定番居酒屋メニューは冷めちゃって。


「ペースは早いと良くないぞぉ……?」


 学の忠告は届かない。目の前に空のグラスが溜まり、守の顔が赤く染まる。


「ま、守さん……?」

「お前……」

「えっえっ」 


 酔っ払った守が学の胸ぐらを掴んだ。一触触発。私も中腰になってテーブルに手をついた。あんなに冷静だった守がこんなに攻撃的になるなんて……学は殴られると顔を背けた。


「忘れられないじゃねぇか! この女ったらし!」

「こんなに飲んだのに可哀想!」


 学とセリフがまた被った。胸ぐらを離すと机に突っ伏してスンスン泣き始める。学と顔を見合わせたけど、どうしていいかわからない。


 私は守に思い切って声をかけてみた。


「やっぱり、洋が居なくて寂しいの?」


 守は勢いよく顔を上げて、涙ぐんだ顔をする。えっ……ガチ泣きじゃん……。


「死にたい……沖田が居ないなら死にたい……ずっとそばに居たのに……」

「えーと……この前の事はどう思ってるわけ? 私はもう、そりゃ反省してるわけだけど。学もそうでしょ?」

「そりゃなぁ」


 学は冷めた焼き鳥を口に運びながら頷く。本当に反省してんのかしら。


「沖田……」

「聞いてねぇ……」

「まっ、洋の言う事も一理あったと思うわよ。守はそんなつもりないでしょうけど、私も含めて洋が何も出来ない子だって決めつけてた節はあるわけだし。それが頭に来るのは当然よね」


 自分だったらと置き換えればわかった事。私達にはそれが欠落してた。自分の意見に一生懸命だから、洋に寄り添ってるようでそうじゃなかった。

 今思えば、無傷で帰って来たからって、おかえりが言えないなんて薄情だわ。


 守はグラスの縁を指で少しなぞり、力無い声で答える。


「別に、何も出来ないと思ってたわけじゃない。ただ……ただ……どうにかしなきゃいけないって気持ちがあって、それが、その、言い方が悪くなって……だから、沖田の事を見下してるとかじゃない……うん……」


 しょげる守の背中をポンと一叩きする学は「わかってるよ。おれ達はな」と兄らしい口調で声を掛けた。


「でも、帰って来ないなんて思ってなくて」

「だろうな」

「ずっと一緒に居るもんだと思ってて」

「でしょうね」

「だから、今更沖田が居ない人生なんて……生きてたくない……」


 涙声で絞り出される一言に全てが詰まってる。守の両親が言っていたように、洋ありきで生きて来た守には今は死んでいるようなもの。

 身なりも整えてないで一カ月引きこもるくらいだもの、生半可な気持ちじゃないわ。


「守は本当に洋が好きなんだな。ま、昔からだけど」

「別に好きじゃない……」 


 は……? ジョッキを持つ手に力が入る。そんなわけないでしょと苛立ちも混ぜて返した。けど返事はない。

 学を細めで見るとは思い切り首を縦に振った。


「守さん? えっとですね、それは世間的にはですよ? えっとですね、それはですね」

「聞きたくない!」


 守が自分の気持ちから逃げようとする。バカね、逃げるから傷つけちゃうのよ。


「洋の事好きなんでしょ。ずっと。昔から。わざと好きじゃないって言って周りからセット扱いされるの望んでたんじゃない? ねぇ、

「違――」


 こっちは気持ちそれを確信してるんだからね。絶対に逃がさないわ。


「くない! さすがにもう無理があるわ! 洋が居なくなって引きこもって、ずっと一緒がいいとか言うくせに好きじゃない、は無理! 守。アンタね、ずっと洋が好きなの! 誰にも取られたくないけど小学生みたいに素直になれなくてツンツンしちゃってたの! 土方守は、沖田洋の事が――」


 酔っ払ってるからか青い瞳を潤ませて、弱々しいしくも切なげな表情をしてるけど容赦しない。

 散々独占欲全開にさせておいていざ向き合って言われたら違うだなんてありえないもの。


「好、き、な、の、よ!」


 守は既に赤かった顔をさらに赤く染めていく。わかりやすく動揺して、口をへの字にしたり緩めたりと大忙し。


 少し長いの沈黙後、学が破りに行く。


「で、どうなの。守さんや」

「…………えと……」


 守の目は泳いでる。もうざっぷんざっぷんよ。ド直球に言われて観念したのか、俯いて小さくなる。


「…………す」

「は!? 何! 聞こえない! ちゃんと言いなさい!」


 さらに圧をかけると肩を跳ねさせた。


「好、き、で、す!」


 おぉ……よく言ったわ。言ってしまったとまた顔を突っ伏す。私と学は拍手してあげる。偉い。

 しかしそれも束の間、守は半べそをかきながら怒涛の本音を吐き出し始めるの。


「俺が1番好きなのに、何処に行ってんだよぉ」

「おっとぉ……?」

「翻訳家がすごいって言うからこの道選んでさ、大学卒業して2年くらい立ったら扶養に入れようと思ってたのにさ」

「待って。扶養って……えっ、結婚する気でいんの!?」


 いや、だろうなとは思ってたけども。ちゃんと結婚しようとしてるのに好きな事は隠すってどういう事よ。理解不能過ぎる。


「そうじゃないと一緒に居られないだろ。誰かの物になったらイヤだ! なのにお前は沖田の事グラドルなんかにしようとしやがった! 死ねばいいんだ、お前は!」

「ごめんって! あん時は兄ちゃんが悪かった! ごめんな!」

「なぁにが兄ちゃんだ! お前が兄ちゃん兄ちゃんって言うから、洋が小学校中学年くらいまではお前の事を見てぽやってた! 死ね!」

「やだぁ……おれってば、まだ嫌われてる!」


 泣きながら酒飲んで本音撒き散らして。情けない通り越して可哀想になって来たわ。学は胸ぐら掴まれて往復ビンタまでされてる。


 にしても、離れないと思ってた驕りが仇になってる。幼馴染なら言わなくても汲み取ってくれると思い込んでいたのね。


 学は頬を腫らしながら、水を飲ませようとグラスを変えても、守は酒にばかり手が伸びる。


「今この瞬間も、他の誰かと一緒にいるって考えるだけで吐きそうだ。それが男でソイツの家に入り浸ってたら? そんな事してたらイヤだ。洋が居ないのいぃやぁだぁ!」

「まぁ洋は性格難ありでもビジュがいいならな。その気になれば男の1人や2人引っ掛けられるだろ? 神霊庁に保護されてるっつっても、どう保護されてるのは秀喜は教えてくれないんだし。もしかして秀喜ん家に居たりしてな。金あるし」


 守の顔が青ざめる。学って本当バカね。なんで自分から嫌われに行くのかしら。

 目の前で兄弟喧嘩のよう――いや、守の一方的など突きが繰り広げられている。


「そうだ……伊東はなんで教えないんだよ……あいつ殺そう……そうしたら沖田の場所も割れる……」

「ダーッと!? ダメダメ! ステイステイ! 殺さない! 顔が本気ッ!」


 ゆらりとふらつきながら立ち上がる守を止めるのも学。兄ちゃんって大変ね。


 その後も一通り洋への想いを言いたいだけ言って満足したのか、トロンとした目は完全に閉じて寝息を立てる。

 目尻から一筋の涙が垂れると、さっきまでの勢いが嘘のように切なさが込み上げて来た。


「会わせてあげたいけどね……」

「悪いのは、おれ達だもんなぁ……」


 洋に連絡する勇気はまだ出ない。メッセージアプリが消えてから、電話をかけて着信拒否されたらどうしようという不安が邪魔をする。


 守が苦しむように眠る中、私達は洋とまた笑い合える方法を話し合う。

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