ピクリとも動かない女子高生の顔を、慌てて覗き込む。見たこともない青白い顔色、身に覚えのない頬にある擦り傷。それでも正真正銘、理莉本人に間違いなかった。
「……うそぉ!もしかして、私ってばっ、死んじゃったのぉおーーっ⁉︎」
そして、すぐに心得る。――なるほど、今の自分は魂とか幽霊とかいうものに違いない。
辺りを見渡すと、ガードレールに大型トラックが突き刺さっていた。
悲鳴を上げる人、スマホをこちらに向ける人、救急車を呼ぶ人……。それなのに、その中の誰一人として自分と視線が合わない。
駆け寄ってくる人々が、何の抵抗もなくスイスイと、自分をすり抜けていく事に愕然としながら、やはり、そういう事なのだろうと、妙に納得する。
「…死んじゃったぁ……」
そのまま言葉を失い、
だって、自分の死体なんか直視できない。
これからどうなるのだろう。クリスマス・イブだけに、天使でも迎えに来てくれるのだろうか。それなら、ちょっとお目にかかってみたい気もする。
ほんの少しの期待を込めて、それでも、まだ現実を受け止めきれない心は、祈るように降り続ける雪をただ見つめ続けた。…こと、数秒。
――ハッ……!
「いやいや、ダメじゃん!死んじゃ、だめデショ!」
天使が舞い降りてくる気配は、とりあえず、まだ、ないっ!
見知らぬ通りがかりの人も、必死に助けようと救助を頑張ってくれている。
今のうちに、体の中に戻りさえすれば、何とかなるんじゃないかと思いつき、理莉はガバリと、自分の体に抱き着いた。ところが……。
ぐいんっ!
「きゃあ⁉︎」
体に触れる直前で跳ね返される。
勢いよく道路にひっくり返る。
磁石の同局同士が反発するように、体の中に戻れるどころか、触れることすら叶わない。
「な、なんでぇ⁈」
理由など分かるはずがなかった。しかも、
とにかく、今度こそは
けれども、体と魂の間にある薄い
――どれくらい、たったんだろう……
ギュゥっと固く閉じていた目を薄く開ければ、降り止む気配のない雪が
上に、上に…音もたてずにしんしんと、心の中に降り積もる、――絶望感のように……
それを振り払う術が、理莉にはもう、到底わからなくなっていた。
近づいてきた救急車のサイレン音。
その響きに諭されたように、理莉はとうとう腕を緩めると、観念したかのように、ゆっくりと体を起こした。
「……はっ、あははは…は、(どおしよう…全然ダメだぁ……)」
笑っているはずなのに、ハラハラと涙がこぼれた。手の震えが止まらない。
寒さのせいではない。そんなものは、もうとっくに感じなくなっている。すでに今、頬を伝う涙の感覚さえ、はっきりしない。
自分が存在するための大切な何か。
それらが一つひとつ失われていくような感覚。その恐怖に、震え、吞み込まれそうになった時だった。
『泣くなっ!バカッ‼︎』
そう、叱咤する声が聞こえた気がして、理莉は慌てて前を見た。
涙で滲む視界に、未だ横たわる自分の肉体が映る。
――あれ…なに?
うっすらと白雪積もる胸元に、何かがキラキラ輝いていた。
雪かとも思ったが、どうも違う。その“何か”は、光の粒を集めながら、ひときわ銀色に輝きはじめる。
くるくると渦巻きながら、雪合戦の雪球…というよりは雪うさぎ、そして、雪だるまの大きさにまで成長すると、どういう訳か理莉と目が合った。
金色のボタンのような感情のない瞳が、白銀のウールバッツに付いている。
そして、その空っぽの金瞳を理莉に固定したまま、ふわりふわり浮かび上がり、南の空に止まったのだ。
まるで星座のよう。
小学校の図書室で読んだ、“冬の星座”に出てくる『おおいぬ座』のイラストを思い出す。鼻先に光る一等星の名はなんだったか――。
「シリウス……?」
理莉が呟くと、それに答えるように、あっという間に形を変えた。今度は白銀に輝く被毛を纏った巨大な子犬が現れ、空虚だった金色の瞳に意思の光が灯る。
「シリウス!いいね。ぼく、シリウス!」
嬉しそうに、ひときわ響く遠吠えをすると、全速力で雪空を駆け回り始める。
尻尾で雪を舞い上げては、クルクルと追いかけ、飛び回り、そして、いきなり急降下し始めたと思ったら、その勢いのまま、理莉の胸に飛び込んで来たのだ。
――ドォンッ!
「おふっう!」
「理莉ちゃん!スキすき!好き!超ぉ〜大好き‼︎」
「⁉︎……、ちょ、ちょっと、待っ……」
頭をグリグリと押し付けて、撫でて、構ってと、圧がすごい。子犬とはいえ大型犬ぐらいの大きさなのだ。簡単に後ろに押し倒され、のしかかられる。
湿った鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぎ、顔を舐める。首元で揺れるふわふわの毛……。
そのあまりのかわいらしさに、理莉は思わず両手を広げ、大きな毛玉を抱きしめた。
抱きしめることが、できたのだ。
――ギュゥううう……(暖かい……)
その事実に、あやふやだった自分の輪郭がはっきりしていくような気がした。不思議と恐怖が和らいでいく。それなのに。
「ねぇ、理莉ちゃん。早く体の中に戻らないと死んじゃうよ?」
「……ん〜?(かわいい)」
「あのね、早く失くした記憶を思い出さないと、体の中に戻れなくなっちゃうと思うんだよ」
「んんっ?……え?な、なに?何のコト?」
ホッとしたのも束の間。
このキラキラと輝く銀色の子犬は、不思議そうに首を傾げ、理莉が想像すらしていなかったことを言ったのだ。
「理莉ちゃんはね、記憶喪失になっちゃったんだよ?わかってる?」
「え…?……ぇええええ〜〜ーっっ‼︎」