愛里は快の手を引きある場所へ案内する。
そこは住宅街の中にある空き地だった。
「ここって……」
快は何となく察する。
直前にロンからも話題に出されていたから。
「火事になった前の家。今は取り壊されたんだ」
やはりそうだった。
流石に時が経てば綺麗な空き地になっている。
「そして私の罪の場所……」
罪という言葉を出した愛里。
快はその意味がまだ見いだせずにいた。
しかしそれこそロンに指摘された事なのだと思った。
「罪ってどういう事?何か秘密があるなら聞かせて欲しい……」
勇気を振り絞って聞いてみる。
すると愛里は寂しそうに微笑みながら快の顔を見た。
「私が火ぃ点けたの」
その真実の言葉を聞いた快は驚いてしまう。
しかし彼女を悲しませないため動じないフリをしようと思ったが驚きは隠せなかった。
「あ、そ、そうだったんだ……」
態度に恐怖や悲しみなど様々な感情が溢れてしまう。
それが愛里を傷つけてしまわないか不安にもなった。
「やっぱり引くでしょ?人殺しになってたかも知れないもんね」
悲観的になり過ぎた愛里が悲しそうに言う。
「で、でも子供だったんだし……っ」
快も必死にフォローしようとするが上手くいかない。
愛里は何も不思議ではないような表情をしている。
「いいよ無理にフォローしなくて、罪に変わりないもん」
半ば全てを諦めたような表情の彼女に快は疑問を投げかける。
「な、何でそんな事したの……?何か事情があったんじゃ……っ」
すると愛里は答える。
「事情、自分勝手な事情だよ……」
何故彼女がこのような事を行ったのか快に伝える。
「パパもママもお兄ちゃんばっか構うの、だから火を点ければ私を心配してくれると思った」
苦しい過去を思い出しながらそれを快に伝えていく。
「でも結局は私より火傷したお兄ちゃんを心配してた。それから家族とは上手く話せなくて、火ぃ点けたのもこの間バレちゃってね……」
そのまま愛里は再び涙を流す。
「何でぇ?何で誰も一番に愛してくれないのぉ……?」
両手で顔を抑えながら自らの境遇を嘆く。
「あの時助けてくれた英美ちゃんも死んじゃったし、さっちゃんとは喧嘩しちゃったしもうどうすれば良いのっ?」
正直快はまだ彼女を抱きしめる勇気はなかった。
しかし想いならある。
「俺は……っ!俺は君の事ちゃんと……!」
そう伝えて心を救おうとするが愛里はスマホの画面を見せて言う。
「これ、さっちゃんからのメッセージ」
その通り画面には咲希から送られて来たSNSのメッセージが表示されていた。
「快くんと関わった理由ね、その通りなの」
そのメッセージには愛里の快と関わる行為は偽善であり兄への罪滅ぼしでしかないと書かれていた。
「どういう事……?」
「お兄ちゃんね、自閉症だったの。そんな人を傷つけちゃったから同じ快くんを救えば罪を償えると思ってた、でも意味なんかなかったんだよ……」
スマホを仕舞い愛里はその場から去ろうとする。
「ま、待ってよ……!」
まず快が発達障害持ちだと気付いていたらしい。
そこに驚いたが今はそこを突っ込んでいる場合ではない。
しかし愛里は振り返らずに快を止めた。
「私ただ快くんを利用してただけ!自分が救われるための都合良い存在だって思ってた!だからもう関わらないで!」
震えた声で強く言いつける。
快は思わず足を止めてしまう。
「っ……!」
そのまま愛里は静かに、しかし寂しそうに去って行った。
快は取り残されてしまい心の中で悲しむのだった。
『やはりこうなった』
その様子を遠くからロンの思念体が見つめていた。
彼が予見した通りになってしまったのだ。
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快は静かにアパートに帰って来た。
買い物は中断してしまったため自炊をする事は出来ない。
片付けも中途半端のままだ。
「あ、雨……」
外を見ると雨が降り始め今からまた買い出しに行く気力も削がれる。
愛里に言われた事を思い出しながらボーッと雨が窓に打ちつけるのを眺めていると外にはまだあの罪獣が。
相変わらずただ街を彷徨っている。
「きゃぁぁぁっ!!」
「あぁクッソ!!」
近隣の部屋や道路から悲鳴や壁を殴る音、そして怒号や事故の音なども聞こえて来る。
全てはあの罪獣のせいだと言うのか。
「(与方さんの苦しみか……)」
ロンが言っていたように本当に愛里の苦しみがあの罪獣から拡散されて皆の心を苦しめているというのなら愛里は今どれだけ苦しいのだろう。
「あぁやってパニックになるくらい辛いのか……」
自分もパニックを頻発していた時期があった。
つまりその気持ちは痛い程わかる。
それを愛里が今まさに抱えているなんて。
『ようやく理解できたか、愛里の苦しみが』
気晴らしにコーヒーを淹れようと準備をしていると背後にロンの思念体がおり快に話しかけて来た。
「ビックリした、ここまで来れるんだ」
『グレシアラボラスの周波が届く範囲ならどこへでも飛ばせる』
そのロンの言葉を聞いて快は一つ思った事がある。
「てか何で俺にだけ見えてるの?苦しみも伝わって来ないし、ゼノメサイアだから……?」
当然の疑問だろう。
まず考えられる要因はゼノメサイアの力を宿しているからというものだったためそれを問う。
『いや、それは違うだろう。現に君以外にも見えている者は存在する』
沸いたお湯をポットに移し豆を挽きながら快は驚く。
「じゃあ何が原因なの?」
『それは私にも分からない……』
ロンにも細かい事までは分からないようだ。
そのため快は必死に考える。
「ロンの気持ちが生んだ存在なんでしょ、ならそこにヒントとか無いかな?」
『私の気持ちに……』
そう言われて考え出したロンだったが彼もある疑問を抱く。
『しかし君がここまで真剣になるのは何故だ?ゼノメサイアだからか?』
挽いた前をフィルターに落としお湯を注いでいる快は膨らんで行く粉を見つめながら考えていた。
「与方さんの話を聞いて思った。彼女、俺との関係を自分のためって言ったんだ」
先ほど愛里に言われたばかりの事を話題に出す。
「それ言ってしまえば俺も同じな訳で。彼女は俺にヒーローになれるって言ってくれたから、彼女のヒーローになりたいと思ったから関わってる」
想いと同様に粉と化した豆も膨らんで行く。
「お互いに利害が一致した都合良い関係だったって事だよ、そこが一緒だ」
そして出来上がったコーヒーの味が均等になるように優しく少し回しながら言う。
「だからこそ一緒に進んで行きたいって思った。こんな気持ち初めてなんだ、このまま上手くやれれば真のヒーローになれるって思えたんだ」
少し困ったような優しい笑顔を浮かべて快はマグカップにコーヒーを注ぐ。
そして口を付けた。
「うん、また美味くなってる気がする」
その様子を見たロンは不思議そうな目で快を見つめていた。
『愛里と同じだと言うのか、君が……?』
「うん、それを伝えられたら良いんだけどな……」
するとそのタイミングで来客が。
ピンポーンと安い呼び鈴の音が玄関のドアから聞こえる。
「はーい?」
こんな時に一体誰だろうか。
疑問に思いながら玄関のドアを開けるとそこには見慣れた男が立っていた。
「はぁ〜、急に雨降って来ちゃってな」
それは瀬川だった。
傘は持たず全身が雨に濡れている。
「瀬川、どうした?」
暗い雰囲気の漂うこの街の中でいつも通り明るい瀬川が不思議だった。
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快の部屋に突然やって来た瀬川。
借りたタオルで濡れた体を拭きながら床にドカっと座る。
「いきなり悪いな、ちょっと用事があって」
すると隣にいるロンの思念体の方を見て声を上げた。
「あれ、犬飼ったのか?てか拾った感じ?」
なんと瀬川にはロンの思念体が見えているのだ。
ずっと快にしか見えないものだと思っていた。
「え、見えるのか?」
「何だよそれ、あの罪獣じゃあるまいし」
更にそう言いながら窓の外を歩いているグレシアラボラスを指さす瀬川。
まさか罪獣まで見えているとは。
『グレシアラボラスが見えているのか⁈』
思わずロンも瀬川に話しかけてしまう。
当然のように驚く瀬川。
「えぇぇ犬が喋ったぁ⁈」
その場にいる全員が今まで有り得なかった事に遭遇し驚いているというカオスな状況になりながらも必死に冷静さを取り戻そうとする。
「よーし落ち着け。罪獣が出る世の中だ、喋る犬がいてもおかしくない……」
しばらく黙り込み状況を受け入れようとする瀬川。
そして何とか話題を戻す。
「で、俺に罪獣が見えてるって話だよな」
『あ、あぁ……』
その切り替えっぷりにロンも少し驚いている。
「Connect ONEの中でも話題になってたよ、見える奴と見えない奴がいる」
『組織の者なのか……』
「そんで俺は長官に頼まれたんだ、他に見えてそうな奴の話を聞けって」
「え、それって……」
「あぁ、俺はお前には見えてるんじゃないかって思ったよ。案の定だったな」
それを聞いた快とロンは前のめりになって瀬川に尋ねる。
「組織は何が原因だって言ってるんだ⁈」
ここまで理解しているという事は原因まで突き詰めている可能性が高い。
それを察して問い詰める。
「インディゴ濃度」
「は?」
すると訳の分からない言葉が返って来た。
思わず聞き返してしまう。
「俺らもよく分かんないんだけどな、科学者たちが言うには人間にあるインディゴ濃度ってのが高いやつが見えるらしいんだ」
訳の分からない話だ。
そんな話は理科の授業でも聞いた事がない。
「だから俺もお前もインディゴ濃度が高いって事だな」
それが何なのかが分からない。
しかしその話を邪魔するように隣の部屋に繋がる壁がドンと叩かれた。
「ぅおぅっ」
そこから聞こえる怒号に驚く瀬川。
「なんかこの辺治安悪くね……?さっきも事故ってんの見たし……」
どうやら真相は分かっていないらしい。
そこでロンが説明をする。
『あの罪獣の力だ、ヤツは苦しみを拡散している』
「そうなのか?俺は何ともないけど……」
『恐らくそのインディゴ濃度が高いと苦しみも伝わらないらしい』
「なるほどね、その辺は謎だな」
あえてロンは自分の愛里を想う心が生み出した存在だとは伝えなかった。
それがバレれば組織は愛里をどうするだろうか。
「っ……」
わざと核心を伝えていないと快も察する。
なのでこれ以上言及はしなかった。
「んじゃ原因を突き止めないとな」
そう言って気合いを入れる瀬川。
対して快とロンには緊張感が走っていた。
「お、コーヒーじゃん。飲んでいいの?」
「あぁ、多めに淹れといたから……」
そして瀬川は快の淹れたコーヒーを飲むと帰る事にする。
「んじゃ頑張るわ、お前も頑張れよ」
そう言って玄関から出ていく瀬川。
扉を閉めると一安心し深呼吸をした。
「はぁぁぁ……」
様々な心配が生まれてしまった。
愛里の事もそうだがインディゴ濃度の話をされる前はゼノメサイアである事などを追及してくるものだと思った。
それを何とかやり過ごした快はへたり込むのだった。
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そして快のアパートを出た瀬川。
その頃には雨は止んでいた。
「快、なんか隠してるな……」
ゼノメサイアの事もそうだがそれ以外にも何か重要な事を隠しているのだと察する瀬川。
この事件の終着点はどこへ向かうのだろうか。
つづく