良くない事がまた起き始めている。晴太が晴太でなくなったら、一体誰になる?
きっと、普段行っているイタコの仕事とは異なる憑依だ。
いつだって、なんだってどうなるかはわからない。晴太が自ら望んで体を渡したとしても、状況が悪いことに変わりはない。
「学! アンタこの間除霊のやり方習ったとか言ってなかった!? 晴太の中にいるの追い出しなさいよ!」
祈が学を責めるように吠える。習ったからと言ってすぐに実践出来るものではない事、そして意味を成さない事も祈は理解している筈だ。
現代に残された側の絶望感は、沖田の行方がわからなくなった時とは違う。頼りにしていたリーダーを失い、途方にくれているのだ。
「兄貴、晴太は……」
『体はなんともねぇよ? でも、なんつぅか……晴太じゃねぇよ……話しかけずれぇもん』
俳優としてフレンドリーで親しみやすく人懐っこいで人気を集めていた学の声が震えている。
『洋斗じゃねぇけど、怖ぇよ。なぁ、あんた誰だ? 普通に話せんのか?』
『……』
学の問いかけに応じた様子はない。こちらに聞こえないだけかと思ったが、学も返事をしないし話さないようだ。不気味な時間が流れる。
「ネリー、行方不明者のリストを開いてくれないか。まだ俺のパソコンのタブが残っているはずだ」
「ワカッタ!」
「リストから憑依しそうな人間を絞り出す。祈と伊東はネットに転がっている情報で構わないから、行方不意者の過去を調べてくれ」
「えぇ……でもその気になれば誰でも憑依出来るんじゃないかしら? だって突然死んだのよ?」
祈は無駄なんじゃないかと言いたげに表情に影を作る。言う事はわからないでもない。が、諦めのつく年齢があるはずだと思う。
皆がとは言わないが、ある程度歳を取っていれば仕方がないとはならないだろうか。
もしこの世にやり残した事や未練があるならば、それは先の長い若者じゃないだろうか。
ネリーがノートパソコンの画面を見せてくれる。リストには居住地、名前、そして年齢が記載されている。
晴太の言って居た通り、年齢だけで言えば永倉夫婦の可能性が高い。
まだ30代半ばでの死――全て上手くいっていた人間が、自分の人生の終わりを受け入れられるか?
しかし決めつけるのはまだ早い。祈の言う通り、全員に可能性がある。だから、可能性のあるものは全て試す。結局、それが1番の近道だ。
「生きたいじゃなく、生きなきゃと思ってる人間の意思の方が強い。過去を知れば、この禁忌を終わらせる方法がわかるかも知れない」
「で、あれば……やはり子供が居たという永倉夫婦を疑うべきでは?」
伊東も同じことを考えている。だが沖田が救わなければならないのは全員。過去を知れば、沖田もすぐに救えるかも知れない。
「あぁ。だが憑依だって1人2人とは限らない。しかもこの地震を止めなければ仕事としても終わりがない。沖田達が少しでも早く帰ってこられるように。頼む」
俺は3人に腰を折って頭を下げた。
「思いツイタことをやる。この禁忌の終わりがワカラナイなら、ヤロ!」
ネリーの明るい声が他2人の賛同を誘う。4人が過去で奮闘しているのなら、俺達だってそのサポートをしなくてはチームでない。
沖田達が合流するまで、学にはなんとかして耐えてもらわないと――
◇
「マジさぁ、いい加減話せよ! 晴太じゃねぇなら誰なんだよ!」
晴太の姿で黙りこくった何かが立っている。目付きといい、オーラといい、晴太とは何かが違う。
壁掛け電話から女性の声で「早く早く」と急かす声が大きく聞こえる。
「なぁ! 助けてやるから名前くらい言え!」
受話器に向かって叫んでも、おれの話は聞いちゃいない。
落ちつけ、おれ。まずは深呼吸だ。山の空気は美味いはずなのに、重苦しい雰囲気を吸ってさらに気分が悪くなる。
気持ちが落ちているから、もしかしたら霊が入り込みやすい体になっているってか?
それはまずい。何か気を逸らさないと。どうせ話さねぇんだし、洋達が来るまでは自分を保ってねぇと――。
「祈さん?」
『何よ!』
「おれの嫌いな所5個言って!」
『ハァ!? 私忙しいんだけど!』
唐突なお願いに、祈の声は荒々しくなる。
「マジマジマジ! 気を逸らさねぇとおれまで体乗っ取られそう!」
『祈、言ってやれ。兄貴にまでそうなられちゃあ、どうにもならん』
守のアシストで祈は仕方ないわねぇと、腑に落ちない様子ながらも要望に応えてくれた。
そして絶対に傷付かないでねと3度繰り返した。
『全部軽いから信用に欠ける。顔はいいのに下半身で失敗してるからブスに見える。お兄ちゃんキャラ確立させたい割には頼りなさすぎ。隙あらばおれ語り。借金あるくせにゲームにお金使いすぎ。あと歯磨きしてない日、口が臭すぎよ』
「ア――ッ!」
言い過ぎでは!? 祈っておれのことそんな風に思ってたの!?
てかもう嫌いな所飛び越えて、おれの事嫌いじゃん?
祈は別に嫌いなわけじゃないと言うものの、フォローにもならない。
膝を落として地面に手をつく。こんなに言われると思っていなかったから、シンプルに傷心しちゃう。
『さりげなく6個言ってましたね。違約金は払ってもらわないと困りますから、課金はほどほどにしてください。父親には報告しておきますね』
「秀喜くぅん、追い討ちかけんのやめてぇ?」
何はともあれ、この状況の恐怖には打ち勝った。晴太でない誰かを目の前にしても、ボロクソ言われた後ならなんて事ねぇ。今おれが怖いのは、帰った後の皆の反応だ。
「お前のせいでめちゃくちゃ傷ついたじゃねぇか! このタコ! バカ霊! ずっと話せないいくじなし! どうせ永倉のどっちかだろ!」
体は晴太だが、話さないソイツに小石を投げてやった。完全に八つ当たりだ。
コイツが話せばおれはこんな思いせず済んだんだ。絶対に許してたまるか!
「やっと、話せた……」
微動だが、晴太の足が少し動く。そして両手の指の動きを確かめるように、開いては閉じを繰り返した。
「え……あ? 何、マジで永倉のどっちか?」
「そうです。お電話した、永倉です……それで、助けて頂けるんですよね? というか救助隊は? 自衛隊とかではなく、貴方が? 怪我をしていたらどうするんです?」
急にめっちゃ話すじゃん。多分話し方からするに、旦那の方か。
まだ体は生きてると言うけど、晴太の中に入り込んだ時点で多分死んでいる。生き霊でも憑依は出来るって教わったけど、晴太は生き霊は入れないようにしてるって言ってたしな。
晴太が自ら体を渡したなら、生き霊じゃねぇ。
「とりあえず体を探して欲しいんだろ? 永倉サンは地震の時どこに居た?」
「まいったな……一般人に頼んでも助からないぞ……」
全然おれの話は聞かねぇじゃん。頭を掻いて大袈裟にどうしようと何度も呟く。おれが目の前に居てもアテになんかしてねぇの。
危機的な状況の時って誰かいるだけで安心したり、協力するもんじゃないんだな。
「あのさ。まず自分の状況理解しろ? ほら」
おれはガラケーをインカメラにして永倉に手渡した。すると目を見開いて、晴太の顔でみるみる絶望していく。
「だ、誰だこれはァ! な、なん、誰なんだ!」
人のガラケー落として大パニック。髪の毛を掻き乱し、自分に戻れと叫び続ける。入って来たのは自分のくせに、晴太の方が霊体みたいな言い方。人の体なのに構わず叩く、引っ掻く、抓ると傷付けるのを止めない。
生きている人間みたいなタチの悪さだ。
永倉の腕を捉え、掴んだ手のひらに力を込めて動きを封じた。
「この体はおれの友達のモンだ。助けてやるから大人しくしろよ」
普段はチャラいと言われても、今回ばかりはふざけてられない。祈のおかげで恐怖も飛んだ。
永倉は観念した様子で項垂れ、近くの落石に腰を掛ける。自分が何故栗駒山に居るのか、そして地震後にどうなったのかを話し始めた。
「家族で旅行に、来ていたんです。そこにある建物が旅館で……宿泊手続きを終えて辺りを散策しようとしたら地震が来て、宿に戻ってすぐ……山が崩れて……生き埋めになったんです、恐らく他にも人がいました」
ネットの記事のまんまだ。他に人が居たと言うが、辺りには気配がない。旅館はもう少し上の方にあったらしく、土砂に押し流されて建物ごと雪崩れて来たようだ。