瀬川が帰った後、快はロンの思念体に見つめられながら自分で淹れたコーヒーを飲んでいた。
温かいものが喉を通ると落ち着きが訪れる。
「ふぅ、決めたよ」
『何をだ?』
「与方さんにしっかり伝えに行く。俺も同じだから一緒に進んで行こうって」
快は愛里が気に病んでいる事、快を自分の目的のための道具にしてしまった事をお互い様だと伝えに行くと決めた。
「よし……っ」
覚悟を決めて立ち上がる。
脳裏に浮かぶのは最後に見た愛里の絶望した表情。
自分も絶望を味わって来たため気持ちは痛いほど分かる。
「行こう、ロン」
そうして上着を羽織り靴を履き、快はアパートの扉を開けて外へ出たのだった。
先程まで降っていた雨は止み、湿気と匂いと絶望感が残る最悪な空気の街中でも少しだけ希望を持って快は進んだのだ。
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一方で愛里の家の前ではある人物が庭のロン本体がいる犬小屋に手を差し伸べていた。
「もうすぐだからね」
その人物とは愛里の友人だが今は喧嘩中の咲希であった。
雨が降っている間、傘をロンにかけていたため自身が少し濡れていた。
一体彼女はここで何をしていると言うのだろうか。
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『XenoMessiaN-ゼノメサイアN-』
第19界 オモイシル
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一方で愛里は快と別れた後、しばらく辺りをウロウロしてから自宅に戻った。
傘も持たず雨に濡れてしまったためだ。
しかし両親の事を考えると気まずくなり玄関の扉に手をかけるが中々開けられない。
「っ……!」
歯を食いしばり何とか手首を捻ろうとするがどうしても無理だった。
一気に気力が無くなってしまいその場にへたり込む。
すると庭の方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「もうすぐだからね……」
その声の主を察した愛里は庭の方へ歩みを進める。
すると予想通りそこにいたのは咲希だった。
犬小屋で静かにしている老犬のロンを優しく撫でている。
「さっちゃん……?」
その背中に声を掛ける。
すると咲希は静かに振り返り愛里の瞳をジッと見つめた。
「苦しそうじゃん」
いつもの物静かなトーンでその一言。
「だって……」
愛里は先ほど快に見せた咲希から受け取ったメッセージの事を思い出し少し気まずかった。
それ以前に喧嘩中の仲という理由もある。
「やっぱり創の事、苦しくなるだけでしょ?」
立ち上がった咲希はゆっくりと愛里に近付いて来る。
少しだけ圧を感じた愛里はそっと後退りした。
すると壁に背中が当たるのを感じこれ以上下がれなくなる。
そのまま咲希は愛里に迫り思う事を打ち明けた。
「慣れない事するもんじゃないよ、アンタは創や兄とは違う」
真意が深く汲み取れないような表情で続ける。
「理解できない人の偽善で歩み寄られても嬉しくないからね」
その言葉を聞いた愛里は表情をより一層暗くしその場にへたり込んでしまった。
「確かに私、ずっと自分の事ばっか考えてたな……」
これまでの快とのやり取りを振り返り迷惑だったのではないかと不安になってしまう愛里。
「これは罰なのかな?今凄く色んな人たちの苦しみが伝わって来る気がするの」
胸の辺りを押さえながら言う。
「自分勝手に傷付けた人たちの気持ちが心にスッと入ってくる感じ、苦しみを理解できるようになったからかな?今更遅いのにね……」
「愛里……」
「もちろんさっちゃんからも伝わって来る、ごめんね今まで……」
その苦しみは恐らく罪獣によるものだろう。
「(愛里は発信する分、他の苦しみも受信するんだ……)」
その事を理解し咲希は愛里に自分の今の状態を伝える。
「アタシは大丈夫、慣れっこだから」
そう言い愛里をこれ以上罪悪感で苦しめないように意識する咲希だが愛里の心は既に罪に苦しめられている。
「自分が苦しい想いをしてるから他人の苦しみが理解できるんだね……」
そして先ほどの快の事を思い出す。
「だから快くんはさっきも歩み寄ろうとしてくれたのに……っ!私何て事……!」
かつて愛里は快に拒絶せず歩み寄るように言った。
しかし今はまるで立場が真逆だ。
合わせる顔がないと思ってしまう。
「愛里、それでもアンタは……っ!」
咲希がそこまで言いかけた時。
背後のロンが苦しみ出した。
「ゥグッ……クゥゥンッ……」
吐瀉物を吐き明らかにこれまでに無いほど苦しんでいる。
「ロンっ!大丈夫⁈」
慌てて駆け寄る愛里。
咲希はすぐに提案した。
「動物病院にっ!」
そのまま二人は急いでロンを抱え近くの動物病院があるビルへ向かったのだった。
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自分の想いを伝えるため愛里の家に向かう快とロンの思念体。
道のりを走っている途中、明らかな異変がロンの思念体に起こる。
『グゥッ……⁈』
まるでテレビの故障のように思念体の像が乱れロンが苦しみ始めたのだ。
「え、大丈夫⁈」
足を止め慌てて駆け寄る。
しかしロンは思念体のため触れる事は出来ない。
快の力なしに自力で立ち上がった。
『ぜぇ、ぜぇ……時間がない、急ごう……』
その一言で快は全てを察する。
ロン本体の寿命が迫っているのだ。
「……っ!」
だと言うのにも関わらず飼い主である愛里を想い立ち上がるその姿。
快も覚悟を決めてロンと共にもう一度走り出す。
必ず愛里に想いを伝え共に歩むのだ。
それこそが自らの目指すヒーローなのだから。
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そして遂にロンの思念体と共に愛里の家の前にやって来た快。
緊張しながらインターホンのボタンを押す。
その指は震えていたが何とか勇気を振り絞った。
『む、マズいな……』
するとロンの思念体が庭の方を見ながら深刻そうな声で伝えた。
「どうした?」
快もそちらへ行き庭の方を見る。
するとそこにはロンの犬小屋があった。
しかし本体の姿はなく吐瀉物のようなものが落ちているだけだった。
「これは本体が体調崩して動物病院に連れてった感じ……?」
『その可能性は高い……』
だとしたら愛里はここにはいないだろう。
せっかくインターホンを押したが誰も出ないかも知れない。
「じゃあ俺たちもそっちへ……」
そこまで言いかけた時。
玄関の扉が弱々しくも開いたのだ。
「え……?」
するとそこには疲れ切ったような表情をした男性の姿が。
「どちら様ですか……?」
「えっと……」
家を間違えたのだろうか。
しかし以前愛里と前まで来た事があるのでそのはずはない。
『愛里の父親だ』
するとロンの思念体が快に伝える。
その言葉に腑に落ちた快は姿勢を正し挨拶をするのだった。
「あの、与方さんのお父さんですか……?」
突然かしこまった快の姿勢に少し驚いた父親は目を丸くしながら答える。
「与方愛里の父ですが……同級生の方?」
「はい、どうしても伝えなければいけない事があって……!」
すると父親の背後から同じ歳くらいの女性もやって来る。
愛里の母親で間違いないだろう。
「愛里のお友達……?」
扉が開いた時から感じていたが二人ともかなり焦燥しており今にも死んでしまいそうな雰囲気である。
それはこの街の人々の現状そのものだった。
彼らもやはり影響されてしまっていたのだ。
「あいにくですが愛里は家にはいません、どこに行ってしまったのか……」
「こんな状況だし心配で……」
愛里から話を聞いた限りだと彼女は両親から愛されていなかったようだった。
しかし今目の前にいる二人からは決して愛情不足は感じない。
寧ろ心から愛里を心配しているようだった。
「……っ」
そこで快はある事を聞いてみる。
「あの、いきなりこんなこと聞いて変に思うかも知れないんですけど……」
「何ですか……?」
深呼吸してから言葉を口から放つ。
「娘さんの事、愛してますか?」
その言葉を聞いた愛里の両親は一体どのような表情をしたのだろう。
それはロンの思念体からは見えず快にしか見えていなかった。
「……ここで立ち話もなんですし中入りますか?」
そこから表情を変えた両親は快を中へ案内した。
「え、でも与方さんが……」
一刻も早く愛里を追わなければいけないと思っていた快は一度断ろうとするがここで思う。
自分の想いだけではない、両親の想いも伝える事が出来れば愛里はより元気を取り戻すのではないか。
「じゃあお邪魔します」
覚悟を決めて愛里の家に足を一歩踏み入れたのだった。
つづく