『それって霊感あるってことじゃないかな』
「思ったことが本当になるだけですよ? ボクは霊感なんかないですぅ!」
繋がれたガラケー越し、近藤さんへボクの特技について相談してみた。霊感なんて言われから、背筋がゾゾゾと寒くなる。
そんなに怯えなくても大丈夫ですよと言ってくれるけど、怖いものは怖い。
『言い方を変えれば第六感です。五感を超越した感覚で、倫理的には説明がつかないけれどなんとなくわかる……みたいな。直感に近いですかね。霊が見えたり、気配が感じるだけでも霊感あると言うし。ごく稀に神様に体を乗り移られたりするみたいけど、僕は会った事がないな』
神懸かりって言うんだと付け加えたけど、頭に全然入ってこない。神様に体取られちゃうなんて嫌だよ。
「直感だけで大丈夫! 神様とかいいから、直感でお願いしますッ!」
『そんなトッピング決めるみたいに言われてもな……とにかく、今の段階ならあまり深く気にしなくて大丈夫ですよ』
近藤さんはボクの特技を分析してくれる。バカにしないでちゃんと聞いてくれるんだ。
近藤さんは頼りになる。霊とかは苦手だけど、近藤さんが居ればお祓いとかしてもらえるみたいだし、大丈夫だよね。
「ダサ。霊くらいでビビって」
「ダサくないやいッ! 自分だって禁忌怖いとか言って土方くんに抱きついてたくせに……」
「土方だけじゃないですぅ、祈とネリーにもやりましたぁ」
「ギィッ!」
洋さんはボクにあっかんべーと舌を出して、全力でバカにしてくる。ボクも負けまいと歯を食いしばって見せるけど、洋さんはさらに舌を長く伸ばすだけだ。
売り言葉に買い言葉。近藤さんの咳払いは言い合いを止める。
『藤堂さんの場合はまだ力とも言えないし、偶然かもしれないからね。そんなに怖がらなくていいよ』
「ほら! 晴太くんが怖がってる認定したからアンタの負け!」
「ちぃがぁうぅ! そういうのじゃなくてぇ!」
ボクらお互いを貶し合うのに夢中になって、今の状況をすっかり忘れていた。
どちらも躓こうが転ぼうが、心配ではなく相手の弱点に変わる。
ガラケーの向こう側で土方くん達が呼びかけているのにも気付けない事もしばしばあった。
その度に怒られて、しゅんとするけどまた喧嘩しての繰り返し。
「その変な特技が本当なら下山するまでの経路探せよな!」
「いいよ! やるもん!」
洋さんに煽られ、興奮しながら目を瞑る。瞼の裏に浮かぶのは――特にない。
「な、なんにも浮かばない……!」
「ほらみろ! ただの妄想じゃねぇか! アタシを助けられたのも偶然だな。まぐれまぐれ」
勝ったと高笑いしながら洋さんは薙ぎ倒された大木を軽々乗り越えていく。
なんだかうんと悔しくなって下唇を噛んでしまう。
◇
「洋と藤堂さん、ずっと喧嘩してるね」
「なんだ、嫉妬か?」
学さんと歩く山中、僕は少し疲れていた。学さんの問いかけに答えようとガラケーを一旦切り、リュックを背負い直した。
「嫉妬……じゃないんですけど、どうしてあんなに似てるのかなとは思いますよね。苗字も生まれた場所も違うのに、あんなに双子みたいに似てる事ってあるのかな?」
「普通はねぇだろ。普通は、な。でもな? 呪われるとか、禁忌だとかやってるおれ達が、今更普通とか求めちゃいけねぇよ。あの2人は会うべくして会ったんじゃねぇの?」
負傷した背中を丸め、ゾンビのように歩く学さんが真っ当な事を言う。
出会いは必然って言うくらいだから、何か理由はあるはずなんだ。
さっきの話で特技がもしも呪いの片鱗で、八十禍津日神が引き合わたモノだとしたら説明がつく。
僕を含め、呪われているメンバーは瞳の色が変わる。だけど藤堂さんは祈と同じような茶色だった。だからその線は薄い。
呪われてる人が増えたら、神霊庁はまた嫌な顔をするだろうなぁ。力があるだけで呪われてるわけでないけど、周りからしたら洋と関わってるだけで呪われてるようなものだもんね。
にしても――いろんな事を覚悟して新撰組を作ったけど、張り切りすぎて息が詰まるや。
皆と仲直り出来たのは良かったし、洋も元気なのはいいんだけど。
今回からの禁忌は、組織の責任者って立場の重圧が付き纏うんだ。
勿論全てが上手くいけば楽なんだけど、被害や損害が出てしまったら責任を取らなきゃいけない。
その責任はどうとるのかと言えば、伊東さんを頼るしかないし、守にも副長って役職についてもらってるから頭を下げてもらうことになる。
友達だからこそ頼みづらいというか、出来ればお願いしたくないというか。でも1人じゃどうにも出来なくて……いろいろ考えると疲れちゃうや。
「おっ、建物があんぞ! ちょっと休もうぜ!」
学さんは痛む体を引きづりながら、少し早足になる。不安定な斜面も、体を休められるとなれば、難なく降りられるみたいだ。
僕もほっと一息吐いて学さんに続く。足の裏に石や土の感触を感じながら、時々滑るようにして。
「なんか体が怠い……違う、これ――!」
建物が目と鼻の先に来た途端、僕の体に人がのしかかる重さが襲う。
肩や背中、腰も何かに掴まれているような、生気を吸われる感覚だ。
激しい頭痛、吐き気に襲われる。霊が我先にと、僕の体へ無理やり入り込もうとしているんだ。
「晴太くん」
ハッキリ聞こえた。僕を呼ぶ声は、洋のものだ。目玉動く限り動かして見るけれど、勿論居るはずがない。ガラケーだって閉じたまま。
「ねぇ晴太くん、どうしてこっち向いてくれないの? アタシの事、好きなんじゃないの?」
山の中で名前を呼ばれても返事はしていけない。これは鉄則だ。洋の声で僕を呼び、隙をついて入り込む。そして2度と帰れないようにする。いや、この場合は僕になりきって生きるつもりだろう。
「アタシは晴太くんの事、好きなんだけどなぁ……」
何度も何度も洋の声で弱点をくすぐるような甘い声で僕を呼ぶ。でも甘いね。洋は絶対にそんな事は言わない。好きだと伝えても、そっけない返事しかしない。
だからこの声は、霊の仕業だ。
僕らがこの山に呼ばれた理由を理解した。生き埋めになり、これから先も自分達が見つからないと悟った行方不明者達が
生きているのに見つけてくれないと悲劇的な思考が怨みに変わり、学さんが霊聴の能力を手にした事で僕らにアクセスしやすくなった――。
だから、永倉夫妻は僕らを呼んだ。
救われるなら魂、いや、生きたままでと願ったからこそ、人ならざるものになろうとしている。
だとしたら、奥さんの「壊してしまいそう」というのも納得できる。人の気は、亡くなっても残るからね。
きっと僕らはこの人達を怨霊にしないよう救いきらなければ現代には帰れない。それに向こうは僕らを帰さないつもりだろう。
見えない何か――霊に縛られた体をなんとか動かす。ガラケーの通話ボタンを押し、手から滑り落ちそうな寸前でスピーカーにする。
「洋!」
『何? 晴太くん?』
藤堂さんと喧嘩中だったのか、声は刺々しい。そうそう、洋はこうでなくちゃ。
「僕はね、君の事が本当に本当に大好きなんだ! だからね、僕が一緒じゃなきゃ現代には連れて帰らないから!」
「晴太、何言ってんだ? 今そんな熱い告白してる状況じゃねぇだろ」
学さんが僕を見て呆れた様子。でも僕には策がある。
ここにいる霊達は、他の器を探してる。それは入り込みやすい、生きた人間だ。
僕が洋を想う事をアピールする事で、洋達を建物に引き寄せるようにするはず。
でも入り込むには距離がありすぎてそれが出来ない。僕らが霊に導かれ、体に入り込める範囲に足を踏み入れたのなら、洋達をここへ引き寄せればきっと4人で合流できる。
もしも八十禍津日神に呪われた洋には入り込めなくても、呼び寄せを辞めることはないだろう。
気の弱い藤堂さんに入り込みたいだろうから、霊達は彼を呼びたいと思うんだ。
とにかく、4人集まる。
そしてそこから永倉夫妻を含めた行方不明者の遺体を探せばいい。魂の救済は、洋に涙を流してもらえば成仏できるはず。
霊力の弱った僕は複数の霊に耐えるのは限界だ。誰かを入れなきゃ、身が持たない――!
霊感があるって、仕事じゃなければ超不便だ!
「いいかい!? 今からそこにいない誰かの声で名前を呼ばれても返事をしちゃいけないよ! 現代も過去も! 振り返ってもダメだ! とくに藤堂さん、怖くても耐えて!」
『うぇええ! なんでぇ!?』
説明している暇はない。とにかくそうしてと念を押し、導かれるままに道を辿れと指示を出す。
そして不思議な動きをして顔を歪める僕を見る学さんは、何が起きてるんだと汗をかきながら慌てている。
「学さん、僕は今から僕じゃなくなります。行方不明者の中の誰かになる」
「なんだよそれ! イタコの力使うっていうのかよ!」
僕は小さく頷いた。
「今は、今だけは! 1人でなんとか頑張ってください――あとは洋がなんとかしてくれるはずです。洋、聞いてたね!」
洋が魂を救うまで、僕は居なくなる。意識を失うか、自分の中で他人のように自分を見るかのどちらかだ。
イタコの力が弱く、かつ、おばあちゃんの居ない恐山以外での場所で儀式なしで憑依されるなんて賭けでしかない。
除霊を学び始めた祈や学さんに頼れるようなレベルの霊じゃないし、本当に洋しかないないんだ。
『あとでひっぱたいてやる』
ふざけたセリフでも確かな信頼を寄せれる声がする。君なら出来る。僕は信じてる。
「洋のそういうところが好きだよ」
僕はその言葉を最後に、全身の力を緩めて、生きたかった誰かに体を開け渡した。